☆桃兎の小説コーナー☆
(09.02.02更新)

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 ドラゴンマウンテン 第二部

  第二話  ここは死都アランカンクルス  

    2 ココは 死都アランカンクルス-2

     4

 翳っていた太陽が顔を出し、死都の草原を明るく照らし出す。
 柔らかな春の日差しはマリンとガント、そして目の前に現れた死都の主を柔らかく包み
まるでこの出会いを祝福しているかの様に感じられた。

「良く来たな人間。我が死都アランカンクルスの主、闇竜のホーラだ」

 目の前に現れた漆黒の竜に、マリンとガントはただただ圧倒されていた。
 堂々とした風格も、倣岸不遜な物言いも、彼がドラゴンで、その上この死都の主だとす
るのならば納得がいった。だがそれ以上に、この竜の放つ存在感は並ならぬ物だった。大
きさは違えど、あのカヒュラを前にしている時と同じような感覚だ。それはこの竜が唯の
竜ではないという事を感覚が教えているようだった。
 一匹の竜と人間と狼は、ただ向かい合ったまま時が止まった様になった。
 目を見開いたまま言葉を発しない二人に、ホーラは金色の半眼を閉じてやれやれと首を
振った。
「そらみろ。竜の姿ではまともに会話が出来ないではないか。畏敬の念を抱くのは構わん。
だが、挨拶くらいはきちんと返してみろ。カヒュラに言われて来たんじゃないのか? 違
うのか?」
 少し早口でまくし立てむっと眉を寄せるホーラに、マリンは慌てて首を横に振る。
 そうだ、まだまともな自己紹介すらできていないのだ。
「え、あ、あの、ちょっとビックリしただけで! ご、ごめんなさい。……えと、私はマ
リン・ローラント、こっちはガントレット・アゲンスタ。二人共、ドラゴンマウンテンの
レンジャーで、カヒュラのお使いで、ココに……!」
 途切れ途切れになりながらマリンは必死に言葉を並べる。途切れがちな理由は、死都に
充満する濃い魔力の影響もあるだろう。だが、この竜を前にしてすっかり緊張してしまっ
ているのが本当の所だった。
 すっかりテンパっているマリンにガントはやれやれと目を細める。どんなに難しい呪文
も高速で唱え歌うように言葉を紡ぐマリンが立派な魔法使いだと言うのなら、今のマリン
は何処にでも居る普通の女の子だ。死都の入り口で魔法を使っているマリンとは全く正反
対だ。
 そんなマリンが可愛くもあり、そしてレンジャーとして、竜の使いとしては情けなくも
思う。ガントとしては若干複雑な心境だ。
『……あのなぁ、お使いってなんだよ。使者とか使いで良いだろうが』
「や、あ、あの! ちょっと言葉が出てこなかっただけだよ!」
 ガントに冷静に指摘され、マリンは座り込んだまま照れ任せにガントに拳を放つ。だが
ガントはいつもの様にそれを綺麗に避けるだけだ。
「……」
 そんな二人のやりとりをホーラが呆れた顔で見下ろしていた事に気付き、マリンは慌て
て姿勢を正した。
「……まぁ良いだろう。……二百年ぶりの客人、いや、人間だからな。ふん、話しやすい
様にこちらの姿にしてやろう。我もこの姿の方が落ち着くからな」
 竜は金色の瞳を淡く光らせると、また急激に姿を変化させる。
(また、姿が変わる……!)
 広げられた翼が重なり折りたたまれ、背中に消えていく。漆黒の皮膚は日に焼けた茶に、
金色の鬣は長い金髪へと変化する。
(ガントが……戻っていく時と似てる……)
 ふとマリンの脳裏にワーウルフから人の姿へと戻っていくガントの姿がよみがえる。
 ものの数秒で人の姿へと変化する様子を見て、マリンはその姿に再びガントをダブらせ
ていた。
「どうだ? これでいいか?」
 最初に出会った時と同じ姿になったホーラは、腰に手をあてフンと笑う。
「あ、はい。……あれ、不思議。ちょっと緊張しなくなった」
 目の前にいるホーラと言う存在は同じもののはずなのに、見た目が変わるだけでその緊
張が少し緩んでいく。戸惑うマリンにホーラははっはっはと大きく笑った。
「人間としての本能だ。気に病む事はない。異形の物は恐ろしく感じるものだ。それが竜
なら尚更だろう。我らは地上最強の生物と呼ばれている筈だからな。それに闇を恐れるの
は当然の事だ」
『闇の……』
「確かに……。つい圧倒されちゃうのも、仕方ないって事なのかな、ガント、……ガント
?」
『……!? あ、あぁ』
 目を伏せていたガントがマリンの呼びかけで慌てて顔を上げる。
「まぁ、立ち話もなんだ。ついて来い。死都の奥へ向かう。娘、立てるか?」
「あ、……えと」
 ホーラに言われて、まだ立ち上がれないでいた自分に気がつきマリンは言葉を詰まらせ
た。
『……、マリン。俺に乗れ』
「あ……、うん……ごめん、ガント。お願い……」
 思っていたよりも死都の魔力は濃く、頭がぐらぐらとして酔っ払ったみたいに足元が危
うい。素直にガントの背を借りる事にして、マリンはふらふらとガントの背中に乗りかか
った。
「あ、荷物!」
 置いたままだった荷物に気がつき、マリンは慌ててガントから降りようとする。が、ホ
ーラはそれを制止し、脇においてあった旅の荷物を拾い上げるとひょいと背に負った。
「荷物くらいは我が持とう。さぁ、奥へ行くぞ」
「あ、はいっ、ありがとうございます……」
 足早に進むホーラの後を少女を乗せた狼が続く。
「……ガント、ホーラって怖い竜なのかと思ったけど、優しい竜なんだね。なんだかそん
な気がするの」
『そうだな』
 少し微笑む少女を背に、狼も少し表情を緩めた。

