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第4詩集 『土くれを蹴り』
50代前半に書いた詩を中心にした詩集です。
今後、詩の追加や削除、内容の改定などの可能性もありますので、ご了承ください。
(2026年4月改訂)
この広大な空間に
ひとつの音が
そして無数の音が鳴り響き、
ひとつの光を金色の鳥がもたらした。
けれど、はるか頭上の青い空の向こうでは、
小さなつぶやきが
そして無数のつぶやきが流れ去った。
黒い宇宙が どこまでも涯てしなく続いていた。
地上では新しい夢が土に還り、
古びた古文書に書き記された呪文が広野の祭壇の上で干からび、
宇宙的な文字の列は
黒ずんだ石板の上で風化している。
土塊を蹴り、
飾り立てられた祭壇に灰を投げ、
息絶えた夢の数々を曼陀羅に描き込む
何ものでもないものたちの試み。
神々と羅刹が踊り狂う
曼陀羅の宇宙の中心で
永劫の業火を喜悦に満ちた心で眺める
シヴァ神の試み。
結晶化していない宇宙の鼓動が
孤独な神の手の平の上で
かすかにうち震えている。
夢のつづきをぼくは見ている。
空には満天の星、
野には静寂と風の音、
その荒野でぼくは
ごつごつとした岩の上に記号を刻む。
でも、誰も読みはしない。
誰も立ち止まりはしない。
菩薩たちは列をなして通り過ぎ、
金色の鳥は黙って飛び去ってしまっている。
向こうの縹渺たる丘の上では
今日も風が吹きすさんでいる。
切り刻まれた時間の上では
今なお羅刹たちが踊り狂っている。
一なるものはどこにあるのか?
光はどこから輝いてくるのか?
この大地の上で朽ち果てているのは
小さな夢のかけらたちだ。
そして、ぼくの
たったひとつの小さな夢も。
存在から発する微かな光が
道の半ばで小さな軌跡を描いた。
画家のゆったりした筆が
永遠から時間を切り離した。
空の青の上の二つの世界のはざまで
柔らかい石が毎日軋む。
存在を包み込む生暖かい海のざわめきが
ぼうっとした音で「ぼく」に囁く。
今日を刻む砂たちの音、
清澄なものたちの足音が
遊星の上で
時の饒舌を再現している。
そしてぼくは
たった一枚の粘土板に
ありったけの断片を
隙間なく刻み込む。
その粘土板の中からは
神話の世界が光を放ち、
シヴァが、ブラフマーが
聡明な邪念をこね回しては、
存在の深奥から発する霊妙な喜悦を
蜃気楼のように存在者の上に解き放っている。
宇宙の本性を解き明かす
求道者たちの舞いは
今日もまたどこかで、
そしてどこででも繰り返される。
笛の音が近づいた。
狼たちの叫びがこだました広野で、
燔祭の煙が立ち昇った広野で、
ヴィシュヌが
永遠の眠りをまどろんでいる。
はてもなく瓦礫が積みあがったこの地平で、
そっけない顔をした小さな記号たちが通り過ぎる。
埋もれた声たちは原初の土へと還元され、
かすかな響きを奏でる音たちが道の上に並んでいる。
遠い宇宙の涯てでは創造を巡って神々が争い、
そこから発せられる高貴な光の粒は
今日も地上にかすかに降り注いでいる。
けれど潰え去った試みの破片はもはや何も語らず、
色褪せた曼陀羅は寺院の壁に貼り付いたままだ。
ぼくが見つめるこの存在の向こうの時間、
あなたが紡いでいるこの存在の裏側の声。
でも、この地上では何ものも真実ではない。
そして、天空の世界でも真理は分断されたままなのだ。
だからぼくは、キャンバスの上に記号を描くだろう。
ぼくは、床の上に砂曼陀羅を描くだろう。
ぼくは、弔鐘を打ち鳴らし、
曼陀羅の中心で新しい踊りを踊るだろう。
あなたは砂を噛み込み、石を砕いて粘土を作り、
世界の中心に音のしずくを滴らせるだろう。
でも何も生み出しはしない。
無に等しい試みが
