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架空世界の底で/チベットの風に

 

チベットの風にヤルツァンポ川の青い流れが滔々と輝き、

雪をいただく山々が遠く連なっていた。

荒れた大地にはタルチョがはためき、

オボが道の両側に次々に続いた。

 

村の小さな寺院では、

五体投地で老人が祈りを捧げ、

若い僧がひとりで読経の声を上げている。

村人たちのまなざしはあくまでも柔らかく、

子供たちはにこやかに近くまで寄ってくる。

 

けれど、その大地の上で、

憤怒神は世界を突き破る踊りを踊り狂い、

弥勒菩薩は五十六億七千万年先の世界にまなざしを投げている。

真理がすべての極に向かって突き当たる曼陀羅の世界、

その異質の世界で、

ラマ僧の勤行の声が寺院の中にこだまし、

千界の神々が交合を遂げる。

 

けれど、外に出ると、

再び、八角街の喧騒がぼくたちを迎えた。

マニ車を手に道を行く老人たち、

五体投地を繰り返す信者たち。

そして、澄んだ高地の光の下に土の家が点々と続き、

ヤクたちが、のんびりと時間を食んでいた。

 

すべてを融解する超脱した世界と

おだやかで朴訥とした光景。

でも、ぼくが投げ入れた小さな石は

この広大な大地の上で置き去りにされ、

老いた導師の聖なる言葉は

古びた寺院の祭壇で干乾びているのだ。

 

カンパラ峠に登ると、タルチョが飄々とたなびき、

青いケシがひっそりと咲いていた。

ヤムドゥク湖の青い水は朗々と光をはね返していた。

 

この異界に投げかけられる未知なるものへのまなざしは

いったいどこに凝集するのだろう。

でも、ひび割れた世界で、ここではなお、

澄んだ光が降り注いでいるのかもしれなかった。

 

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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』

 

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