2021.09.24
山内一也『ウイルスの意味論』(みすず書房)の順番が回ってきたので借りてきて読んだ。知らないことばかりだったので、うまく全体をまとめられないが、一応メモを残しておくことにした。

●第1章「その奇妙な生と死」
・・初期(といっても明治時代)には冷蔵設備がなかったので、子供を使って種痘ウイルスを増殖させ、未感染の子供を次々と感染させながら連れて行って全国に普及させていた。やがて牛を使うようになった。エンベロープを持つウイルスは外界でそれが破壊されると死滅するが、エンベロープを持たないウイルスの中には長生きするものもある。典型はノロウイルスである。永久凍土が融けて復活したウイルスもある。

・・ウイルスを死滅させる方法としては本体である RNA あるいは DNA を切断すればよいのだが、紫外線で破壊した場合には破壊した場所が個々のウイルスによって異なるから、複数のウイルスが感染すると遺伝子を補い合って増殖する。だから、紫外線による不活化ワクチンは認められていない。

●第2章「見えないウイルスの痕跡を追う」
・・タバコモザイクウイルスの発見、口蹄疫ウイルスの発見。細菌フィルターを通り抜けるほど小さな病原体として。たんぱく分解酵素で不活性化、RNAを持つ、増殖する。20世紀に入って、ニワトリやヒトでの感染例からその病原体がウイルスであることが確認され、実験動物、孵化鶏卵で増殖させて観察するという流れになった。ポリオウイルスの場合はアカゲザルやマントヒヒに感染させて観察した。その後組織培養された細胞に感染させるようになった。1948年である。更に、1952年、細胞をバラバラにして単層とし、そこに感染させることで定量化ができるようになった。細菌に感染するファージの話はワトソン=クリックに繋がるらしい。ウイルスの電子顕微鏡観察。。。

●第3章「ウイルスはどこから来たか」
1.RNAワールド仮説。
・・RNAの一部には複製を支えるリボ酵素があり、RNAだけで完結できる。ここから、細胞が誕生する前にウイルスが存在した、という説。複製機能を持つRNAとしtr「ウイロイド」というサブウイルスがあり、ジャガイモ等の成長障害の原因となる。ウイルスの殻、カプシドというたんぱく質の構造がPRD1というファージとヒトのアデノウイルスでよく似ている。酸性温泉から見つかるアーキアの一つ、スルフォロブスからの球形ウイルスのカプシドも同じような構造(ダブルロールケーキ構造)である。つまり、細菌、アーキア、真核生物の共通祖先としてウイルスがあるのではないか?

2.次の説。
・・プロファージというウイルスは細胞の染色体に組み込まれて潜伏しており、何かの刺激で活性化される。ニワトリ白血病ウイルスのRNAはDNAに逆転写されてニワトリの染色体に取り込まれている。元々細胞の染色体に含まれていた情報がウイルスになって飛び出した、という仮説「プロトウイルス仮説」である。飛び出すときに宿主の遺伝子を引き連れて飛び出すので、これを繰り返すと巨大ウイルスができる。

3.もう一つの説。
・・細胞退化仮説である。クラミジアという細菌は培地では増殖できずに細胞内で初めて増殖する、という意味で退化の途中段階と思われる。クラミジアは宿主細胞の中で遺伝子となって増殖するのではなく、染色体が分裂することで増殖するので、細菌に分類されている。ミトコンドリアも似たような例である。これは巨大ウイルスの起源としても考えられている。

・・DNAウイルスが生殖細胞に感染すると、その宿主の遺伝子に組み込まれる。それを比較解析することで、宿主の進化系統樹からウイルスがいつ頃生まれたかが判る。B型肝炎ウイルスは8200万年前、恐竜時代から存在していた。ヒトの新石器時代の化石からB型肝炎ウイルスの痕跡が見つかった。これは現代のヒトのものよりもチンパンジーやゴリラのものに近い。ヘルペスウイルスは多くの哺乳類や軟体動物に感染する。脊椎動物のヘルペスウイルスの共通祖先は4憶年前、デボン紀に居た。つまり5憶年前のカンブリア紀、脊椎動物と無脊椎動物が別れた頃に遡る。

●第4章「ゆらぐ生命の定義」
・・現状では「増殖、遺伝、変異の性質を持つ実体」ということらしい。これだとウイルスも入る。リボソームをコードする生命体としては、細菌、アーキア、真核生物があり、カプシドをコードする生命体として、それぞれに対応して、ファージ、アーキーウイルス、真核生物ウイルスがある。化学合成による生物は既に実現している。最近、ファージが情報のやり取りをしているという証拠が見つかった。宿主を溶かして増殖するのであるが、宿主が少なくなると、宿主の遺伝子の中に潜り込んで潜伏する。その情報媒体は6個のアミノ酸がつながったペプチドであった。