瓦礫となって無数に積みあがっているだけの地平。
何万年ものつぶやきが、
ぼくたちの時間の底にうずくまっているだけの世界。
ぼくの中で求道者たちの音楽が鳴っている。
ぼくの中で何ものでもないものたちの朗誦が響いている。
日の光の下の石の破片の上では
小さな虫たちが息づいている。
ひっそりとした大地の声は
ごうごうという時間の濁流の上にうずくまっている。
神は世界を見ていない。
ただ、無機的な光が
砕けた石たちを照らしている。
暮れなずむ濃紺の空に宵の明星が輝き、
バオバブの樹に赤い大気が照り映えていた。
ぼくたちの夢はどこかに置き去られ、
乾いた風が次々に通り過ぎていた。
そうだ、
始原の音を求め、
世界の中心の聖なる言葉を求めるぼくたちの旅は
とっくに潰えていたのだ。
けたたましく膨れ上がった情念が世界を支配し、
羅刹たちの歌が遊星の上の
この大空に広がる青さの中にまで沁み込んでいる。
でも、荒野に置き去りにされた寺院では、
今日も石に刻まれた仏頭が
久遠の瞑想の中にたたずんでいる。
潮騒の音に耳を傾け、
かすかに響く異界からの声に耳を澄ますがいい。
天から降り注ぐ
誰でもないものたちの声に耳を傾けるがいい。
風が鳴り、星辰の動きが月明かりとともに降り注ぐ荒野では、
藩祭をあげるための石組みが沈黙を守っている。
かすれた時間が飽和し、
猛々しい神々の世界からの風が吹き込んでいる。
ぼくはひとつの石を刻む。
そして、ぼくはその石をあなたの石と向かい合わせる。
新しい夢が猛々しい神々の世界に還った。
はじけとんだ空の破片を拾い集めるぼくの仲間たち、
砕けた破片をさらに小さく砕き続ける君の仲間たち、
久遠の韻律の響く碧色の空の下で
砂粒を一粒一粒数え続ける神の使者たち。
けれど、小さくなった地球の上では
機械文明の申し子たちが我が物顔で闊歩し、
その隙間では、
今なお魑魅魍魎どもが跋扈している。
虐げられた者たちの思いは
大地の上にべっとりと沈殿し、
天を呪う呪術者たちの祈祷は
今日もやむことなく響き続けている。
そうだ、よりどころとなる言葉は
黄ばんだ古文書の中に忘れ去られ、
清澄の人の透徹した洞察は
古い石碑の上で風化している。
くったくのない笑いが
のっぺらぼうの電子空間の上で賛美され、
滔々と流れる時間の濁流は
もはや人々の心には響かない。
かつて一人の楽師が真音を奏でたことがあった。
かつて一人の仏師が真像を彫ったことがあった。
賢者から発せられた真実の言葉は
この大地の向こうにある世界をも突破したはずだった。
ヤージニャヴァルキャよ、
もう一度、汝の言葉を
この大地の上に刻印するがいい!
ヴォルスよ、
もう一度、カシスの夢を
小さなキャンバスの上に殴り描くがいい!
タージマハル旅行団を率いたあの天才音楽家は
今どこにいるのか?
キャンバスにペンキを投げつけた孤独な画家は
今、何を見下ろしているのか?
神話の中の賢者の言葉だけが
今なおかすかに光を放っている。
りん光を放つ金色の魚だけが
キャンバスの上でぼおっと真理を灯明している。
夢が潰えたわけではない。
ダルマが壊れたわけでもない。
ぼくを見つめている何ものでもない者たちが
今日もなお、石をたたいているだけなのだ。
神と対座した求道者たちが
今日もなお、曼陀羅を描き続けているのだけなのだ。
音の想念たちが
風の舞う夢の枯野で
炸裂している。
残っていたただひとつのダルマが朽ち果て、
暗い宇宙のすみずみから荒々しい神々の咆哮が沸き起こり、
創造をめぐる新たな戦いが始まった。
その日、地上ではいつもの喧騒が街をにぎわし、
明るい笑顔の若い男女が幾つもの輪を作っていた。
新しいニュースが人々を刺激し、
感興と興奮が彼らの人生を覆っていた。
