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第2詩集 『青ざめた鳥たち』
30代前半に書いた詩を中心にした詩集です。
今後、詩の追加や削除、内容の改定などの可能性もありますので、ご了承ください。
(2026年4月改訂)
ぼくは歩き続けた。
狭い舞台の上を
預言者たちの荒野を
天使たちのいなくなった道を
象形文字の判別できなくなった石碑のそばを
野ざらしにされた煉瓦の上を
石でできた川を
声で埋もれた空を
そしてあなたの手の上を
歩き続けた。
それからぼくは読んだ。
宇宙の墳墓に刻まれた記号を
紙の上に結晶させられた時間を
空の涯てで朽ち果てた瞑想を
砕けた風を
ぼくは読んだ。
巨大な闇との戦い、
扉をたたく者たちとの戦い、
青白い燈明の下での戦い、
神との戦い。
誰でもない者たちのつぶやきを
砂の上に刻み込むだけの試み。
どこにいるのか?
世界を描いた絶対者は
このキャンバスのどこにいるのか?
ぼくらにできることは
ただ記号を並べることだけ、
そして石を積み重ねることだけ。
遊星の上の小さな虫たちが
希薄な時間を眠っている。
砕けた車輪、
道端の笑いを失った仏頭、
ぼくが今日キャンバスに描き込めるのは
どんな歌でも、
どんな物語でもない。
小さな小さなぼくだけのつぶやき、
意味を読み取れない風化した文字たち、
そんなものたちだけだ。
かつて明日という日のための
儀式を行う賢者がいたが、
けれど、ぼくの遊星では
明日もひゅうひゅうと風が舞い、
黒い大気が重々しく道をふさいでいるだろう。
石たちが顔を歪める荒野では
ブッダの声も宇宙の轟音にかき消されているからだ。
時間がひび割れている。
死者たちによって葬られた雪の区域、
ぼくが今日腕の中に抱いているのは
拡散してゆくばかりの気、
動きを失ってしまった青。
新たに生まれ出てくる記号たちは
けれど、巨大な業を引きずっている。
荒れ騒ぐ時間の車輪の下で
とめどもなく混乱を引き起こす
ちっぽけな存在者たち。
でも、そのことはもういい。
空の青と、
平和の鐘と、
散逸してゆくものたちのための儀式。
誰かが時間の斜面を踏むと
干からびた図形が滑り落ちてゆく。
誰かが風の中に石を投げ入れると
ざわめく文字たちが次々に砂と化してゆく。
もう終わりにするのだ!
そしてもう壊れてしまっていいのだ!
こんな何も生み出しはしない
ただ明日という日のためだけの儀式は。
真っ黒な空間に
赤や黄色の色彩の飛沫、
緩やかな、あるいは急峻な曲線、
縺れ合い、絡み合う光の帯、
純粋で透明な音の列、
そして、きらめくような水の音、石の音、木琴の音、...
ぼくは不可思議な空間の入り口で行きつ戻りつしている。
そして宇宙の風を感じる。
モノが緩やかに動き、
トキが幾つかの断点で凝固している。
発光の向こうから流れて来る
世界の奥義を語る声、
ダルマの由来を語る声、...
無数の相がぼくの中で弾け飛んだ。
宇宙の風が
喪の空間を吹き抜けている。
一切の混乱を
ぼくが引き受けねばならないわけではない。
遊星の上の小さな虫たちの運命を
ぼくが決めているのでもない。
青い光の中の
透明な時間の中の
覆すことのできない証文を
神が書いたのでもない。
途方もない風の中にぼくの沈黙はあるだろう。
光の届かない海の底にぼくの恐れはあるだろう。
閉じた輪の中に閉じこもり、
その中の愛に耽り、
その中の詩を偉大ならしめる
巨大な世界の維持者たる者よ。
けれどぼくは外へ、
人間が造りだした神の外へ、
歴史のうすの外へ、
歩み出たいのだ。
明日という日がないなら、
ぼくは大地に散りばめられた図形を集めて
賢者の坩堝で
ぐつぐつ煮てみたいと思うだろう。
遊星では空が真っ赤に燃え、
ぼくは重い足を引きずって、
砂っぽい風をなめるだろう。
あなたが拒絶したところのものが
ぼくの心に突き当たっている。
たった一人の反乱、
無力な者の、
消え入らんばかりの虚ろな反乱。
「ぼく」という名のアルファベットが
冷徹な宇宙の淵に干からびている。
ぼくが世界を傷つけたのか?
それとも君が世界に判決を下したのか?
