野生のエルザ

「いや、ここはいいねえ。これだけ奥地へ来ると、空気はうまいし、なんだか幽玄の気が漂っているようだ」
「はっはっは、おそれいります」
「野生動物もいっぱいいそうだねえ」
「いるどころじゃございません。夜になるとこのあたりまで出てくるんでございますよ。先日も狼が出ましてね」
「え、狼がいるの?」
「ところでお客さま、ご退屈でしたら芸者でもお呼びになりませんか」
「いいねえ。こう淋しいばっかりというのもなんだからな。ぱーっと陽気にやるか」
「うがうがうがあああああ」
「わ、なな何なんだ、この女は」
「野生の芸者でございます」
「野生ったって……おい、こいつ真っ裸じゃないか」
「服を着せようとすると嫌がって食いちぎるんでございますよ」
「冗談じゃないよ。なんなんだこいつは」
「可哀想な娘でございましてな。恋人と一緒に旦那のもとから逃げ出したのですが、この山の奥で迷い、死にかけたところを、子持ちの雌狼に救われましてな、そのまま狼と生活していたところを猟師に発見されまして」
「うわっ、こいつ生きた鶏の首、食いちぎったぞ」
「まだ料理したものに慣れておりませんでな。生肉しか食わないんでございますよ」
「こいつ、芸者よりロックシンガーにした方がいいんじゃないか?」
「私どももそう考えましたが、なにせ楽譜が読めないので」
「そんなロッカー、いっぱいいると思うぞ」
「リズム感もないのでございますよ」
「それも多いような気がする」
「マイクを渡すと囓りつきますし」
「そういうのも多いぞ」
「うぐるるるるぐわあああぁ」
「わっ、また来たぞ」
「この芸者の恋人だった男でございますよ。今は幇間をやっております」
「なるほど、唸っているような吠えているような」
「さしずめ、野生のお座とでもいったところですな」
「あ、こら、こいつ、俺の料理を勝手に食うなよ!」
「こちらはようやく、料理したものを食べるまでに教育しました」
「幇間としての教育がなってないよ!」
「がうぐるるるるる、がう」
「わ、また来た。なんか一段と怖そうな奴が来たぞ」
「さしずめ、野生のヤクザとでもいったようなものでしょうかな、ははははは」
「さしずめじゃねえだろ、あ、何だか背中を誇示してるぞ」
「入れ墨を見せているのでございましょう」
「入れ墨だか引っ掻き傷だかわからないよ!」
「なにしろ裸でしたから。これも可哀想な奴でしてな。抗争のすえ組は壊滅、ヒットマンに追われてこんな片田舎の山奥に逃げ込み、そのまま野生化……」
「ぐわぉ」
「なんか弓背負った奴がきたぞ」
「野生の平家でございます。可哀想に、落ち武者として山奥で再起を狙っているうち、いつしか……」
「ぐぎゃぁ」
「何だよこのチビは」
「野生の源義経でございます。可哀想に、衣川から大陸に渡ろうとして山奥で迷っているうち、いつしか……」
「ぐわああぁでごわす」
「野生の西郷隆盛でしてな、可哀想に、鹿児島から満州に渡る途中に山奥で迷い……」
「がぉ」
「おお、なんだか高貴そうなのがきたぞ」
「野生の天皇でございますよ」
「天皇ったって……」
「可哀想な帝でしてな。吉野に落ちのびた南朝の後裔なのですが、山奥で暮らすうち、いつしか野生化してしまい、こんなお姿に……」
「がうぎゃあぐわがあああがおぅ」
「わ、いっぱい来たぞ」
「野生の侍従長、野生の女官、野生の雑仕、野生の女儒、野生の舎人、野生の大膳、野生の宮廷が勢揃い……ははあ、わかりました」
「な、なんだよ」
「野生の動座でございます」


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