けれど、荒野では、
積み上げられた素焼きレンガが月明かりの下で沈黙し、
砕けた土器の破片がかすかなうめきを発している。
老いた導師は小さな祠で祈りを捧げ、
寺院の中のブッダはただ虚空を見つめている。
空の中から墜ちてくる創造の破片。
この広大な宇宙に、
トランペットの哀しい響きが響きわたり、
天空で燃え尽きた花びらの上に
摘み取られた夢の数々が降り積もった。
時を越えた音たちの列に
傷ついた夢の一つ一つが共鳴し、
この世界に閉じ込められた者たちの軋んだ声に
星座を祭る求道者たちの試みが反響した。
あなたは夢を失った。
けれど神々は、この真理の涸れた大地の上で
再び創造をめぐる戦いを始めようとしている。
この大地の上では聖なる境界が消え、
茫々とした時間が今という時を刻印している。
それは赤茶けた土の家が無人のまま放置され、
寺院の壊れた仏頭が野ざらしにされる
今日という時代のできごとだ。
かつて描かれた不思議な形象は
キャンバスの上で凍りつき、
静謐の中で吊り上げられた旋律は
虚空の中に霧散してしまっている。
夢とあてどもない試み、
沈黙と何ものでもないものたちへの祈り、
そして、大地に刻印される羅刹たちの聖なる呪文。
あなたが試みた創造の意味は黒く凝り固まり、
あなたが唱えようとした真実の言葉は
風の中に霧散している。
だからぼくは形を描きなおす。
惨めな気持ちで、惨めな形をもう一度キャンバスに描きつける。
木を削り、原初のたあいない音を
引きつった心に何度も何度も打ちつける。
それがぼくの試み、
あなたのいなくなった世界で孤独なぼくがなお試みる
創造への問いかけなのだ。
この閉じた世界の中で
瓦礫のように積み上げられた夢の破片を
聖なる時間に返すただひとつの試みなのだ。
求道者たちの言葉は消えた。
大地の光も消えた。
でもぼくはたった一つの石を今も持っている。
それから無数の石が砕けた。
ちっぽけな遊星の表面で、
神ですら数えることができないほどの石が砕けた。
それからクリシュナの姿をした神がやって来て
ダルマが涸れ尽きたと言った。
夜の森では、ラクシャーサたちが
人間の肉をむさぼり食っているし、
赤茶けた大地の上では、
魑魅魍魎たちが飛び跳ねている。
ぼくは体の震えが止まらない。
けれど、神は独りぼっちで踊り続けているのだ。
だから、地に這いつくばって震えている小さな生き物たちよ、
白髪の導師の唱える経文の前で
ただただ土を掘り返すがいい。
そして、干からびたダルマが
空無の時間の中に融解するまで
ちっぽけな大地の上から空を見上げ続けるがいい。
神の踊りはまだ続いているのだ。
荒れ果てたぼくの領土で
ぼくは喘ぐ。
子供たちの不吉な
刺すような視線が
ごつごつとした岩の間から
無数に顔をのぞかせている。
天を切り裂くような鳥の奇声、
野を覆う生ぬるい風、
その声と風に触発されて荒れ騒ぐ
ちっぽけな石たちと無数の砂たち。
ぼくの領土では夢が形となることがない。
ぼくの領土では存在者はみな顔を歪めている。
だからぼくは石を拾い、砂を集め、
そして、小さな祠に灯りを灯した。
すべてを灯明する小さな光が
野の中心で小さくつぶやいた。
でも空の上で踊り狂う羅刹たちの足音は
重い大気の中に残響し、
広野で祈りを捧げる求道者たちの声は
空の向こうに散逸している。
ぼくはぼくの領土から離れることができない。
荒々しい風が希求の声とともに沸き起こり、
古びた寺院に差し込む薄日の下で、
求道者たちが新しい戦いを模索していた。
色彩で彩られ、欲情が沸騰する世界の底で、
光を鎮め、音を鎮め、
存在の本質にうずく混濁した情念を鎮め、
そして、何ものかを打ち砕くための戦い。
けれど、打ち砕かれるべきものは何か?
