カンプの大冒険

 

 悠久の時間の中 世界は動く
 しかし人間の 怒り、悲しみ、喜び
 これだけは いつの時代にも 変わらない

 ここは時に忘れられたような村、コーエン村。
 しかしそこにも、時の流れは刻まれてゆく。
 楽しい流れ、穏やかな流れ。
 そして、苦難の流れも……。

 

 村の少年カンプは、十五歳の誕生日の日、長老に呼ばれた。

 カンプよ おまえも十五歳に なったな。
 旅立ちの 時がきた。
 おまえも 知っておろう。
 われらが富を 奪いつくした 恐ろしい
 ゼームショの 軍勢を。

「ええ、ええ、もうさんざんです。薄給の私から源泉徴収とかいってごっそり天引きするわ、地方税は取るわ、退職しても健康保険やら国民年金やらむしり取っていくわ、えらい目にあってます」

 奪われた われらが富を うばいかえす 時がきた。
 ゆけ! カンプよ

「奪いかえすといっても、どこでどうやって?」

 まずは 情報を 集めるのだ。
 となり村の ゼイリという 娘を 尋ねるがいい。
 気をつけて ゆくのだぞ。

「わかりました。いってきます」

 こうしてカンプは生まれ育ったコーエン村に別れを告げ、隣村へと向かった。
 電話がいつも話し中だったりの困難はあったが、ともかくもゼイリという娘の家にたどり着いたのだが。

「おまえがゼイリ?」
「そうよ。何か不満なの?」
「いや、こんな小娘とは……」
「失礼ね。私は大学出てすぐ資格を取ったんですからね。のんべんだらりと生きてるあなたとは違うのよ」
「うう、胸に応える台詞……」
「あなたの場合、住宅取得控除と途中退職による年末調整が申告できるわね。まずは世界各地に散らばった、魔法の文書を集めることよ」
「魔法の文書?」
「そう。散逸した魔法の文書をすべて集めると、失われたゼイのパワーが復活するの」
「そういえば、俺の家にも、なんか変な紙が……」
「それよ! まずはあなたの家へ!」

 こうしてゼイリを仲間にしたカンプは、コーエン村にひとまず戻った。

「これよ! これが第一の魔法書、源泉徴収の書よ!」
「それから、こんなのもあるけど……」
「ああ! これは第二の魔法書、年末残高の書よ! どうして、これを?」
「いや、なんか、昔、旅の人が持ってきて……」
「それにしても、こんな大事な文書を、ピザのチラシと一緒に置いておくなんて、あなた文書整理が杜撰すぎるわね」
「すまん……」
「とりあえず、長老に聞きに行きましょう」

「長老、第一の書と第二の書はここにあります。次は、第三の魔法書、住民の書です」

 住民の書か……。 それは 北のはて トダの町の
 シヤクショに あると 聞いたことがある。

「わかりました。いってきます」

 長い 旅になるだろう。
 わたしの愛馬 ファルシオンを かしてやろう。
 乗って ゆくがいい。

「馬……?」
「これ、どう見てもママチャリなんですけど……」

 二人は、名馬ファルシオンにまたがり、シヤクショめがけて旅に出た。途中、道に迷うなどといったイベントもあり、また、横一列に歩く野郎ども、ふらふら運転のおばちゃん、いきなり飛び出す不注意車、などの敵モンスターを蹴散らしながらも、無事トダの町に到着した。

 おやおや お客さまとは めずらしい。
 どのような ご用件で?

「珍しいって……こんなに行列してるじゃん」
「私たち、『住民の書』を探しているのです。いただけないでしょうか?」

 住民の書は われわれの宝。
 めったに 渡すわけには いきません。
 どうしても…… というなら
 「本人の印」 プラス 四百ゴールドと 交換しましょう

「カンプ、『本人の印』は持ってるわね?」
「うん、四百ゴールドもここに」

 おお これは まさしく 「本人の印」!
 わかりました お渡ししましょう。
 それから これは われわれの 感謝のしるし。
 「申告の巻紙」も さしあげましょう

 こうして第三の魔法書「住民の書」と、魔法解読の鍵となる「申告の巻紙」を手に入れた二人だが、行く手にはまだまだ障害が待ち受けているのであった。

「次は第四の魔法書、『登記の書』を探しに行くのよ!」
「ええっ、ちょっと休んでから……」
「ダメ! こうしている間にも、ゼームショの軍勢は日に日に力を増しているのよ!」

 第四の魔法書「登記の書」は、コーエン村のはるか西、ホームキョクにあるという。
 疲れを知らぬ二人は、ファルシオンに跨ってまたも旅を続けるのであった。

 これはこれは お客さま
 何を さしあげましょう?