 

 

 

     5

 濃い<魔>の魔力にぐらつくマリンを背に、ガントは死都を進んでいく。
 短く茂った草原をしばらく進むと、草原は砂利道に変わっていった。砂利道の切り替わ
りの部分には二本の大きな石柱が立っており、石柱は長い時間を主と共に過ごしたのだろ
う、白い色は霞み、すっかり風化してしまっていた。
「この柱、入り口、みたいだね」
 石柱を前にマリンは顔を上げる。
 空に向かって真っ直ぐに立つ二本の石柱はどこか堂々としており、風化してなおも空の
青に負けない鮮やかさを放っていた。
「そのとおりだ。コレでも一応、死都の門なのだ」
  ホーラは石柱の一本に触れると、愛しそうに半眼を細めた。
 何かを思い出しているのか死都の主は小さく笑う。だが、直ぐに表情を戻すと、マリン
達に目で合図し、先へと進んでいった。
 二本の石柱をくぐり少し進むと周りの風景は一変し、無残に崩れた白い石壁と瓦礫だら
けの景色に切り替わった。
 弱い風の音と、砂利を踏む音。静寂の空間とその白く廃れた風景は妙に寂しい。濃い魔
力も合わさって、雰囲気も心なしか重く感じられた。
 延々と立ち並ぶ白い崩れた壁を眺めながら、マリンはそれがなんだったのだろうかと思
いを巡らせた。
「沢山の白い……壁? なんだろ……」
「……コレか? これは住人の家だった物だ。さっきの二本の柱は居住区と庭園を隔てる
門の名残だからな」
 わずかに声を低くして、ホーラがマリンの疑問に答えた。
「そうだ、ここ、滅んだ……都市……だったよね」
 マリンは小さく呟き、ガントの背に揺られながら少し体を起こした。見渡す限りに散ら
ばる家々の残骸は、死都を囲む『連なる山々』の絶壁のあたりまでいっぱいに続いていた。
「あんな遠く……まで……、たくさん人が……住んでたんだ……」
 崩れた石壁の内には壷のような物やかまどらしき物も見える。それは確かに人が住んで
いたという証だった。
「そう、沢山の人間がここには居たのだ。そして滅んだのだ。娘、何故か解るか?」
「え……?」
 急にホーラは立ち止まり、振り返る。
 振り返った死都の主の半眼は、複雑な光を湛えていた。
『……カヒュラは滅んだ原因は特定できていない、と……言ってましたが』
「原因、か。原因などどうでもいいのだ」
 ホーラは僅かに表情を強張らせ、鋭く通る声で強く言い放った。
「答えは『我が無力だったから』だ」
「無力……だった?」
 その言葉に納得いかず、マリンはむぅと眉を寄せる。
 マリンにはどうみてもホーラが弱い竜には見えなかった。そうでないとあそこまで圧倒
された理由が解らないからだ。カヒュラの洞窟でホーラよりも大きなドラゴンに遭遇した
が、初めて会った事によるびっくりと強い魔物に対する恐怖を少し感じただけで、ホーラ
の姿を見たときのようにすくんだりはしなかった。
 それに、ホーラは<魔>の門を護っている竜だとカヒュラの従者のエルガに聞いた。そ
れだけ大事な門を護る竜なのに弱い筈がない。
「そんな……」
「そんなも何もない、それが真実だ。だが我はあの日以来、アランカンクルスが死都に変
わったその時から、一度もここに魔物を踏み入れさせてはいない。……そう、一度もな」
 そう言うとホーラはまた前を向き歩き出す。
 細く束ねた金色の長い髪を揺らし、死都の主はどんどん奥へと進んでいく。
 詳しい事は良く解らないが、マリンにもはっきりと解った事があった。
