子供は大人より情緒の発達が遅れているせいか、すべてを善悪、敵味方に分けたがる。お伽噺などしていて、「で、その女王って、いい女王、悪い女王?」などと聞かれた方も多いだろう。実は私にはない。知人の息子に昔話をしていて、「その殿様、僕にお土産くれるかなあ」と聞かれたことはあり、ああ、現代日本の功利主義もここまできた、と感慨深かったわけだが、それでは話が進まないので、強引に子供は善悪、敵味方を峻別する、ということでヨロシク。むろん善は味方、悪は敵ということになる。お前は巨人ファンだから敵だ。お前は金持ちだから敵だ。お前は雑文書きだから味方だ。というようなもんである。例証をあげているうちに、私という人間の情緒発達度に関して寂しい思いがしてきたような気がするので、これ以上の例はあげたくない。

 また子供は、同質のもの同士結合する傾向がある。なにが同質でもよいのだ。同じ鉛筆を使ってるから友達。同じテレビを見ているから友達。どっちもグレート小鹿が好きだから友達。どのような些細な事象についても共通点を見つけ、「いっしょや、いっしょや」と喜ぶのである。
 その最大のものは、やはり、「同じ学校に通っている」という共通点であろう。これは「愛校心」などという名目で教師にも奨励されるので、ますます発達しやすい。それにしても別の学校の生徒がやってくるとイーッとやったり、公園から追い出したり、そんなことまでしなくてもいいと思うが。

 私は昔、東豊中小学校という学校に通っていた。そのころは今と逆で小学校の生徒数は増え続け、私が五年になったとき、ついに学区を二分し、東豊中小学校と東豊台小学校とに分裂した。どうしてこんなに紛らわしい名前にしたのか、不思議な気もするが。ちょうどその春休み、私は行きつけのオモチャ屋に行ったのだが、そこにはかつてのクラスメートで春から東豊台小学校の生徒になる子供が数人いた。彼らは旧知の私に対して、
「おい、ここは東豊台の縄張りやぞ。東豊中の連中の来るとこちゃう。帰れ!」
 と排斥するのだ。おいおい、先月までキカイダーごっこしてた仲じゃないか、そう冷たいこと言わずに、と説得したのだが、彼らは、それは私情であって、集団としての行動に私情を挟むと規律が乱れる、とあくまでも私の退場を主張するのである。ついに負けた私は、ブラックハリモグラのプラモデルを買いそびれてしまった。

 もっともこのような現象は、もっと大人になっても見られる。高校生がコンビニの入り口で、
「おぅ、ここは南南山高校の縄張りやで。東南山高校の来る店ちゃうど」
 と凄んでいたりする。凄む前に学校名をなんとかしろ。
 また、いい年をした大人がバーの店内で、
「コラ、山村組の外道が来る場所ちゃうど。ワシら美能組のシマじゃ。痛い思いしたいんかコラ」
 などとバッヂの見せっこをしていたりする。もうちょっと打越が真面目だったらなあ。
 また選挙の季節になると、頭の禿げ上がったようなオヤジが何人も集まって、
「ここの民主党の地盤を崩さねば。敵地に乗り込んで攻勢あるのみ」
「よし、じゃあこの商店街に重点的に実弾攻勢だな」
「また日本国旗セットを配りますか」
 などと真剣に話しているのである。じつに楽しそうだ。
 つまり人間というものは、仮想敵を作ってそれに対抗して団結しているとき、いちばん元気で楽しいのではないか。差し障りがあるかも知れないが、最近田舎で「オウムは帰れ!」などとやっているおじちゃんおばちゃんも、みな実に楽しそうだ。

 仮想敵といえばやはり一番大規模なのが、防衛庁であろう。あそこの会議は実に楽しそうだ。統合幕僚会議というらしい。なにしろ国家の敵を決めるのだ。きっといい年をした幕僚長だの参謀だのが、勲章とかいっぱいつけた制服を着て、一堂に会するのだ。そして参謀総長がまず黒板に世界地図なんか貼るのだ。
「まず、第一の議案として、ロシアの扱いですが……」
 と議長が言うと、航空ひとすじ三十五年の空将補が、
「いや待て、北朝鮮を忘れてはならん」
 そこへ海軍幕僚監部の若手幕僚が、
「イラクという手もありますぞ」
 などと口を挟み、会議は紛糾する。あわや将軍たちの乱闘になろうとしたとき、元帥が重々しく、
「ここは意表をついて、ジンバブエ共和国というのはどうだ」
 と言うのだ。なにしろ朝鮮戦争も経験した最長老なのでだれも逆らえない。全員一致で可決。みごと今年の仮想敵はジンバブエに決定するのだ。そして今度は机の上にジンバブエの地図を広げ、
「この高地から空挺部隊を投下すれば、首都を速やかに制圧できます」
「いや、むしろ、この砂漠地帯をジープ部隊で奇襲するほうが」
「この森林の採集狩猟民を味方につけ、ゲリラ活動を起こさせるのが効果的と愚考します」
 などと和気あいあいと話し続けるのだ。ああ、楽しそうだなあ。私も混ぜてほしい。

 そしてその情報は速やかにジンバブエに伝わり、そこでも陸軍大臣やら空軍元帥やらが楽しそうに会議を開いて仮想敵・日本対策を練るのだが、それはまた別の話だ。


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