おやっさんの店でも出していたのだろうか

 風邪気味やら無精やらで二日ほど外に出ていないのだ。外でも出していないのだ。いや、中で出しているわけでもない。そんなことしたら大変だ。うちにはコンドーさんはいない。ヒジカタさんもいない。もちろん前髪の惣三郎だっていないのだ。私は衆道のケはないのだからな、えへん。
 ええと、何の話だったっけな? そうそう、外に出ていない話だった。中でも出さない。もうええちゅうねん。家にこもっていると、不思議なことにだんだんと冷蔵庫の食料が減っていくのだ。大変に不思議なことなのだ。原因をいろいろ考えてみた。考えうるかぎり推論を列挙してみた。それは、

 1)私が食べた。

 なんだ、そうだったのか。消去法で考えても、この可能性しか残されていない以上、いかに非科学的と思われようが、不合理と思われようが、この結論しかないのだ。そうか。私が食べたのか。地球にはまだ科学で説明できないことがたくさんあるなあ。

 あんなに買い込んだ仮面ライダーチップスも、とうとうなくなってしまった。ところであのチップスは、今どの店でも、「第二弾!」という商品を売っている。カードも変わってしまったようだ。ということは、私のように第一弾のカードを集めそこねた者は、もうコンプリートコレクションを完成させることはできないのだろうか。田舎の売れない駄菓子屋で第一弾を漁って、酸化しきった賞味期限切れのチップスを食って下痢をしろ、というのであろうか。「お前、よっぽどカードに暗いな」と言われて、提灯を借りて帰らねばならぬのだろうか。トレーダーから高価で買い入れろというのだろうか。死ねと言うのだろうか。いやそこまでは言っていないか。昔から言うではないか。「覆面盆に帰らず」と。あ、間違えた。あれは仮面だった。

 第一弾はたしか、半年ほど前に売り出されたのだ。第一弾のカードは八十種類として、最低八十個のチップスを買わねばならないのだ。しかしダブりなしというのは不可能だろう。「ダブりなし見ん」と、かの文豪ジョイスも書いている。如水ではない。それは黒田官兵衛だ。官兵衛ライダー。これは苦しすぎる。 でもかっこいいかも。「官兵衛ライダー黒田孝高は改造軍師である。彼を改造した毛利藩は、日本征服を狙う悪の戦国大名である。官兵衛ライダーは秀吉の自由を守るために毛利藩に立ち向かっていくのだ!」とね。むろん、官兵衛ライダー二号は力の石田三成だ。おやっさんの役は前田利家かなあ。敵は三河の田舎大名が毛利藩の吉川広家と結んでできたゲル毛利藩、もとい徳川家だ。一号と二号が力を合わせて徳川家打倒のため改造したのが官兵衛ライダーV3こと真田幸村だ。井伊大将軍、本多参謀、天海大僧正などの悪の幹部と闘う三人ライダー。などと延々書くこともできるのだが、どうも自分以外面白がっている人がいないようなので、この辺でやめといたるわ。

 まあ、よほど幸運な人でも、八十枚のカードを揃えるのに、百二十個は必要だろう。運が悪いと、十個買ったチップスのすべてがラッキーカードだったりするのだから。半年で百二十個とすると、月に二十個。だいたい毎日、会社の帰りに仮面ライダースナックを買ってちょうどの計算だ。月曜日に二個買って、金曜日は休肝日という手もある。休肝金曜日というわけだ。しかし会社に通うようなオトナはともかく、小学生の子供に、月二十個の仮面ライダーチップスは辛いだろう。金額にして千二百円。
 いまの子供のお小遣いがいくらか知らないのだが、私のときは月五百円だった。安い? あのな、おっちゃんらが子供の頃は、百円あったら銀玉鉄砲買うて、ホームランバー買うて、ヨーグルト菓子買うて、いちんち遊べたんや。おっちゃんらのオヤジの世代はな、「五百円亭主」ゆうて、サラリーマンの小遣いが月五百円やったんや。それでも銀玉鉄砲買うて……いや買わんかったと思うけど、そのおかんの世代やとな、「十円女郎」ゆうてな、東京から人買いが来てな、農家の娘は口減らしに十円で遊郭に売られていったんじゃ。その娘は遊郭でな、いろんな手管を……などと子供に教え込むのはやめておこう。母親が怒るし、小林よしのりも怒る。

