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遺言無効確認裁判/弁護士の事件簿・相続

弁護士河原崎弘

相続の相談

私の姉A子は、昨年、肝臓癌で死亡しました。姉は独身でしたので、兄の子(甥)を可愛がり、生命保険の受取人を兄の子に指定していました。
しかし、姉が亡くなる前の 1 年間、闘病生活の世話をしたのは私だけでした。姉は、兄や兄の子が看病してくれるものと期待したのですが、兄も、現代っ子の甥も何もしませんでした。 遺言無効確認裁判 これには姉も落胆し、亡くなる1か月ほど前に、生命保険の受取人を私に変更しました。この手続きは郵便で書類を送ってもらって、捺印して返送しました。姉は体力がなく、書類は私が書き、姉の代わりに私が署名しました。
姉は死亡する直前に「財産をすべて私(相談者)に任せる(まかせる)」との遺言を書きました。 既に両親は死亡し、身内は、私、兄、死んだ弟の子供だけです。
周囲の者は、「遺産は姉の面倒を看た妹(私)がもらうべきだ」と言っていました。
姉が亡くなった後、周りの者に相談すると、「遺言に署名が欠けているのではないか。まかせるとの言葉も曖昧だ」と、遺言に問題があることがわかりました。
そのうち、兄が家を法定相続分( 3 分の 1 ずつ)の持分割合で相続登記をしてしまいました(*注 これは、遺言執行に対抗する手段としてよく使われます。法定相続の登記は相続人の 1 人から申請できるのです)。
姉の遺産は、家、預金類、郵便局の簡易生命保険などです。

回答

相談者は、周囲の声に励まされて法律事務所を訪ねました。弁護士が調べると、色々問題があることがわかりました。
生命保険の受取人は相談者になっていましたが、兄が生命保険会社に対し、「受取人の変更は相談者が勝手にやった。保険金の支払いを止めてくれ」との連絡をしていたことがわかりました。 相談者が保険金の請求をしても、保険会社は保険金を払いませんでした。
受取人を変更する書類に書かれた筆跡は相談者のものですから、契約者(姉)が受取人を変更したことの証拠はありません。せめて、署名欄くらいは姉に(自筆で)書いてもらっておけば良かったのです。
郵便局の簡易生命保険は、受取人の指定がありませんでした。受取人の指定のない保険金は、法律が受取人を指定しています(簡易生命保険法 55 条)。遺言では受取人を指定できないのです。
法律は、受取人を、配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹の順序で指定しています。このケ−スでは、簡易生命保険金の受取人は、兄弟姉妹(相談者と兄)です。簡易生命保険金は、例え遺言が有効でも、全額は相談者のものにはなりません。相談者の分は 1/2 です。退職金も公務員の場合は、受取人は法律が決めており( 国家公務員退職手当法 2 条、11 条)、会社員の場合は、受取人は就業規則等で決まっています。退職金は遺言で指定しても意味がないことが多いです。

交渉

色々問題があるので、弁護士はこの件は話し合いで決める方が良いと判断し、兄と死んだ弟の子供たち(以下、兄たち)の弁護士と交渉しました。依頼した弁護士は、「 500 万円支払うから、あとの遺産は全て相談者が取得する」との案を提示し、交渉しました。しかし、兄たちの弁護士は、この案を拒否しました。

