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ぼくは狂気の中に生まれた

 

ぼくは狂気の中に生まれた。

ぼくは狂気の中に目覚めた。

だからぼくは

孤独に、焼けつく音の砂漠をさまよう。

歪んだ量子空間で、

錯綜した意識の森で、

ぼくは裸で神を呪い、

野蛮なリズムで踊り狂い、

ぼくにまとわりつく干からびた沈黙に

ぼくの記憶で抗うのだ。

絶えまない潮騒は

無の中の音符たちを掻き乱し、

漆黒の海は

ぼくの呼吸をいらだたせる。

 

夜の街の喧噪の中で

独りぼっちで俯いたぼく、

昼の楽しげな公園で

喘いで青空を仰いだぼく、

誰もいない雪の山で

電子のうねりを掻き回したぼく、

狭い閉じた部屋の中で

壁に向かって色彩を投げつけたぼく、

ああ、けれど、ぼくとは誰なんだ!

ぼくの意識の向こうに

ぼくでない無意識がある。

ぼくの存在の裏側に

呻いているぼくの記憶がへばり付いている。

叫び出すがいい!

そして投げつけるがいい!

ぼくでない無の領域を目がけて。

天界から降り注ぐ光のシャワーを目がけて。

でも、その叫びは

きっと誰でもないものたちの中に霧散するだろう。

誰でもないものたち、

それはボサツか、

それとも神か、

それとも邪悪な鬼神なのか。

 

かつて遊星の上の虫たちと

血みどろの戦いを演じた鬼神たちの踊りが

今は一枚の絵の中に焼きついている。

けれどトキは安らいではいない。

トキは燃え盛っているのだ。

ぼくの相念は荒れた黄土の上で

隕石の爆撃の下で

途方もなく無となりうる音たちのはざまで

虚無に向かって吠えているのだ。

夢を見た天使は首を切られ、

美しかった鳥は

赤い炎で黒焦げになるだろう。

電磁波の荒れた波動に

ぼくの無意識の波がぶつかっている。

意味を擦り減らす戦いを

ぼくは挑んでいる。

何に対して、

けれど、ああ、何に対してなのか!

あなたは打ち壊した。

あなたは打ち壊さずにはいないだろう。

あなたは打ち壊し続けるだろう。

ぼくは脅え、泣き、

悲しみと恐怖とで

裸の体を干し草の中に隠すだろう。

石たちだってそうだ。

風が荒れる夜空を見上げ、

顔を歪めておののいている。

動物たちだってこそこそ逃げていった。

ただひとり立っている枯れ木よ、

おまえだけは毅然として立っている。

でもおまえに対してだって、

あの者は容赦しない。

あの者は

仏頭を壊し、

寺院を破壊し、

聖典を灰にし、

空を赤く染め、

音を瓦礫の中に投げ込むだろう。

飢えといくさを

大地の上に蔓延させ、

恐ろしい疫災が世界の上に

脅威となって覆うのを

喜悦に満ちて見つめるのだ、

あの者は。

いや、それはあなたなのだ。

ぼくはあなたの望みを知っている。

あなたの望みはかなえられるだろう。

でもぼくは反抗せずにはいられない。

たとえぼくの音たちが

ひとつ残らず打ち砕かれ、

ぼくの色たちがくすんだ灰色の石たちによって

打ち壊されたとしてもだ。

たとえ海の音が闇の中で聞き取れなくなっても

空虚が極限まで世界を支配しても、

ああ、たとえそうなっても、

ぼくは反抗をやめない。

ぼくはぼくを坩堝の中に放り込み、

その坩堝から立ちのぼる煙によって

あなたと戦うのだ。

ぼくは遊星の上のしらみ、

ぼくはただの石、

ぼくはちっぽけな何ものでもないものだ。

でもぼくの扉はたたかれている。

 

あなたはぼくを踏みしだいてゆくだろう。

でも扉をたたく者たちは

きっと誰かをたたき続ける。

 

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向殿充浩 (こうでんみつひろ) / 第7詩集『架空世界の底で』