●第5章「体を捨て、情報として生きる」
・・DNA→RNA→たんぱく質という流れだけで生物を考えるというセントラルドグマは、RNAをDNAに書き込む「レトロウイルス」の発見によって崩れた。レトロウイルスはRNAからDNAを作る逆転写酵素を持っている。1970年に水谷哲によって抽出された。

・・ヒトゲノムの9%はこうして組み込まれた遺伝子(内在性レトロウイルス)である。ただし、組み込まれた遺伝子が子孫に引き継がれるためには生殖細胞が感染を受けなくてはならない。HIVはまだその段階にはない。ヒトの内在性レトロウイルスは3000万年ー4000万年前に霊長類の間で水平感染を起こしていたレトロウイルスだと考えられている。

・・レトロウイルスはその祖先別にファミリーと呼ばれていて、100近くのファミリーがあるが、HERV-W,-H,-K についてはその機能が判ってきた。-Wは妊娠の時に胎盤から母親のリンパ球が入らないように防御膜を作るのに重要な遺伝子である。-HはES細胞やiPS細胞の多能性(分化性)を高めている。-Kは睾丸腫瘍や悪性黒色腫への関与が疑われている。以下略。

●第6章「破壊者は守護者でもある」
・・エリシア・クロロティカというウミウシの仲間は軟体動物であるが、幼生がフナシミドロに吸着して、宿主を食べて成長し、その葉緑素だけが消化されずに残り、光合成をして養分を作る。しかし、葉緑体だけでは光合成ができない。光合成に必要なたんぱく質を合成するためのDNAはウイルスの助けでもたらされている。餌のフナシミドロのRNAがウミウシに寄生する内在性レトロウイルスの逆転写酵素によってDNAに変換されてウミウシの細胞核に取り込まれている。このレトロウイルスはウミウシの寿命が終わりかけると活動を始めて宿主を殺す。

・・ヒメバチはイモムシに卵を産み付ける。卵にはポリドナウイルスが含まれている。このウイルスのDNAには自己増殖するためのたんぱく質を合成する遺伝子が含まれていない。その遺伝子はヒメバチの卵巣と輸卵管にしかなく、そこでのみポリドナウイルスが増殖する。ヒメバチの卵と一緒にイモムシに入ったポリドナウイルスは免疫抑制遺伝子を持っていて、卵が攻撃されないようにしている。また餌となる糖を産生させ、さらにはイモムシの変態を遅らせる。こうしてポリドナウイルスはヒメバチと共生している。

●第7章「常識をくつがえしたウイルスたち」
・・高温に耐えるウイルス。アーキアウイルスである。DNAは普通B型の螺旋構造で水を含むが、これが脱水されるとA型になり頑丈になる。その周りをがっちりとカプシドたんぱ質が覆っている。

・・巨大ウイルスの発見。当初は細菌と思われていた。巨大ウイルスに感染するウイルスもある。

●第8章「水中に広がるウイルスワールド」
・・水圏のウイルス。ウイルスは赤潮など藻類の消衰をコントロールしている。深海では、光合成が行われない為に、ウイルス増殖による原核生物の溶解→新たな原核生物の増殖促進→ウイルス増殖というサイクルによって有機物質が生産されて、深海生態系を支えている。熱水噴出孔付近でもウイルスが活動している。

・・ウイルスは微細藻類を分解することで、そのサイクルを促進し、餌とする動物プランクトンの増殖を抑制している。藻類の分解により海洋での二酸化炭素の増加にも寄与している。ジメチルスルフィド(DMS)は微細藻類によって産生されて大気中で雲形成の核になる。ウイルス感染によってDMSの大気中放出が促進される。ウイルスは紫外線で不活化されるが、微細藻類内でのDNA修復によって生き返る。

・・「ゲノム編集技術」サーモフィルス菌はしばしばファージウイルスの感染を受けるが、それに抵抗性を示す菌株を調べると、クリスパー(回文構造)にスペーサーが増えていた。その部分は感染したファージ由来のものであった。そのファージが再び感染すると、増えた部分の菌のDNAとの一致によってその近くにあるDNA切断酵素が動員されて、ファージのDNAが切断される。2007年の論文である。このメカニズムが応用された。2012年の論文である。