 ホーラがこの死都をとても大事に思っている事、それだけは頭がぐらぐらしているマリ
ンにもしっかり理解する事ができた。
「ホーラ……ずっとここを……護ってるんだね」
『……だが妙だな』
「え?」
 わずかに目を細めるガントの言葉に、マリンはぴくりと反応する。
『気付かないか? マリン』
「気付く……って、……何?」
 ガントはホーラの後ろをゆっくりと歩きながら、鋭い眼差しであたりの気配を探ってい
た。それに気付いてマリンも周りを見回す。だがマリンはすっかり魔力に酔っていていつ
もの様に気配を探るのも困難だった。表情に鋭さはなく、熱に浮かされたように視線も定
まらない。
「駄目、集中しようにも、頭がくらくらで……」
 そんなマリンをフォローするように、狼は小さく呟いた。
『……視線だ』
「……視線? ……あの時感じた、あれ?」
 死都に入った時に感じた無数の視線。それを思い出し、マリンは身を縮める。
 無数の視線は一旦は消えていたのだが、死都の住居区に入ってからガントは再びあの視
線を感じ始めていたのだった。
 一歩進むごとにその視線は確実に数が増え、「そこに在る物」として強く存在を示して
いる。そしてそれは、明らかに『敵意』の視線だったのだ。
「あの女の人の声のも……いるの?」
『いや、それは居ないな。感じられない』
 無数の視線はあの時同時に現れた女のゴーストのそれとは全く雰囲気が異なっていた。
ガントはあの女のゴーストとこの視線は、何か異なる別の物だと捉えていた。この視線は
一度絡みつくと追いかけてくるように離れない。強い念の篭った、それでいて付け狙うよ
うな視線、それは獲物を目で追う魔物のと同様のものだった。 
『一度も魔物の侵入を許していない、……ならば……この視線は何だ?』
 姿の見えない魔物と同様の視線、そして女のゴースト。
 眉をよせるガントのその言葉を捕らえたのか、またホーラが足を止め振り返った。

「一度も魔物の侵入を許してなどいないと言ったであろう。……お前達は用を済ませたら
何も気にせず死都から立ち去ればいいのだ」

 語気を荒げ、ホーラは二人を見下ろした。
 先ほどまでとは真逆の威圧的な表情に、マリンはびくりと体を震わせる。
「……何も怯える事はないだろう。別に怒った訳ではない。立ち去れといったのは……今
の死都は、人が滞在するには不向きだからだ。現にお前は魔力の影響を受け歩く事すらで
きないだろう?」
「……うん、確か……に」
 死都の奥に進むたびに魔力は濃くなる様で、今のマリンはガントの背に乗るのも精一杯
の状況だった。正直、話すのも辛い程だ。
「奥に魔力の影響を受けない区画があるのだ。ガントレット、お前もその娘を大事に思う
のなら、余計な気を回さず素直についてくればいいのだ」
 くるりと身を翻らせて、ホーラは再び奥へと進んでいった。先程よりも歩くスピードは
早い。
「ホーラ、なんだろ、なんであんなに……ふえ、だめ、気分良くない」
 マリンは考えようと身を起こしたが、濃くなっていく魔力に抗えず、ふにゃりとへたり
込んだ。
『黙って落ちないように乗ってろ。もうしばらくの辛抱らしいからな』
 頭に直接響く低い声は、酔った頭にもはっきりと聞こえた。
 そして、その声はどんなに厳しい事を言っていても、何時だってやさしいのだ。
「ガント……」
『なんだ?』
「……ありがとう」
『……あぁ』
 狼は深紅の手甲を砂利道に食い込ませ、ホーラに追いつく為にできるだけ穏やかに走り
だした。

