それは夕立のように (第3回雑文祭あとの祭り作品)

それはいつもいきなりやってくる
増えるワカメは富士川を境にして脱兎の如くメタモルフォーゼし
さっき殺気を感じた幹事さんの紺のハイソックスはにわかには信じがたいほどかわいらしい
その光景はさながら地獄絵図のようであった

 突然、訳の分からない四行詩を読まされて面食らった人も多いだろう。
 これは、「今年7月、恐怖の大王が降臨する」という予言で有名なノストラダムスの文章である。
 ノストラダムスの本は読んだが、こんな詩はどこにも見たことがない、と訝る読者も多いだろう。
 その通り。
 これはノストラダムスが有名な「百詩編」(誤って『諸世紀』と訳されることが多い)と同時期に書いたものの、本にまとめられることがなかった断片である。
 各地の修道院などでひそかに保管され、それは数世紀にわたって当事者だけの秘密の申し送り事項となっていた。
 わたしは多大なる苦労のすえに、それらの断片を入手した。
 ここにこの予言詩を公開する。

 最初の詩は、1999年の阪神優勝を予言したものである。
 1985年の阪神優勝を事前に予想した人は皆無であった。阪神の優勝は、常にいきなりやってくるものである。
 2行目の「増えるワカメ」は増殖するにわかファンを指している。なぜ中世フランスのノストラダムスが増えるワカメを知っているのか、疑問に思う人がいるかもしれない。しかしノストラダムスは、増えるワカメが20世紀日本で開発されることすら予知していたのだ。その偉大さには溜息が出るほどだ。
 にわかファンは富士川の西、つまり関西で急速に暴力的集団に変貌する、とノストラダムスは予見している。最近の応援団の暴力事件すら見抜いているのだ。そのため、応援団の幹事すら殺気を感じるほどのものとなるのだ。雰囲気を和まそうとして幹事はかわいらしい格好をして気をそらせようとするが、既に事態はそのくらいで変わるものではなかった。
 おそらく9月頃実現するであろう阪神優勝。そのときのファンの狂態は「さながら地獄絵図」だとノストラダムスは予言している。空恐ろしいくらいの眼力である。

ケンミンの焼ビーフンもコムタンも
「え?食べたことないよ」と風の谷のナウマン象
隣の家に囲いが出来たってねえ。ブロック!
まるでサボテンを掴み取りしているような感覚だ

 これは北朝鮮が孤立化することを予言したものである。
 「焼きビーフン」は中国、「コムタン」は韓国を意味する。「ケンミン」は現在の中国の元となる中華革命のスローガン、「三民主義」を予言したものと思われる。「サンミン」を予言するつもりが誤って「ケンミン」になってしまったのだ。1字間違えたとはいえ、数百年後のはるか離れた東洋の革命のスローガンすら見抜いていたノストラダムスの力には恐怖すら覚える。
 「風の谷」とは北朝鮮の白頭山付近を指しているものと思われる。そこに棲む「ナウマン象」は絶滅した象の一種、つまり政体が老朽化して絶滅寸前の北朝鮮を意味している。
 つまり、中国も韓国も「食べたことない」と、北朝鮮が近隣諸国とすらも交流を拒否し、孤立化することをノストラダムスは鋭くも予言しているのだ。
 孤立化の象徴として38度線に大いなる囲いを造り、すべての交流をブロックする北朝鮮。
 その北朝鮮に国交を求める日本の小渕政府は、まさに「サボテンを掴み取り」するような苦痛を味わうことであろう、という予言である。これはまさしくテポドンの発射事件を指している。サボテンとテポドン、おお、何と似ている言葉ではないか。ノストラダムスはこのような固有名詞すら予言していたのだ。
 

叙情的で情緒不安定な夜の蝶は
眠っても、眠っても、まだ眠い
筋肉オーケストラとツチノコは白のルーズソックスを奪い合い
がってんしょうちのすけとよっこらしょの饗宴はつきない

 おそらくこれは、昨今の睡眠障害症候群の蔓延を予言したものである。
 第1行はまさしく、神経を病み、夜型生活に染まった日本人を意味している。
 彼らは第2行の通り、いくら寝ても朝起きられない身体になってしまっている。
 3行目と4行目はやや意味不明だが、「筋肉オーケストラ」は睡眠のリズムが正しかった昔の人間を指しているのかもしれない。「ツチノコ」はどうもよくわからない。「白のルーズソックス」は、深夜番組がポルノ化して夜をますます眠れなくしている状況を風刺したものか。
 4行目はおそらく眠れぬまま夜を過ごす現代人の苦痛を表現しているのではないか。

 雑文書きはみんな嘘つきと言われるが、以上に述べた予言はことごとく真実である。
 誰がノストラダムスを否定できようか。
 絶望的な未来を予言するこれらの詩を夢落ちにしてしまいたいのはやまやまだが、これは現実なのだ。必ず起こることなのである。これだけは間違いない。

 しかし、前途に絶望しないでほしい。
 ノストラダムスは「人類は滅亡する」とどこにも書いていないのだ。
 苦難はあっても、あとに必ず道は開ける。
 ちょうど夕立の後、虹が出るように。

困苦に堪えたあとの貴女の
瞳の輝きはさらに美しい
     (ヘルマン・ヘッセ詩集より)

 ヘッセの言うように、苦難を耐えた人類はさらに賢く、強く、美しくなっていることだろう。
 ノストラダムスの予言した大事件、天変地異、大惨事を生き抜き、ふたたび素晴らしい社会を築き、
「とにかく今日、このように私は生きている!」
 とお互い喜び合おうではないか。
 そんなのも、ちょっとわるくない。


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