道・鎌倉街道探索日記

◆◆◆◆◆◆ 美里・水殿瓦窯跡  ◆◆◆◆◆◆

水殿瓦窯跡

美里町広木の摩訶池から真北に進みJR八高線を越え1.5キロメートルほど行ったところは沼上という集落です。沼上には国指定史跡の水殿瓦窯跡があります。鎌倉時代に瓦を焼いた窯跡で 4基発見されそのうち3基はそのまま保存されています。ここの瓦窯跡は地面を掘りくぼめて平窯のかたをしていて長さ3.3メートル、幅1メートル、深さ1.2メートルの窯跡が確認されています。またこの辺りは瓦の原料の土が産出され最近まで瓦の窯業が盛んでしたが現在少しずつ減っているそうです。
なおここより北東の位置に古代の班田収授法の十条条理遺跡があります。

美里町沼上の水殿瓦窯跡碑

ここで生産された軒瓦や平瓦は鎌倉まで運ばれて寺社などの建物に使われたといいます。とくに鎌倉二階堂の永福(ようふくじ)寺跡から出土した瓦はここの瓦とよく似ていて永福寺修復の際にここの瓦が使用されたと考えられています。現在の永福寺は寺跡のみが伝えられ、発掘調査された遺跡は国指定史跡になっています。源頼朝は奥州平泉の中尊寺や毛越寺の建物を参考にして建久3年(1192)に二階堂を建立しました。寺の本堂が二階建てであったことから鎌倉のこの一帯を二階堂と呼ぶようになったといいます。永福寺の建てられた年代や寺の規模から源頼朝が鎌倉幕府を築いた意気込みがこの寺にこめられているのを感じ取れるようです。永福寺の二階堂は現在する寺の建物としては京都宇治の平等院鳳凰堂のような建物であったと推定されいます。

沼上の水殿瓦窯跡

 

オリジナルを重視するため、鎌倉街道上道(埼玉編)の作成当初の市町村銘そのままにしています。 平成27年の鎌倉街道上道が通る市町村は、以下のとおり変更(合併)されています。

花園町→深谷市  川本町→深谷市  児玉町→本庄市

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