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砂曼陀羅を描く
薄明りの下で砂曼陀羅を描いた。
音のない寺院の中、
ただ黙りこくって、
ひたすらに何時間も砂を落とした。
床の上ではさまざまな色彩が咆哮し、
神々の意思が荒れた時間を踏みしだく。
創造された世界の軋みが憤怒となって立ち現われ、
静謐の音は世界の中から掻き消えた。
でも、それは砂曼陀羅の世界だけではない。
外の世界も常にどよめき続け、
とどまることのない阿鼻叫喚が
大地から消し去られたことなど一度もないのだ。
心を鎮めることを知らぬ者たちが
この大地の上に殺伐とした騒ぎを巻き起こし、
人々の饒舌が
世の空気を騒然とさせている。
その世界の混沌を心に響かせながら、
ぼくは砂曼陀羅を描き続ける。
すると一滴の青い砂が
川のように広がって静謐の音をもたらし、
瞑想的な色彩の重なりが
道を啓こうとする求道者たちの心に反照した。
ひたすらに描き続け、
いつのまにか巨大な青が
世界を取り巻いているのをぼくは見た。
その青は世界の混沌の源かもしれなかったが、
そこからはたしかに光が発していた。
混沌を鎮めたわけではない。
世界の亀裂にぼくが夢の温かみをもたらしたのでもない。
ぼくは大きく息を吐くと、
砂曼陀羅を足で払い、
すべての色を床の上で混ぜ合わせ、
顔を歪めて寺院の外に歩み出た。
緑の野の向こうに雪の山々が広がり、
タルチョのはためきが心にかなった。
すべては砂曼陀羅のように、
一瞬のきらめきしかもっていない。
そして、ぼくはそんな遊星の上で、
ただ、あてどもない試みを繰り返しているだけなのだ。
でも明日もぼくは砂曼陀羅を描くだろう。
ぼくは迎えに来てくれていた
きたないなりの幼い少女と一緒に
夕暮れの道を歩いた。
この子にお菓子を買ってやろう。
そう思うと微かに心が微笑んだ。
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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』