ミア 〜今日と明日をつなぐ声〜 (第2章)

「おまたせー!!」

「ハラさん、遅い遅い。早くここに座って!」

ハラ君がニコニコしながら僕の隣に座った。

「ヒロさん、どうしたんですか。ボーッとして」

「あっ、いや、別に……」

「ヒロさん、私の美しさに見とれてたりして」

さっきの言葉に動揺する僕をミアがフォローする。ハラ君も場をなごませるように続ける。

「ヒロさん、ヤバイですよ。いくらミアさんが素敵な女性だからって、ヒロさんには奥様がおられるんですから」

「ほらほら、いつまでも冗談言ってないで。ハラさんもそろったところで、もう一度乾杯しまーす」

「カンパーイ!!」

「お疲れでーす!!」

僕も一応笑顔を取りつくろってグラスを合わせたが、やはりミアの言葉が胸の奥深くにずーんと沈んで心からは笑えない。この5年間、僕はミアとハラ君とずっと変わらず番組を作り続けてきた。
ミアの言うように、永遠にこれが続くなんてことはありえない。それに気づいていながらも、僕はそのことには目をつむり、今日まで意識の外にやり続けてきたのだ。

毎週金曜日の夜にスタジオに集まり、番組の打ち合せをし、世間話をして、放送の準備をする。番組の人気が上がったり、ミアがラジオというものに慣れてきたり、僕が昇進したり、そのときどきの細かな変化はあったものの、3人の間の空気は何ら変わることなく、お互いの絆を少しずつ強めながら今日までやってきた。

ミアがラジオを辞める。番組が終わる。この幸福な日々にピリオドが打たれる。僕にとって、それはとてつもなく辛い出来事である。

「ふう……」

ため息をついた僕の背中をポンと叩いてハラ君が僕の顔をのぞきこんだ。

「ヒロさん、どうしたんですか。元気を出してくださいよ。何か、さっきから難しい顔したままで、まるで失恋したみたいですよ」

「ごめん。ちょっと気になることがあって」

「ヒロさん、お料理、食べましょうよ」

ふと見ると、いつの間に運ばれてきたのか、テーブルの上はさまざまな料理で一杯になっていた。

「なんだ、ふたりとも食べてないじゃないか」

「何言ってるんですか、ボーッとしてるヒロさんに気をつかって待ってたんですよ」

「そうなんだ。悪かった。じゃあ、気分を変えて食べようか」

「気分を変えてって……。ホントにヒロさん、変ですよ。ミアさんに変なことして怒られたんじゃないでしょうね!?」

「もしかして、さっき私がヒロさんのこと、オジサンだって言ったのが原因だったりして……」

「それはマズイ。中年はオジサンって言われるのが一番こたえるんですよね、ヒロさん」

「だからぁ、オレは中年でもオジサンでもないっつーの!! キミ達、何か勘違いしてない?」

「おっ、やっと調子が出てきましたね」

「何バカなこと言ってんの」

ミアとふたりで話の続きをしたかったものの、ハラ君だけを帰すわけにもいかず、結局2時間ほど飲んで、3人それぞれタクシーで帰宅した。

タクシーの中で、僕はなるべくミアのことを考えないように努力したが、ダメだった。他のことなんてまるで頭に浮かんでこなくて、「そろそろDJを辞めようかなって思うんです」というミアの声だけが、ぐるぐると頭の中を回り続ける。

タクシーが自宅の前に着いたのは、すでに新聞配達がやってくる時間だった。僕は、タクシーを降りるや、耐えられなくなってミアの携帯に電話をかけた。

「はい、もしもし」

「ミアか、僕だ」

「あっ、ヒロさん……」

「遅くに悪いんだけど、どうしても気になって」

「ごめんなさい。今日は突然、変なこと言っちゃって」

「ラジオ辞めたいって話、本気だろう」

「……」

「ミアが辞めたいのなら仕方がない。でも、さっきは話が中途半端だったから……」

「ヒロさん、勝手なこと言って、ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。何があったんだい?」

「ラジオが嫌になったわけじゃないんです。ただ、漠然と続く毎日の中で、もうすぐ30歳になる自分をふと見つめなおした時、このままでいいのかなって思ったんです」

「でも、辞めてどうする? 結婚したい相手でも見付けたのか」

「辞めて……そうですねぇ、ヒロさんのお嫁さんになってもいいかな……」

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(C) Tadashi_Takezaki 2003