ちっぽけな閉じた空間の中で
小さな虫たちが騒いでいる。
赤いもみじの並木を通って
死者を送った。
その真っ青な空の下では
子供たちがはしゃぎ回り
大人たちが卑しい笑いを浮かべていた。
けれど菩薩たちは
きれいに敷きつめられた玉砂利を踏みしだいて、
静謐の音を響かせて、
ゆっくりと歩き過ぎた。
頬のこわばった死者たちの慟哭が
骨壷の上に響く。
弔いの歌を歌う者たちよ、
断崖のほとりで
声もなく無に飲み込まれてゆく者たちよ、
暗い天空をめざす闇の世界の存在者たちよ、
けれど、おまえたちの時代なのだ!
煌々と燃える紺碧の空の下で
世界の瓦解がゆっくりと進行していた。
天使たちが舞い降りる枯れ野、
跳びはねている小さな生き物たち、
色彩の砲弾にさらされて。
道なき道を歩き、
時間の干からびた大地を駆け、
重い雲のたなびく平原をさまよって、
ぼくがたどり着いた薄っぺらな追憶。
結実することのない求道者たちの夢が
世界を突破しようともがく干からびた夜。
けれど、異質の世界で砂と化した
あなたの宣告は無慈悲で重い。
くすんだ色が積み重なった
ぼくのキャンバスの上では
今日もまだ、石たちの未分化の衝動が
うずくまっている。
解き明かされることもなく。
ただ、うち震えて。
墓石の上で踊る
小さな生き物たち。
白っぽい時間が
雲の上を横切って流れている。
光の中では
不吉な予感が声を潜め、
かげろうの中では
のっぺらぼうの仏たちが起立を続けている。
けれど、その上には
巨大な空、
けれど、そのまた上には
言葉の希薄な冷え切った宇宙。
翼のない天使は絶対者を見上げる。
邪念を含んだ原初の光が錯綜した空間から噴出し、
燐光を放って茫洋たる大海に落ちるとき、
天使は呻いている神々の祭壇に
死に絶えた古代の文字を打ちつけ続ける。
名のない天使は星からの使者を待ち受ける。
戦時下の青ざめたグワッシュが
実在の苦悩を鳴りどよめかせ、
危機に瀕した根源的なカリグラフィーが
非言語的なパルスによって断片と化すとき、
天使はおぞましいまでの銀河的宇宙の彼方に
創造と混沌の始原を探し求め続ける。
ぼくたちの年月は
曖昧さへの偏愛が渦巻く有限地平の
不可解な運動を剥ぎとることに費やされた。
巨大なる時間の高峰よ!
嘲笑されている賢者のヴィジョンよ!
でも、世界が静止した瞬間の連なる海へ回帰する日にも
天使たちが絶対者のもとへ帰りつくことはない。
そして、ぼくたちの道に天使たちのまなざしが
降り注がれることもない。
ただ天使たちが
存在が剥き出しになった宇宙の中で、
かすかな韻律を追い求めているだけだ。
誰かがぼくの扉を叩いている。
今日も、そして明日も、
扉を叩く者たちの足音が
眠りの中に突き刺さっている。
扉を叩く者たち、それは
存在への噴出口を探し求める天使たちなのか、
カオスへと誘い出そうとする魔術師たちなのか、
血の匂いを嗅ぎ付ける死神たちなのか、
道を行くことを求める沙門たちなのか。
でも、ぼくを叩いているのは彼らではない!
彼らではないのだ。
なにものでもない者たち、
縹渺たる風の舞う断崖の上で踊り狂っている
なにものでもない者たち、
この荒れた領土で夢の破片を踏みしだく者たち、
無数の星屑が輝く夜に火を放つ者たちなのだ。
彼らがぼくの扉を叩くのだ。
ぼくの右手には擦り減った意味が握られ、
ぼくの足元では虚ろな歓喜が燃え尽きている。
さあ、神よ、
あなたはいったい何を望んでいるのか!
あなたのまなざしは何に向かって注がれているのか!
ぼくは言葉による祈りを捨てた。
ぼくは形のための儀式を捨てた。
けれど彼らが叩くのだ!
.....
途方もないあなたとの戦いを
きっと誰かが望んでいる!
