阪神タイガースに就いて

 野村が阪神の監督に就任した。さっそく選手に話しかける。
「君はこのチームでどこを守っとるんや?」
「どこも守ってません」
「じゃあ、このチームで何をやっとるんや?」
「なんにもしてません」
「ふん、ええ身分やな」
「でも、ライバルが多くて」


 若手選手のひ弱さを嘆いて、野村監督は虎風荘の寮長に話しかけた。
「みんな細いのばっかりや。メシ、ちゃんと食っとるんか?」
「食べてますよ」
「じゃあタバコか。吸っとるんやないか?」
「いいえ、とんでもない。出入りする女たちも、覚醒剤の売人も、吸い殻なんか見たことないって言ってますよ」


 阪神タイガースのキャンプから大量の鼠が逃げ出した。不審に思った管理人が鼠に事情を聞く。
「野村監督が左投手でカーブが投げられない選手はみなクビにするというので、逃げてきたんです」
「でもね、心配することはないと思うよ。だって君たちは左投手じゃないもの」
「そんなことあてになるもんですか。とにかくクビを切ってから、調査するんですから」


 阪神の秋期キャンプに大量のテスト入団希望者がやってきた。その一人の投手に野村監督が聞く。
「君のアピールポイントは何や?」
「いや、特に……」
「左投手だとか、サイドスローだとか、シュートが放れるとか、何かないのか?」
「まったく……」
「ふん、そんなんではチームに貢献できんやないか」
「こう考えたらどうでしょう。私をチームに入れると、ひとり生え抜きの選手のクビを切れます。これで貢献したことになりませんか?」


 キャンプ中、なんと今岡が急死した。阪神球団は大きな墓を作った。そこに野村監督がお参りに来た。墓碑銘を読む。
  今岡誠
  鉄壁のショート
  チームプレイに徹したバッター
  人望あるリーダー
  ここに眠る

 野村監督はつぶやいた。
「どういうこっちゃ。今岡の墓に、あと三人も入っとるなんて」


 阪神に新外国人がやってきた。大リーグに在籍したこともないドサ廻りの選手だ。柏原コーチが彼に近づく。
「さあ、バッティング練習をしよう」
「ケツでも舐めやがれ!」
 柏原コーチは怒って立ち去る。代わって井原コーチがやってくる。
「守備はどこが守れるかね?」
「ケツでも舐めやがれ!」
 やはり同じ返事。井原コーチも怒って立ち去る。やがて松井ヘッドコーチがやってきてふたりのコーチの苦情を聞き、新外国人のプロフィールをもう一度読み返す。ケニー野村推薦の選手。松井コーチは言う。
「君たちはどうしようと構わん。でも、私は、彼のケツを舐めに行くよ」


 野村監督が動物園の園長に就任した。即刻三種の動物が追放された。
 ライオン:プライドが高すぎて言うことを聞かない。
 シマウマ:園長に挨拶しないし、笑顔も見せない。
 パンダ:働きの割に年俸が高すぎる。
 しかし大丈夫、野村園長はすかさずネズミ、ゴキブリ、モグラをテスト入園させ、その穴を埋めた。


 哲学と「ノムラの考え」の違いは何か?
 哲学は、たとえば暗闇で目隠しして猫を探すようなもの。
 「ノムラの考え」は、たとえば暗闇で目隠しして腕のない人間が、存在しない猫を探して、突然、「猫を見つけたぞ!」と叫ぶようなもの。


 新庄選手は「ノムラの考え」を読んでわけがわからなくなり、松井コーチを尋ねた。
「松井さん、『ノムラの考え』をわかりやすく説明してください」
「そうだな、例えば桑田投手と君が対戦するとする。君は落ちる球が苦手なので、桑田はカーブを投げると思うだろう」
「なるほど」
「ところが、君がカーブを予想していることが分かるので、桑田はカーブを投げない。内角にシュートを放る」
「そうかもしれません」
「しかしシュートを投げることを予想していると知った桑田は、裏をかいてやはりカーブを投げる」
「?」
「でもそのカーブを予想していると知った桑田は、今度はストレートで勝負するかもしれない」
「ああ、もう、なんだかわからなくなりました」
「『ノムラの考え』とは、そうしたものなのだよ」


 あるところで松井コーチと長嶋監督が歓談した。長嶋監督は言う。
「いや、野村監督のコーチにこんないい人がいるとは知りませんでした。私は、野村のコーチと強盗の差は、ほんの一歩しかないと思っていたのですが」
 松井コーチは長嶋監督と自分の間隔を目測し、こう答えた。
「いや、その差は、この場合もっと小さくなっていますね」


 あるとき、長嶋監督が野村監督をからかって言った。
「お宅には、なぜバッティングコーチがいるんです? 打てる選手なんて、いないでしょうに」
 野村監督は言い返した。
「じゃ、そっちにはなぜヘッドコーチがおるんや?」


 庭で大きな泣き声がした。母親が庭に飛び出る。
「おまえたち、何をやったんだい」母親が怒鳴る。泣きわめいている弟の隣で、兄が答える。
「ぼくたち、野村阪神ごっこをしてただけだよ」
「なんだい、それは」
「弟が蜂の巣を叩き落とすんだ」兄が言う。「そしてボクが、その成果を自慢するのさ」


 またも大豊が契約問題でこじれ、報道陣の前でわめく。
「野村監督は大嘘つきだ!」
 たちまち処分される。罰金百一万円。
 一万円―チームの統制を乱したかどで
 百万円―チームの秘密を漏らしたかどで


 負けがこんでくるにつれて、野村監督批判の声がファンの間で大きくなってきた。
 野村支持派がそれに対抗して言った。
「考えてみろ。野村監督が他のチームを監督したら、そのチームは不幸になるだろう。阪神に他の監督が来たとしたら、その監督は不幸になるだろう。野村監督が阪神にいることで、不幸なのが一チームと一人だけに抑えられたんだ」


 阪神ファンに質問。
「なぜ、われわれは野村監督を愛するのですか?」
「野村監督はわれわれを導いてくれるからでーす」
「ではなぜ、われわれは権藤監督を憎むのですか?」
「権藤監督はわれわれを導いてくれなかったからでーす」


 二軍に豊富に人材がいて、一軍に人材がないとしたら?
 岡田的偏向である。
 一軍に若干の人材がいて、二軍にまるで人がいないとしたら?
 野村的偏向である。
 一軍にも二軍にも、ろくでなししかいなかったら?
 阪神の伝統的な正しい姿である。


 長嶋監督と仰木監督と野村監督で、ほら吹き競争をした。
 長嶋監督「ウチのエースの上原は、あるとき打撃練習でバントの構えをさせ、連続十球のスライダーをバットの真芯に当てた」
 仰木監督「ウチの三番のイチローは、あるときフリーバッティングで、連続して十球の球を正確にセンターの守備位置ちょうどに打ち返した」
 野村監督「ウチの四番の……」
 長嶋監督と仰木監督、目を丸くして「君の勝ちだ」


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