 
     6

 住居区を縦に貫く一本の道をしばらく走ると、大きな石階段の前にたどり着いた。石段
はゆうに五十段はあり、何メートルも広さを持つ大階段になっていた。その奥には鋼の岩
壁『連なる山々』の壁が直角に聳えているのが見えた。それはここが死都の端であること
を告げていた。
「ここが死都の最奥だ。石段を登った先には『連なる山々』を掘って作った冥哭の神殿が
ある。闇の加護を受けない者はまず入れないがな。<魔>が最も濃くなっているのだ。お
前達はこっちだ」
 ホーラは石段の前で左に曲がると、石段の側面へとまわった。
 石階段の側面の部分には人が通れる程度の大きさ穴が開いており、黒い石で作った扉が
穴に嵌っていた。ホーラは石の扉を軽く押すと、迷わずそこへ入っていった。
『こ、ここは……』
 入り口を入ると、そこは石で出来た部屋になっていた。
 外から見るよりもかなりの広さがあるその部屋は、優しい魔法の明かりで照らされてい
た。石室の四隅には無造作に書物が積まれており、机と椅子、そしてなにか箱のようなも
のも幾つか置いてあるようだった。書物が古いものなのか、図書館のようなインクと紙の
古びた匂いが部屋には充満している。その匂いに反応してマリンがとっさに身を起こした。
「書物の匂い……しかも古い……、っていうか、魔道書の気配がするっ!」
 熱に浮かされたような顔のまま、マリンは目を輝かせる。
 そんなマリンを見てホーラは大きく笑った。
「流石は魔法使いだな! この部屋はな、都の民が魔法の研究や開発、そして歴史を記し
たりするのに使っていた場所だ。今では唯の書庫だがな。ここは魔法の研究の為に外の魔
力の影響を受けないように結界の術が施されているのだ。さ、奥の部屋に行くぞ」
 ホーラは手短に説明すると、さらに奥へと続く入り口をくぐる。名残惜しそうに書物を
眺めるマリンを背に、ガントはその後を追いかけた。 
「ここは休む為の場所だ。ガントレット、娘をそこのベッドで休ませてやれ」
 書庫となっていた部屋とは真逆に、この部屋にはベッドが一つある以外には何もない。
 ベッドはから古い感じは全くせず、まるで昨日まで使われていたかのようだった。
『マリン、行けるか?』
「うん、大丈夫。ここに入ってからなんだか楽になった気がするの、きっと魔力を遮断す
る結界のお陰なんだと思う」
 マリンはガントの背から転がるようにベッドにうつり、くったりと身を横たえた。だが
書物が気になるのか目線は前の部屋に向いたままだ。
「ふふん、気になるか? ここに居る間ならば自由に見るが良い」
「ホント……ですか!?」
 忘れられた都市の失われた知識にマリンの好奇心が激しくくすぐられる。本来の任務を
忘れた訳ではないが、マリンの魔法に対する情熱は半端ではない。
「……正し、読めるのならな?」
 意地悪な表情を浮かべ、ホーラはにやりと笑う。
「暗号、古文盛りだくさんって事かぁ、ふふふ、コレは解きがいがありそう……」
「だが、長く滞在するわけではない上に、もちろん持ち出しも禁止だ。そんな短期間で何
か学べるといいがな? はははっ!」
「そうだ! 急ぐから時間が無いんだった! ……、うう、どうしよう」
 竜玉を受け取れば、死都に用事は無くなる。しかもホーラは用事が済めば直ぐに立ち去
れと言っているのだ。
 そして、全てのカヒュラの依頼をこなす為の期限は残り一ヶ月と二日。この後どこへ行
く事になるのか正確に解っていない事を考慮すると、少しでも余裕をもって進みたい所な
のだ。
 のんびり本を解読している暇など、おそらく全く無い。
 目の前の宝物を前に真剣に悩むマリンを見て、ホーラはふふんと笑う。
「お前達が欲している竜玉は冥哭の神殿にある。コレは直ぐにでも渡せる。ガントレット、
後でついてくるがいい。娘、お前はどうせあの神殿には入れないからな、その間お前は数
時間程休んでいればいい。休むついでに本を読めばいいだろう」
 ホーラの言葉に、マリンはぱぁっと表情を明るくする。
 数時間とは言え貴重な本を読む時間ができたのだ。
「……なるほど!! ごめんガント! 竜玉は……任せました!!」
『お前はおとなしく休んでろ。……竜玉は任せておけ』
 さっきまでと違い、マリンの表情は生き生きとしていてすっかりいつものマリンだった。
よほど結界が強力なものなのだろう。顔色も随分良くなっているようだった。
「お前達が死都に滞在するのは三日間だ。それまでにどれだけ理解できるだろうな。我が
死都の住民達は高度な魔術師ばかりだったからな」
 住民達の魔法技術によほど自信があるのか、自慢げにホーラは胸をはった。
「三日か……! って、なんで三日も猶予があるの?」
 何故三日なのかが解らず、マリンはふと聞き返す。竜玉は直ぐにでも手に入ると言って
いたのだから、即帰れといわれてもおかしくはない筈なのだ。
「……目の前の餌に気をとられて大事な事を忘れているようだな。ガントレットをどうに
かしたいんじゃなかったのか?」
「…………え、あ、ああああああ!!!!」
 一番大事な事を思い出し、マリンは思わず大声を上げる。
「ホーラ! ガントを何とかする方法、知りませんか!?」
 とっさに身を起こし、ベッドの上からマリンはホーラを見上げた。
「知らぬもなにも、何とかする為に三日と言っているのだろうが。……まぁ、どうなるか
はこやつ次第だがな」
 ホーラはマリンからガントへと目線を移し、深い紺色の瞳を見おろす。
『俺……次第?』
「どういう……事?」
 戸惑う二人に竜は淡々と告げる。