すべては因果で結び合わされ、
すべては流れの中にあり、
そして、すべては滅ぶことなく恐るべき生命力を持っている。
それは未熟なもの、未分化なものの集合で、
宇宙の時間から見ればあまりにも他愛なく、
夢のようにとめどがない。
だからぼくは菩薩たちの微笑みの前でともに戦うことを誓い、
この時間、この空間、この大地を突破することを試みた。
ぼくは描かれた巧妙な図形を火の中に投げ入れ、
束縛を生み出し続ける経文を破り捨てた。
ぼくにのしかかる重い大気に
小さな穴が開いた一瞬。
戦いはもういい。
帰って、古びたあばら家で横になろう。
心を駆り立てる崇高な音楽は鳴り止んだのだ。
静かな音が空気の中を漂っている。
ぼくは平穏を取り戻し、竹林の上を見上げる。
偉大で高貴だが、
ぼくを世界との戦いに駆り立てる音楽はもういい。
外では、残っている唯一のダルマが朽ち果て、
暗い宇宙の隅々から荒々しい咆哮が響いている。
神々の新たな戦いが始まっているのだ。
光を食い尽くす魍魎たちが飛び回り、
言葉のない巨大な意思が時間を支配しているのだ。
でもぼくは、地上で、
小さな祠で祈りを捧げ、
石たちとともに星空を仰いで
異界からの交信に耳を澄ましたい。
石たちが奏でる
小さな単音の響きに耳を澄ましたい。
虚無の中に、
砕けた素焼きレンガが散らばる道が
茫々と続いている。
その日、石たちは夢を見、
ぼくもまた夢を見た。
名もない天使たちは
傷ついた翼を断崖の上で休め、
大地では黒々とした川が
月明かりの下にうねっていた。
創造の意義を賭けて争った神々の咆哮は
時空のかなたへと去り、
冷たい大気がキーンと張りつめて
世界を覆っていた。
もはや羅刹たちの踊りも
魑魅魍魎どもの跋扈もなく、
経文の高貴な教えも
読経の荘厳な響きも消え、
呪術師たちの唱える
祭儀の朗誦も霧散し、
粘土板に刻み込まれた
膨大な言葉の瓦礫だけが残っていた。
突破することのできない世界、
時間の濁流が
ただゴーゴーと音を立てるだけの世界、
その世界の片隅で
天使たちはただ断崖の上に立ちつくし、
沈黙し、
笑いを失い、
祈りの言葉を失い、
自らの存在に向き合っている。
もはや何者も降り立ってこない。
もはや何者も呼びかけてこない。
この求道者たちのいなくなった世界では。
そして、神々の戦いの終わった世界では。
けれど、この大地には、
今なおつややかな静けさが
霧のように降り注いでいる。
天使たちの沈黙は
いつかかすかな微笑に変わるかもしれない。
真っ黒な光一つない空の下、
言葉の円盤だけが回り続け、
ちっぽけな存在者たちのつぶやきが
時の轟音の中にかき消された。
異界へと投げかけられた暗号たちは
神々の立ち去ったこの遊星の上で瓦礫となり、
あやふやなものへの試みだけが
途方もなくただ積み上がっている。
ぼくは茫漠たる時の断片を削り、
静謐の音を一つ一つ拾い集める。
けれど、唯一の真理は混沌の中にだけあり、
光を放つ存在が粘土へと化するだけの世界。
土くれを蹴る者たちがやってくる。
求道者たちの声が止んだあとに。
空の破片がこの地に降り、
ぼくたちの声が石たちの中にうずもれる。
美しい時の微笑は消え、
砂利道の上で、つぶらな眼差しが
無表情なトルソに焼き付いている。
光を放つ石と古い追憶、
ぼくが打ち壊した水差しが窓辺に残り、
古代からの音たちの列が
色褪せて黄ばんだ紙の上に散らばっている。
茫洋とした日々をやり過ごし、ぼくは聞く。
形にならない疼いているものたちの声、
音を合わせることを忘れたものたちの声、
そして、祈りを失ったものたちの声を。
張りつめた気の中で
冷たい雨が降っている。
ぼくは石を磨くことを忘れた。
ぼくは石を打ち鳴らすことを忘れた。
でも、小さな石たちがぼくを見つめている。
おびえて、
でも、はるけさの中の光を求めて。
赤い隈取りをした祈祷師が
石を打ち鳴らして韻律を奏で、
悪魔祓いの済んでいない仮面をかぶった踊り手が
魔性の、けれど魅惑的な踊りを踊った。
けれど、始源の音を求めるぼくたちの旅は
とっくに潰えているのだ。
石畳の上にはただ茫々とした道が残り、
砂で描かれた曼陀羅は吹き払われ、
ぼくの夢、そしてあなたの夢が
風の中に吹き払われている。
羅刹たちの歌は遊星の上の
この大空に広がる青さの中にまで沁み込み、
存在者たちは浮遊する喪の領域に脅え、
かすれた時間が落下し続ける影の領域に沈み込んでいる。
猛々しい神々の世界からの風は止み、
宇宙の輪環を貫くかなたの光は切り刻まれ、
でもぼくは
たったひとつの音をよすがとしている。
だからぼくは石を叩く。
そして奇怪な夢に祈りを捧げる。
求道者たちの声が反響する荒野には
ひとりのブッダがまだ立ち続けている。
たった一つの夢に灯明を灯し、
石たちの声に耳を傾け、
土ぼこりの舞う道を歩いた。
寺院では導師がしゃがれた声で朗誦し、
控えていた鬼神たちが次々に立ち上がって乱舞した。
風を砕き、
砕けた風の声を飲み込む
異界に依拠するぼくの仲間たち。
言葉が潰えた夢の枯れ野で
虚無に向かってただ炸裂する音の想念たち。
その荒れ野では、
生まれ出ることのなかった誰でもないものたちが
唯一者によって描かれた軌跡を拒絶し、
積み上げられた祭壇を打ち壊し、
無言のうちに円い月を仰いでいる。
叫び出さずにはいられない孤高者たちの声は
けれどなお荒野の上を駆けている。
未知なるものへのやむことのない試みは
けれどなお縹渺たる風の中で荒れ騒いでいる。
世界を突破しようとする求道者たちの夢は
いったいどこに結実するのか?
