もうひとつの計画

 私はある計画を立てた。ふたりの男女を結びつけてやろうと思ったのである。
 男は茨城県在住の四十歳弱。女は大阪府在住の二十歳強。おっさんと娘。田舎者と都会人。茨城弁と大阪弁。水戸ファンと阪神ファン。納豆好きと納豆嫌い。のんびり屋といらち。これだけ違っていると、かなり結びつけるのは難しい。というか不可能に近い。ふたりの共通点は、たったひとつだけ。ネットで作文するのが好き、ということだけである。ふたりを繋ぐ絆は、インターネットでしかなかった。

 まずはふたりを会わせることだ。私は綿密に計画を練った。
 オフ会という名目で、まず大阪に男を呼び寄せることだ。私は掲示板を盛り上げた。ゴールデンウィークに大阪オフ開催、をぶち上げた。焼き肉、とか串カツ、とかホッピー、とか魅力的なキーワードを並べ、男の気を引く。最後に、私が関東から参加表明をしたことが決定打となった。多分に付和雷同性を有する男は、私につられるかのように参加を表明したのだ。
 さいわい、初対面の男と女はうまくいったようだった。女は男のぼーっとした態度を包容力と誤解し、男は女のいらちをサービス精神と誤解し、互いに好印象を抱いたようだ。
 さらに好印象を持続させるべく、私は比較級作戦を開始した。オフの間、同席したほかの男たちとともに演技したのである。ひとりはこわもてのヤクザっぽい人柄を演出し、もうひとりにはセクハラ発言を連発させ、もうひとりは妖しげなカメラマニア、そして私は呑んだくれのろくでなし、という印象を与えるよう努力した。その甲斐あって女は、「こんな連中よりはこの人がええわ」と思い、いっそう男に惹きつけられたようだった。もうひとり参加していた女性にも演技させようとしたが、その女性はそういう策謀とか演技とか裏技とか男女の微妙な感情とかをまったく受け付けない性の人間だったので、やむなく断念した。

 やがて男と女は、ふたりで新幹線を使って密会するようになった、という情報が耳に入ってきた。
 思う壺だが、ここで気を緩めてはならない。遠距離恋愛だけで終わらせてはならない。なんとしても結婚までゴールインさせなければ。
 そう考えた私は、次なる作戦を開始した。
 名付けて仮想敵作戦。国家が一致団結するのは外国が攻めてきたときであるのと同じように、男女も外敵があればいっそう堅く結びつく。私はあえてその外敵になろう。
 私は男女ふたりが運営する掲示板に、心を鬼にしてふたりの悪口を書き連ねた。私のページにもいろいろ書いた。男はジゴロだとか水子生産者だとか女性の敵だとか太りすぎだとか糖尿病だとかファッションセンスが悪いとか悪いというよりネアンデルタール人レベルだとかだいたい茨城人にロクなのはいないとか、女は幸せ薄い運命だとか胸も薄いとか。ひとの悪口を書くのが何より嫌いな私は、痛む胸を押さえつけながら掲示板に書き込んだ。嘘をつくくらいなら死んだ方がましだと思っている私が、あえて嘘まで捏造して誹謗中傷を続けた。
 この作戦も成功し、ふたりは婚約したと公表された。私はその夜、泣いた。憎まれ役、汚れ役に徹したこれまでの人生は間違いではなかった、と感じて。

 このふたりが結婚へ近づくと同時に、もうふたりの男女を結びつける計画も同時進行していた。
 こちらはかなり楽であった。年齢的にも近く、ともに関東在住。なにより、男はぷにぷに愛好者であり、女はぷにぷにだった。こちらはとにかく会わせるだけでよい。いちど会わせただけで、あとは乾いた藁くずに火がつくごとくに自動的に進行した。いちおう念のため、ぷにぷに愛好家だとかおむつマニアだとか偽ぷにぷにだとかうどん野郎だとかじゃばこ踊りだとか男の悪口を書いて女の気を引いてはおいたが。

 まもなく男と女は結婚する。ウェディングベルを聞きながら、これまでの愉しい日々と、これからの倖せの予感にひたることだろう。私も片隅でウェディングベルを聞きたい。そして慈父のごとき微笑みを浮かべながら、計画がみごとに成功したこと、肩の荷がおりたことを喜びたい。本来の温厚な私、正直な私に戻れる倖せを噛みしめながら。


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