裁判

いたずらに交渉を長引かせると、解決金が増額されますので、相談者は弁護士に依頼し、兄たちを相手に家の登記名義の移転と遺産および保険金が相談者のものであることの確認を求めて訴を提起しました。兄は、遺言は、無効であると主張し争いました。
弁護士は裁判では次のように主張しました。
遺言書の署名の点は、遺言の中に「A子(遺言者の名前)は・・・・まかせる」と遺言者の名前が書いてありましたので、この遺言には署名があると主張しました。
仮に署名があっても、「財産をまかせる」との遺言では、相談者に遺贈させる趣旨と読めないと言われそうです。この点については、弁護士は、「まかせる」は遺贈の趣旨であると主張し、さらに、そうでなくとも、姉が遺言書を書いて、相談者に渡した時点で死因贈与があったと予備的に主張しました。
遺言が有効なら、遺産は相談者のものですが、無効なら遺産は、他の兄弟とともに3等分されます(1人死亡していますから、その子供が代襲相続します)。
民法は、亡くなった方に特別寄与した相続人に寄与分を認めていますが、寄与分と認められる割合は少なく(多くて2割くらい)寄与分はあまり期待できません。
しかし、姉の面倒を看たのは相談者ですから、人情から言っても、相談者は姉の財産をもらってもよいように見えます。弁護士は裁判ではこの点を強く主張しました。裁判官の気持ちに訴えたのです。
署名がない点も問題です。 遺言としては無効だが、死因贈与としては有効とした判例 はあります。しかし、この無効行為の転換を認めるかは非常に難しい問題でした。裁判官は当初から和解を勧告しました。しかし、初め、当事者はこれに応じませんでした。
訴の提起から 1 年半位経過し、証人尋問が終わました。

和解

判決が下される直前、裁判官から、再度、和解の提案がありました。裁判官はあまり先例のない問題で判決を書く手間を免れたいと考え、相談者(原告)は遺言が無効と判断されるのではないかと心配し、兄(被告)たちは遺言(あるいは死因贈与)が有効とされるのではないかと心配し、和解できる雰囲気がありました。
結局、「相談者が兄たちに 1 千万円を支払う。遺産は相談者が相続する。簡易生命保険金は、支払い請求書に兄の判をもらい、相談者が請求し、相談者がもらう」ことで決着がつきました。
裁判官も感情を持った人間です。相談者だけが姉を看病したことを考慮したのです。
バブル全盛の頃から、不動産の値段は高額になり、その結果、遺産の額も高額になりました。また、長男が親の面倒を看る例は少なくなり、他の兄弟姉妹が相続分を請求し易い背景があります。このため、裁判所では遺産をめぐる争いが増えています。

遺言

紛争を避けるため遺言が必要です。
自筆証書遺言 では、よく、有効・無効が問題となります。自筆証書遺言には厳格な要件があり、全文自筆、日付、署名、捺印が必要です。どれか 1 つ欠けても遺言は無効になります(民法 968 条 1 項)。そこで、自筆証書遺言は、書いた後、弁護士にチェックしてもらった方が安全です。
公正証書遺言は、後で無効であると証明することは極めて困難です。遺言の有効、無効が問題になりそうなときは、 公証役場公正証書遺言 を作成するとよいでしょう。
それでも、遺言者が亡くなった後、 公正証書 遺言を無効であると主張して争うケースがあります。公正証書遺言を無効とした判例はいくつかあります。遺言者に遺言をするだけの 意思能力がなかったり口述の要件を欠いたり、相続人など 欠格者が立会い証人になった ようなケースです( 民法 947 条)。

弁護士費用

相続事件の弁護士費用 を参照してください。

判例

口述の要件を満たさないため、公正証書遺言が無効とされた判決

意思能力がないとして公正証書遺言が無効とされた判決

  1. 東京地裁平成10年6月29日判決
    当時、「その知能及び思考力は著しく障害されていて、身分関係及び財産関係に重大な影響を及ぼすこととなる養子縁組の意味、内容及び効果について、これを一通り理解することができるだけの意思能力を有してはいなかった」のであるから、養子縁組をするのと同程度の意思能力を必要とされる遺言についても、その意味、内容及び効果を理解することができるだけの意思能力を有していなかったと認めるのが相当である。・・・・高齢者の公正証書遺言が、意思能力の欠如を理由にいずれも無効とされた(判例時報1669号90頁)。
  2. 東京地裁平成9年10月24日判決
    94歳の遺言者が遺言の当時老人性痴呆により意思無能力であったとして公正証書遺言を無効としています(判例タイムズ979-202)

証人としての欠格者が立ち会った遺言は無効だが、死因贈与としては有効とした判決

法律

民法第974条〔証人・立会人の欠格事由〕
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
未成年者
推定相続人、受遺者及びその配偶者並びに直系血族
公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び雇人

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