石に刻まれた求道者たちの言葉は
いったい何を指し示しているのか?
羅刹たちの歌が遊星の上の
この茫々たる大空に沁み込み、
ぼくは夢を石臼に放り込んで
ただ一つの言葉を捜す。
言葉とならない一つの言葉を。
土くれを蹴って。
再びぼくは帰ってきた。
そうだ、帰ってきたのだ。
絶対者の咆哮が吹き荒れ
求道者たちの祭儀の声がこだまするこの広野に、
錯綜する音たちが織りなすマンダラの世界に、
神々が闊歩するこの領域に、
ぼくは帰ってきたのだ。
世界はなお砕破を繰り返し、
しいたげられた無数の者たちを生み出す虚構の世界だ。
その世界の底で
声なき者たちの声に耳を傾け、
白い衣を身にまとって
再び広野に藩祭の祈りを捧げるときが来たのだ。
さあ、神よ、再び大地に弔鐘を鳴り響かせ、
真理を打ち砕くあなたの崇高な試みをなすがいい。
この広野でぼくは求道者たちと共に、
ただ祭儀のための音を奏で、
その音が大地に吸い込まれる究極のトキに向かって、
一切の喜びを封印するだろう。
そして、荒々しい声で世界を突破するための言葉を唱え、
ただ無心に空に向かって祈りを捧げ、
それから大地にひれ伏して、
神ではない者たちに向かって呼びかけるだろう。
ぼくは帰ってきたのだ。
再び、未知なるものへの祭壇にぬかずくために。
茫漠たる時の断片を削り、
沈黙し続ける石を砕いた。
無音の領域に静謐の音を投げ入れ、
虚空に放たれる奔放な光を拾い集めた。
けれど、この遊星の上では
美しく飾ったあやふやなものへの試みが
飽くこともなく繰り返され、
石に刻まれた文字は荒野の瓦礫となり、
薄っぺらな真理への錯綜した思念が
硬直化して大地にへばりついている。
混沌と混乱が唯一の真理と言える世界、
光を発する存在はみなすべて粘土へと化する世界。
その世界の底で
求道者たちは荘厳な楽器の音と共に勤行の声を響かせ、
神々のいなくなったこの宇宙における
唯一の道を捜し求めている。
ぼくは勤行の声を砂っぽい風の舞う荒野で耳にし、
ときにはこの閉じ込められた世界を呪い、
またときには時間に潜む無意味な躍動を嘲る。
誰かが立ち去った。
無機質の形象がただ大地の上に置き去りにされ、
沈黙した大気が重々しい。
ひとつの真理がただ無表情にぼくに向かい合っている。
預言者の声が消え、
傷ついた天使たちが舞い降りる荒野で、
沈黙した石たちが
地平線に昇る円い月を仰ぎ、
炸裂する音の想念たちが
風の中で夢を見ている。
でも、あなたはただ土を掘り返し、
未知なるものからの声を求めている。
天使たちは茫洋たるトキの中にうずくまり、
遠い宇宙からの神々の咆哮に耳を傾けている。
世界がひび割れ、
形とならない呪縛が喪の領域に噴出し、
けれど、ぼくは
始源の音を求めて旅をしている。
瓦礫の堆積に過ぎない歴史の空虚が
創造を巡る神々の戦いの上に覆いかぶさり、
切り刻まれた時間の表面では
何ものでもないものたちがただただ喘いでいる。
不可思議な光が導く曼陀羅の世界では
今日も羅刹たちが踊り狂っている。
ぼくの上に書かれるひとつの呪文。
どんな言葉も決して真実に突き当たらない沈黙の夜。
再び新しいカルパが始まる。
けれど、
世界を突破しようともがく求道者たちの夢は
いったいどこに結実するのか。
ぼくは再び喪の領域に足を踏み入れ、
天界から降り注ぐ真音の雫を浴びた。
荒ぶれる荒野の
