2015.02.20

      昨年8月16日のNHK「地球ドラマチック」「ピダハン:謎の言語を操るアマゾンの民」を今頃録画で見た。アマゾンの奥にピダハンという400人程度の部族があって、外部との同化を拒んできた。派遣された宣教師、ダニエル・エヴェレットは彼等の言語を習得し、彼等と生活する間に、彼等には「神」が必要ないという事に気づいてしまって、自らも信仰を捨てた。彼等の言語には、色彩を表す言葉も無いし、数詞も無い。時制も無い。これらは彼らの生活に必要がないからである。彼等はその代わりにジャングルの中に生息するあらゆる動植物の知識を持っている。ピダハン語は声帯を使った表現以外にも口笛や鼻歌のような音楽的な表現も可能である。狩の時にはその方が便利である。そもそも、彼等には過去も未来も無い。ひたすら現在を受け入れていて、幸福感に満ちている。

    ダニエルは信仰を捨てることで離婚を余儀なくされ、言語学者となり、ピダハン語を解析し、その特徴について論文を書いた。しかし、言語学会からは猛烈な批判に晒された。言語学会ではチョムスキーの生成文法が信奉されている。言語は人間が持つ遺伝的な能力であり、どんな言語も共通した要素構造を持つとされている。しかし、その重要な要素の一つであるRecursion(再帰構造)がピダハン語には無かったからである。Recursionというのは文全体を文の要素とすることでいくらでも長い文章を作ることである。(猫が餌を食べた。→猫が餌を食べたことを彼女は見た。→猫が餌を食べたことを彼女が見たことを私は知っている。→→)言語学者の一部がダニエルの主張を人種差別として告発し、ブラジルの政府に訴えたために、ダニエルはピダハン部族に会えなくなってしまった。つまり、Recursionが無いと断定することが、通常の人間集団ではない、という意味として受け取られたからである。生成文法を満たさないような言語は人間の言語とは見なさない、ということである。(これは科学というよりもドグマのような気もするが。)ダニエルと言語学会との論争に決着をつけるために録音されたピダハン語が解析されて、確かにRecursionもないし、そもそもピダハン語には接続詞が無い、ということも判ったが、チョムスキーは解析が不充分であるというのみである。

    現地に調査が入ったが、その間(2年)にブラジル政府はピダハン部族に電気やモーターや学校という現代文明を持ち込んで彼等の生活を変えてしまった。今では子供達が数詞を覚えている。おそらく彼等の意識が変化すれば彼等の言語も変化してやがては生成文法が「実証」されることになるだろう。なお、ピダハン語を話せる外部の人間はダニエルとその前妻と前宣教師の3人だけだそうである。

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