 今の子供は、いくらなんでも千円は貰っているだろう。しかしそれでも二百円足りない。足りない分は、カツアゲでもやれと、カルビーはそう言いたいのだろうか。万引きしてチップスを盗めと、カルビーはそういいたいのだろうか。犯罪に手を染めろ、とカルビーは子供に言うのだろうか。愛と正義の仮面ライダーの名の元に、子供に犯罪を唆すなんて、実は、おまえショッカーの手先だな!
 いや言い過ぎた。足りない二百円は、きっとオヤツとして母親から支給されるのだ。たった二百円のチップスで愛する息子が犯罪者にならないとしたら、誰が二百円を惜しもうか。てゆーか、それ以前にお小遣いが月千円ってこともないと思うが。

 子供のお小遣いはもういい。今ここにいるオトナは腹が減っているのだ。しかし外に出たくない。こういうとき、昔はソバの出前を頼んだのだ。寿司という手もあるな。しかし今は、ピザなのだ。国会で小渕首相が決めたのだ。
 考えてみれば、ピザも出世したものだ。今の消費量はカレーパンよりも多いような気がする。あんパンとはいい勝負かな。しかし”冷めピザ”小渕は”あんパン”橋本を破って総理の座についたから、やはりピザが勝ちなのだ。しかしあんパン、ピザと来たら、次の総理は”カレーパン”小沢一郎だろうか。顔がでこぼこしていて、中が辛口という。ピザなんて、つい1960年代までは知られていなかったのに。そのころはイタリア料理屋で時々見かける珍味、という感じだったらしい。ピロシキよりもっと珍しかったかな。そのころはピザパイと言っていた。これが同義反復だといってピザだけになったのは、80年代頃だろうか。SF作家の故・星新一は60年代にイタリアへ旅行して、現地のピザを「トマトケチャップを塗ったオセンベ」と表現していた。薄焼きのかりっとしたピザが本場の味だという知識を、まだ誰も持っていなかった頃だ。やはり知識は大事なのだ。特に鉄道マニアの間では車両知識がすべてなのだ。「チハ力なり」とね。チハカじゃないよ。チハちから、だからね。ここで笑わなかったら、あと笑うところないよ。いかん。新春お笑い演芸の誰かのギャグをパクってしまった。

 さっそく電話する。デリバリーもののチラシは、別に取っておいてあるのだ。ピザハットでランチタイムセット千五百円というのに注目していたのだ。去年まであった千円ピザの店が潰れてしまったので、最安値なのだ。なぜかピザの最低価格は、プラチナの一グラム当たりの価格と連動しているような気がするが、たぶんきっとプラチナ側が勝手に合わせているのだろう。プラチナ奴だ。
 ピザとドリンク二本。生地の厚いパンピザと、ナポーリオというイタリア風の薄いタイプがあるそうなので、ナポーリオにした。なぜかというと、パンピザは直径二十七センチ、ナポーリオは三十センチ。つまりナポーリオの方が表面積にして、1.235倍大きいのだ。ということは、載っているチーズや具も1.235倍の量ということになる。ピザの値段は生地ではない。チーズと具の量のほうが比重が高いのだ。このような綿密かつ貧乏臭い計算により、ナポーリオを注文したのだ。ドリンクはCCレモンを二本。健康に気をつけなきゃね。って、そんなら外に行って散歩でもしろよ。

 しばらく本を読んでいると、ブザーが鳴った。玄関に出ていくと、配達のお兄さんがやたらにぺこぺこしている。道を間違えたとかなんとか、遅れてどうも申し訳ないとか、やたらに謝っている。そういえば時計を見ると、注文から一時間ちょっと経っている。ああ、「三十分程度でお届けします」というチラシの文句を守れなかったので恐縮しているのか。
 お金を払おうとすると、いえ、今回はお代いただけません、といってピザを渡してそのまま帰っていった。きっぷのいい野郎だぜ。さては江戸っ子だな。しかし江戸っ子ならなぜ寿司屋ではないのだろう。江戸っ子健ちゃんかな。しかしケンちゃんなら洗濯屋だろう。ううむ。というわけで私の手元には、ピザ、CCレモン二缶、ピザ五百円割引券、そして払うはずの代金千五百七十五円が残されたのだ。

 ううむ、時間オーバーするとタダなのか。これはいい。よし、次も頼もう。土砂降りの雨の日か、雪が積もって路面が凍結した次の日に。戸田花火大会の日もいいな。浦和でワールドカップのある日も有望だぞ。埼玉でサミットがある日というのも狙い目かも。サミットなんてねえよ。いや駅前にはあるけど。それとこれとはサミットが違うの。あのサミットは先進国首脳会議。こちらのサミットは後進駅救済店舗。ちょっとサミットがあるのよ。それって「差がある」の駄洒落? うわーサミット。ここ、最後に笑うところだからね。よしなさいって。


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