夢を見ているトキの砂漠、
ボクという標的を通り過ぎるボサツたち。
世界はまだ壊れてはいない。
でも神々は死に絶えている。
はるけさの中の冷たい光、
絶望の淵でぼくらは踊る。
天使たちに忘れられて。
混乱の中の光る標的、
ぼくらは孤独に空を描く。
あざ笑っている不気味な深淵。
天使に
光の中の天使に
夢の中の天使に
地上のものたちの幾多の願いが集まる。
薄暗い森の苔むした大木のそばで
枯れた野の水辺の葦のほとりで
空の中から舞い降りた星たちが
無数の星たちが夢を見る。
でもその日、
神の手が新しい世界のフラスコを振り、
蒸留し、抽出し、
新しい反応の場を用意するかもしれない。
けれど、廃墟の寺院に忘れ去られた仏頭は
今も虚無に向かって微笑み続けている。
死に絶えた時間の中心で天使たちが祈りを止めても
描かれた図形は静かに小さな光を発している。
けれどぼくなんてほんとにちっぽけな存在、
世界の中ではどうでもいい存在。
そのぼくが
たあいない戯れをひたむきに演じている。
こっけいなことだ。
ヴォルスの心がなにかしらわかる。
ヴォルスという名の意味がなにかしら心にしみ通ってくる。
.....
.......
空の上の青、
絶壁のふもとの日の明るさ、
夢への漂泊と
薄明かりの下の褐色の道、
微笑するブッダがいくらか不気味だ、
この遊星の表面では。
神々の死に絶えた海、
その浜辺で
砂のようにさらさらと落ちてゆく光の時間。
白い衣の天使たちが
そして何ものでもないものたちが
夢の形をゆっくりと還元している。
けれど耳を澄ますがいい!
かつて存在者たちの表面をうねり巡った
ゴーゴーという時間の流れが
不可解な世界の向こうから
聞こえてくるに違いない。
粘土でできたトルソたちの声が
記号たちで埋め尽くされた大地の上に
滲み出してくるに違いない。
でも誰もいない。
荒々しい闘争の声は
絶対者に突き当たって砕け、
原初の混沌への回帰が
蜃気楼の中でタブローとなって凝集している。
ぼくは海に向かって叫んだ。
ぼくは静まり返った大気に向かって叫んだ。
ぼくは空虚へと途方もなく開かれている
気高い宇宙に向かって叫んだ。
すると奇怪な捩れたフォルムが
均質なブルーの中で
二つに割れた。
絶対の日に。
世界がぼくに用意してくれたものは、
この小さな住処、この小さな領土。
外には茫々と不安の海が。
この斜面でたった一つの石を手に入れる。
誰も助けてくれないけれど。
神に祈りを捧げるのではない。
天使になのだ。
優美な青い線を描く神にではない。
存在の表面でうごめく天使になのだ。
巨大な石の舟は
キャンバスの上を渡っている。
黒い狼は
テーブルの上を疾駆している。
けれど閃光の中の絶対者にではない。
地の涯てで記号と化した天使になのだ。
ぼくたちは夢を見ている。
空には星くずがあり、
遊星の上にはひからびた道がある。
どの斜面にも虫たちが住みつき、
どの祭壇にも錯綜した線が埋め込まれている。
けれど神に祈りを捧げるのではない。
つばさを持たない天使になのだ。
ぼくはゆっくりとこね回す、
天使たちが摘み取った数え切れないほどの夢の断片を。
過激な夜の海に降りてゆこう。
石たちが沈黙する広野へ旅をしよう。
ぼくは涯てしないもの、
囚われないものが好きだ。
神の手はこね回す。
でも狼たちは
風を浴び、夢が食い荒らされる
野の上を疾駆している。
はるけさの中の石の標的。
解読できない古代の文字が
ぼくの平べったい心でしきりに疼く。
なにかがこの白っぽい空を駆けていった。
なにかがこの風に中に言葉を投げ入れた。
どの小道も黙りこくって眠っている。
けれど、上空では、
なにものでもない者たちの無数の手が
混乱した光を練り上げている。
石たちの新しい割れ目から噴出している
小さなつぶやき。
たった一人の反乱、
たった一人の誰でもない者の反乱。
ぼくは風化した石の上で、
小さな祈りを捧げた。
ぼくは宇宙の小さな風穴から
死者たちを見送った。
そして、ぼくは破れた経典の言葉を
意味もなく繰り返した。
たった一人の反乱、
たった一人の誰でもない者の反乱。
何ものかの啓示が大空に投影され、
無限への道が光の結晶の中に舞う日、
ぼくは小さな雪道を一人で歩いた。
ぼくは無数の言葉を飲み、
石に刻印された
鳥たちの羽ばたきを仰ぎ見た。
道の途上で、
新しい響きが卵の中で鳴っている。
古い響きが閉じた世界の中で交錯している。
ぼくの足跡が焔に包まれ、
ぼくの大地に熱した風が吹き、
通り過ぎた人たちが、
通り過ぎた無数の人たちが
こわばった顔で一つの極点を見つめている。
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向殿 充浩 Mitsuhiro Koden (こうでんみつひろ) 連絡先:koden.pled@gmail.com
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