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ニューヨーク

 

ぼくはニューヨークにやって来た。

アラビアはおもしろかったが、

戦争が始まったから、どうしようもない。

敵国の軍がこちらに攻めて来るというので、

大嫌いな役所に出向き、ややこしい亡命手続きをして、

ニューヨーク行きの船に乗った。

いったい何のいわれがあって、国の権力者同士の争いに

ぼくが関わらねばならないというのか。

国家のために尽くすだの、民族のために戦うだの、

ぼくはまっぴらだ。

だから、ぼくはニューヨークへの船に乗ったのだ。

 

ニューヨーク、それは世界一の街。

ぼくの生まれた街と違って、自由と活気がある。

道にはたくさんの自動車が猛スピードで走っているし、

空に向かって高く伸びるビルは壮観そのものだ。

場末のアパートでの騒々しい隣人たちに囲まれた生活は

多少うるさく、うっとうしくもあるが、我慢するしかない。

ぼくはどこでも異邦人だから、

白い目で見られるのはいたしかたない。

 

だけど、この街はおもしろい。

ラジオをつければ、当代随一という指揮者の

感動的な交響曲の演奏を聴くこともできるし、

街を歩けば、下劣な音楽をがなり立てる

キャバレーやショーホールも並んでいる。

その界隈には下品なバーやナイトクラブもあるし、

ストリップ劇場やSMの館まである。

気晴らしにはもってこいの街というわけだ。

そして、誰もが金、金、金。

すべてが金で語られ、すべてが金で価値が決まる。

だから金は必要だが、食ってゆくための仕事には困らない。

ぼくは金のためなら、やばい仕事以外なんでもやった。

 

ぼくは何人かの前衛詩人と知り合い、

彼らのグループに入った。

その詩は新鮮で衝撃的。

ぼくの心をおおいに揺さぶった。

ただ、やつらの酒とヤクとフリーセックスにまみれた生活にはついていけない。

とはいえ、そんなつきあいの中でぼくはこぎれいな女を手に入れ、

一緒に住むことになった。

この街では、女の尻はほんとうに軽い。

女の柔肌を毎夜抱き、

気の済むままに女の中に精を吐き出せるのはいうことない。

だけど、それは最初のうちだけ。

だんだん、その女にも飽きてきたし、

そのうち喧嘩の毎日になり、とうとう女は怒って出て行った。

でも、ぼくはそれで清々した。

所詮、ぼくは孤独な誰でもない者じゃないか。

 

そんなある日、酒場でアラビアでのことをしゃべったら、

それを耳にした出版社のやつが本を出さないかともちかけてきた。

ぼくだって金が欲しいから、出すことにした。

たいして売れはしなかったが、酒代の足しにはなった。

だが、その本のおかげで、大学から問い合わせが来た。

アラビア語を教えれるなら大学で教えないかという話だ。

荒んだ生活にも少し嫌気が差してきたし、

少しはましな仕事でもしようかという気になって、

ぼくは大学の講師になった。

髪を切り、髭を整え、ジャケットに蝶ネクタイという出で立ちで教壇に立った。

アラビア語を教えながら、アラビアでの経験や習慣を交えて話をすると、

学生にはけっこう受けが良かった。

ある教授が、アラビアに関する論文を書いて博士号を取らないかと言うので、ぼくは論文を書いた。

アラビアの風土、風習、商習慣、倫理観、宗教、男女関係、家族関係など、

ぼくの経験に基づいて書けば、すぐ論文になった。

その過程で、ぼくは神話や歴史も学び、アラビアだけでなく、インドやアジアのことも学んだ。

それらの知識も用いて博士論文を仕上げた。

このぼくが博士様というわけだ。

 

だが、安定した生活ができ、

回りからそれなりに敬意を払われても、

ぼくの心は満たされない。

ニューヨークの摩天楼の底から、

ぽっかり浮かんでいる美しい月を見上げると

なぜか涙が出る。

ぼくは自分をごまかして生きているという思い、

これはぼくの生き方じゃないという叫びが

心の奥底から沸き上がってくるのだ。

だから、戦争が終わったら、

ぼくは何かを求めて旅に出る。

何を求めているのか分からないが、

それでもぼくは何かを求めているのだ。

 

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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』