その奥底から溢れ出す
語ることのできない声と
絶えることのない荒々しい叫び。
けれど神々の踏みしだく冷たい石たちの上で、
陶酔しきって踊り狂う鬼神たちの足元で、
おびえたまなざしで空を見上げる
ぼくの仲間だったものたち。
そしてぼくは、
この領域で光を浴び続ける空なる紋様に
そして、石を削る賢者たちのまなざしに
ただただ頭を垂れるのだ。
世界を砕こうとする超越的な神々が破り開いた喪の領域で
ひとりのぼくはもう一度、
未知なるものへの
小さなつぶやきを投げ入れる。
石たちの上に新しい夢を刻み込むために。
そして、求道者たちの声を
もう一度、この空なる世界に反響させるために。
打ち砕かれた石たちが言葉を失い、
乾いた風が時間の断片の上を吹き渡る荒野。
閉じ込められた経文の文字が
灯りの中にぼおっと浮かび上がり、
突破しようともがく虫たちの試みが
ぼくの前で燃え尽きている。
荒れ騒ぐ無限、
ぼくの中の荒れ騒ぐ無限。
祈りにも似た梵鐘の響きが立ちのぼり、
沈黙の山たちの中に光が吸い込まれる荒野。
石を打つ求道者たちの列がどこまでも続く。
延々と、延々と、
荒野の涯てまで。
光の届かないこの宇宙の底で、
音が砕け、石が砕け、
今日という時間が
無限の中に堕ち続けている。
ぼくの小さな跳躍の向こうに
荒れ騒ぐ無限がある。
あなたの小さな一歩の向こうに
言葉にならないつぶやきがある。
紺碧の空の下、
黄色いいちょうに照り映える光の粒が
誰かなにものでもない者たちに降り注ぎ、
ぼくは土くれを蹴って
石たちの中に秘められた真音を探し求める。
けれど、語り尽くされていない言葉の奔流が
沈黙しきったこの大地を駆け、
真理を求める求道者たちの声は
乾いた風の中に吹き払われる。
宇宙の中心にぽっかりと浮かぶ
青色の球体、
ただ降り注ぐだけの
無数の星たち、
暮れなずむ遊星の表面で
神々の列が地の涯てまで続き、
あなたのつぶやきが干からびる荒野で
ぼくの仲間たちのちっぽけな跳躍だけが
止むことなく繰り返されている。
荒れ騒ぐ無限に向かって。
それから無数の石が砕けた。
そして遊星の上で吹き荒れた風が止み、
星座たちの音が静かに降り注いだ。
その荒野で祈りを捧げる導師たちと
夢を語らなくなった小さな生き物たち。
丸い月に向かって勤行の声が霧散し、
巨大な山々は沈黙を守っている。
ひとつの音をぼくは捧げた。
その音が宇宙に還ってゆくのを見届け、
ぼくは地面に描いた砂曼陀羅をかき消した。
荒れ騒ぐ者たちの声が消えた荒野に、
土くれを蹴る者たちがやってくる。
天の底で
砂粒たちのかすかなつぶやき、
遠い星たちの消え入らんばかりの光。
ぼくの描いた線は
錯綜した時間の中に飲み込まれ、
乾いた土の上には
小さな風たちがうずくまっている。
何ものもみずから輝きはしない。
ただ、幻影として、
存在の表面に浮かび上がっているだけなのだ。
虫たちの鼓動が語りかける
ちっぽけな世界、
夢に見ることはできないけれど。
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向殿 充浩 Mitsuhiro Koden (こうでんみつひろ) 連絡先:koden.pled@gmail.com
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