「私たち、『登記の書』が必要なんです」

 ふうむ……。 わかりました 調べてみましょう。
 あなたの 住所を 教えてください。

「ええと、コーエン村、死神通り、茨小路の20−12と」

 おかしいですね そんな 住所は ありません

「そんなはずが……だって俺は、現にそこに住んでいるんだぜ」
「カンプのバカ! 住所表記と、ホームキョクの登記とは違うのよ! そんなことも知らないの!」
「え……そんなの、どこでわかるの?」
「『売買契約の書』よ! それに書いてあるわ」
「あれ……うちに置いてある」
「バカ!」

 こうして無駄足を踏んだ二人であったが、ぶじ登記住所もわかり、千ゴールドという大金と引き替えであったが、『登記の書』を手に入れることができた。

「これで四つの魔法書が揃ったぞ。いざ、ゼームショへ!」
「揃っただけじゃダメなの! 四つの魔法書を読み解いて、解いた暗号を『申告の巻紙』に書き入れていくのよ」
「うぇー、めんどくさそう……」
「やるの!」

 こうして魔法書の解読にいそしむ二人であったが、なにしろ失われた言語で書いてある。魔法書の解読は遅々として進まない。

「ええと、この『源泉徴収の書』にある支払金額の数字を、こちらの魔法表に入れて、収入金額を求めて、それを『申告の巻紙』のここに書いて」
「支払金額が収入じゃないのか? なぜ収入をあらためて求めなきゃならないんだい?」
「とにかく違うの! 求めるの!」
「ああ、こんな苦労するんなら、会社辞めなきゃよかった……」
「ぐちぐち言わない! やるの!」
「はい……」
「それで、赤の『年末残高の書』と、青の『年末残高の書』にある残高の数字を足して、ここに書いて……」
「はいはい」
「で、この魔法書にある数式に従って、控除額を求めるのよ」
「ええと、この額かな?」
「バカ、違うじゃないの!」
「だって、ここにそう書いてある……」
「だから、これは去年購入した人の魔法式でしょ! あなたはもっと前に買ったんだから、買った年の魔法式を当てはめなきゃダメじゃないの!」
「そんな式、どこに書いてあるの?」
「バカね、自分の買った時の魔法式くらい、覚えておくことよ!」
「はい……」
「あっ、『百に満たぬ数字はこれを切り捨てよ』って魔法書にあるじゃないの。何だってそのまま書いちゃったのよ、大バカ!」
「ごめん……」

 苦しみながらも、二人はなんとか「申告の巻紙」を完成させた。

「ひー、やっと完成したぁー」
「うーん」
「どうしたんだよ」
「なんかおかしいのよね」
「何が」
「返ってくる富が多すぎるのよ。これだと、昨年源泉徴収された富が、ほとんどそのまま返ってくることになるわ」
「結構なことじゃないか」
「バカね。あの残酷なゼームショが、そんな温情をみせると思っているの? これは、罠かも……」
「おどかすなよ」
「まあ、ここで悩んでいても始まらないわ。とにかく行ってみましょう。どっちにしろ、あなたが書き損じた部分、訂正印で済むかどうかわからないし」
「ごめん……」

 準備を整え、いよいよ最後の敵、ゼームショの待つ城へむかう二人。

「ファルシオン! ちょっと止まれ」
「どうしたの? 怖じ気づいたの?」
「ゼームショに行ってしまえば、せっかく集めたこれら魔法書は失われてしまう。その前に、写しを作っておこう。このような戦いがあったことを、書き残しておくために。未来の人のために」
「あなたにしては、良い考えね」

 ゼームショの城のあるカワグチの便利屋敷で魔法書の写しをとり、意気揚々と進むファルシオン。二人はいよいよ、ゼームショの城へ乗り込んだ。

「いいこと、相手はゼームショ、ただひとりよ!」
「よし、一気に会場まで駆け上がろう!」

 ほほう…… 威勢のいい おふたりさんが やってきたな。

「あなたがゼームショね!」
「俺の名はカンプ! お前に奪われた富を、取り戻しに来た!」

 面白い ちょうど 退屈していたところだ
 おまえたちの 力 見せてもらおう
 そして 二度と 金を返せなどと
 言えぬよう はらわたまで 食い尽くしてやろう!

「見ろ! 『申告の巻紙』の威力を!」
「ちょっと、『源泉徴収の書』も一緒に見せないと!」
「あれ……どこへやったんだろ」
「まさか……さっき写しを取ったときに……」
「落としちゃったみたい……」
「バカ!」

 魔法書は 真でなければ うけつけられぬ。
 でなおして まいられよ。

「そ、そんなあ……」


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