●第9章「人間社会から追い出されるウイルスたち」
・・天然痘、麻疹、牛痘の話。これらは人間社会から排除された(麻疹はまだ一部に残る)ウイルスである。

・・天然痘と牛痘ウイルスの進化図。天然痘は若い。300年前に牛痘の系列から生まれた。その根絶にはローテクが使われた。ジェンナーの開発したワクチンの冷凍技術と皮内接種のために工夫された二又針である。根絶されてワクチンが接種されなくなったことで、サル痘が広がりつつある。

・・最近の話題は根絶した天然痘ウイルスのゲノム合成が可能になるような情報が PROS ONE 誌に公開されたことである。(NATURE と SCIENCE では掲載拒否された。)天然痘テロの可能性がある。テロリストにとって有利なのは、自己防衛の為のワクチンがある、ということと、潜伏期間が長い(10日)、インフルエンザの2倍の感染力、である。

・・麻疹ウイルスは11-12世紀頃牛痘ウイルスから分岐した(押谷仁)が、中国での記録は500年頃である。これは誤差範囲。日本では737年に最古の記録がある。R0=12-18 とされていて最強の伝染性である。飛沫核感染で、発症前から感染し、発症後4日位までは感染する。2-3週間で回復し免疫ができる。死亡率は5%。南北戦争の死者の2/3は感染症だった。先進国では排除されているが、流入ウイルスによる感染は続いている。日本では100人/年。ワクチンは変異株に対しても有効である。

・・牛疫ウイルスは古い。祖先はコウモリのウイルスと思われる。モンゴル軍は牛を連れて行ったために、それが生物兵器の役割を果たして、侵入国の国力を衰退させた。19世紀末、イギリスが遊牧民のマサイ族を駆逐したときも牛痘が活躍した。牛痘は獣医学という学問分野を生んだ。

・・日本での対応。日本への牛痘の侵入経路として重要視された中国・朝鮮半島には釜山に研究所を作り、1917年には世界初のワクチンを開発した。終戦後、朝鮮半島、中国で用いられ、1948年の国際会議で中村ワクチンが紹介された。

・・牛疫は野生動物にも感染して生き残るために、抗体検査と遺伝子解析によって、感染源を突き止めなくてはならず、最後の感染は2001年9月ケニア国立公園で、それから10年間発生が無くなったことで根絶が宣言された。

・・弱毒化された麻疹ウイルスは癌細胞を破壊することから、治療薬としても開発が進んでいる。

●第10章「ヒトの体内に潜むウイルスたち」
・・単純ヘルペスウイルスは2種ある。1型は口唇に水疱を作り、やがて三叉神経に潜む。2型は性器に水疱を作り、やがて仙骨にある神経節に潜む。いずれも、何らかのストレス刺激で増殖を始めて神経を通って皮膚に症状を呈するようになる。700万年前にはヒト亜族とチンパンジー亜族が分岐するとき、1型しか無かった。300-140万年前にチンパンジー亜族からパラントロプスを経てホモエレクトスに伝わり、ホモサピエンスの祖先に2型が移ったという説がある。

・・水痘(水疱瘡)は全身の感覚神経節に潜伏する。また空気感染で拡がる。後発すると帯状疱疹と呼ばれる。感染した大人の帯状疱疹からウイルスが放たれて、子供に水疱瘡を起こして、神経節に潜伏する、というサイクルである。数千年以上前から存在している。

・・1958年にウガンダの子供たちの間で見つかった腫瘍の原因から、1961年にエプスタイン・バー(EB)ウイルスが見つかった。毎年世界で20万例の感染(癌)が見つかっている。これは伝染性単核球症(リンパ球が増える)の原因でもある。子供の感染では風邪症状で収まり、思春期以降では伝染性単核球症を発する。唾液感染するので「キス病」と呼ばれる。日本では2-3歳までに70%が感染し、20歳位までに90%以上が感染する。喉の扁桃などのリンパ組織の小型Bリンパ球に感染し、リンパ球に潜伏しながらリンパ球の分裂と一緒に増殖する。多くの自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス、リウマチ関節炎、多発性硬化症、潰瘍性大腸炎、糖尿病)の発生リスクを著しく高める。

・・ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は20世紀初めにサルからヒトに感染した。当初は軽症で性行為を介して穏やかに流行していて目立たなかったが、やがて進化して1980年代初めに毒性が強くなって、致死率90%以上になった。20世紀終わりには感染者数3300万人、累計で1400万人となった。

・・HIVがターゲット細胞に入ると、殻たんぱくを捨ててRNAとなり、逆転写酵素でDNAになり、インテグラーゼ酵素で染色体DNAに組み込まれ、ここからRNAに転写されてウイルスRNAが複製され、ウイルスRNAからウイルスたんぱく質が合成される。それらが結びついて子孫ウイルスとして放出され、更に余分なたんぱく質がプロテアーゼで切り離されて感染性を得る。

・・治療薬の開発普及で発病率が低下したが、感染者数は260万人/年で横ばいとなった。感染した健常者数は3880万人とされている。染色体に潜伏したHIVウイルス自身は無くならない。その内無毒化へと進化することを期待するしかない。

・・ヒトの体内に潜むウイルスはメタゲノム解析で明らかになってきた。ヴァイロームと呼ばれている。糞便中にはピーマンに感染するウイルスが最も多く見つかった。

・・腸内には100兆以上の細菌が存在し、その数十倍の細菌をターゲットとするウイルス(ファージ)が存在して、腸内細菌のバランスを保つ。

・・皮膚のウイルスは個人差や経時変化がある。皮膚常在菌のバランスを保っていると考えられる。

・・血液中には42%のサンプルで19種類のウイルスが見つかった。

・・粘膜中には細菌の40倍ものファージが見つかる。これらは細菌の侵入を防いでいると考えられる。

●第11章「激動の環境を生きるウイルス」
・・ヒトの作り出した新しい環境に適応していくウイルスの話。家畜、ペット、研究用の飼育動物という環境である。

・・20世紀末、世界各地で豚の間に新たなウイルス感染症が拡がった。豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルスと名付けられた。野鼠の乳酸脱水素酵素(LDH)ウイルスが野豚に感染したのが起源ではないかと言われている。養豚場の大規模化がその背景にある。

・・飼い犬の間では、バルポウイルスが拡がっている。これは強靭な殻に包まれたDNAウイルスで、耐熱性もある。ネコ汎白血球減少症ウイルスが19世紀から存在していて、ホッキョクグマ、アライグマにも感染していた。これが、1940年代のアメリカで、大量に飼育されていたミンクに感染し、進化した。DNAといっても一本鎖なので変異が起きやすい。これがペットの犬に感染して現在に至る。

・・1960年代からのアメリカの霊長類研究センターでは、リンパ腫が多発し、これがサル免疫不全ウイルス(SIV)によるものであることが判った。その起源はアフリカのスティーマンガベイというオナガザルの一種に由来している。1960年代後半プリオン病の研究過程で生まれた。カールトン・ガイジュセックは、パプアニューギニア先住民の間で多発していた「クールー」という病気の患者の脳組織をチンパンジーに接種して発病させることで、伝達性海綿状脳症と名付けた。霊長類研究所の多種のサルに対しても同様な実験が行われたが、その中にスティーマンガベイが居た。そこから、SIVがアカゲザルに移った。

・・高病原性トリインフルエンザウイルスの表面には18種のヘマグルチニンと11種のノイラミニダーゼがあり、その番号で命名している。ヒトには H1N1 が感染し、トリでは H5N1 であるが、H5N1 もヒトに感染性を持つが、まだヒトからヒトへの感染性は確認されていない。

・・野鳥のカモは H5N1 の自然宿主である。カモの腸管で増殖し、糞として湖に入り、凍結湖で翌年まで生存していて、その水を飲むことで感染が拡がっている。円口類のヌタウナギでも見つかっているので、鳥類と爬虫類の分岐よりも古い。中国ではアヒルとニワトリの飼育が盛んである。カモは類縁のアヒルに近づくので、感染は容易である。ニワトリはウイルスに対して抗体を産生して抵抗するので、そこで進化して毒性を獲得する。

●「エピローグ」
・・ジカウイルスの話。2015年ブラジルでジカウイルス感染が発生し、妊娠初期に感染すると新生児が小頭症になることが判った。ジカウイルスは1947年のウガンダでの黄熱病の分布を調べる実験の時に、おとりとして使ったアカゲザルへの感染で発見された。ヒトにも感染するが発症は20%位である。2013-14年にもポリネシアで3万人が感染した。これがブラジルに持ち込まれたと考えられる。

・・なぜブラジルでは小頭症を発生したのかについては、ウイルス粒子の被膜たんぱく質の一つのアミノ酸がセリンからアスパラギン酸に変わったことによることが判った。

・・ジカ熱ウイルスは森林でサルと蚊の間を行き来している。ヒトが森林で蚊に刺されると、今度は都市でヒトと蚊の間を行き来してジカ熱が流行する。ワクチンとしてはウイルスの殻たんぱく質をコードするDNAを用いるワクチンが開発されている。

・・媒介する蚊に対して寄生菌のボルバキアを感染させることで、ウイルス増殖が抑制されることが判った。他にも、蚊に対して遺伝子組み換えした蚊を優性遺伝させて、いわばウイルス増殖が起きないように種を改変する試みが行われている。

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