「残念だがこの呪いを解呪する事は我にもできん。いや、仕掛けた悪魔を滅ぼさぬ限りは
無理だな」

 竜の告げた事実に、二人は言葉を失う。
「滅ぼさぬ限り……って、永遠に戻らない……って事!? またあの悪魔に会えるか解らな
い、ううん、倒さ……ないと……無理だなんて……!」
『戻れない……というのか……!?』
 驚きとショックにマリンの声が震える。同時にガントの表情も強張り、一瞬思考が停止
する。
「待て。どうにもならんとは言ってないだろう。娘、お前になら予想できる筈だがな。魔
法使いだろう」
「そんな、一杯考えたよ! でも、<魔>に対する文献は禁じられてるだけに物凄く少な
いし、一ヶ月、考えても……何も……!」
 じわりと涙を浮かべ、マリンは首を振った。
 マリンはガントが変えられてからの一ヶ月、何もしてなかったわけではないのだ。
 旅支度を整えながら、暇さえあれば戻す方法を考える日々だったのだ。
 それこそ手持ちの魔道書を引っ張り出してガントに掛けられた呪いの形式、形態を探っ
てみたり、対抗する<聖>の呪文で破ってみようとしたり色々と試したのだ。メディや神
父にも協力してもらったが、結局どうする事もできなかったのだ。 
「落ち着け、逆転の発想だ。……外から破れないならば内側から試みればいい」
「……内側から……? …………そうか!!!!」
 何かに気付いたのかマリンの表情が真剣なものに変わる。
『……どういう事だ?』
 魔法に疎いガントはそれがどういう意味なのかが解らず、眉を寄せる。
「思い出せ、ガントレット。お前は以前娘と共に首都に呼び出された時、<魔>の魔法を
浴びたはずだ。……どうやって打ち破った?」
 にやりと笑い、ホーラは戸惑う狼を見下ろした。
『……自らの魔力で……打ち破った、月の魔力、変身する力を使って……そういう事か!?』
「……まぁそんな所だ。期待は薄いがな。あとは冥哭の神殿で話してやろう」
『薄くても構わない、可能性があるのなら……!』
「うわ……ガント……、ガント!」
 ようやく目の前に開けた可能性に、マリンの表情は急激に緩んでいく。
 見えなかった糸口がようやく掴めたのだ。この一ヶ月無意識のうちに張り詰めていた緊
張がほぐれ、それはとめどない涙に変わっていく。
「な、泣くな、娘。喜べば良いだろう? 何故泣く? 泣くな!」
「そう……言われても……! ふええぇ……」
 さっきまで尊大だった態度の竜が泣く少女を前に急に動揺を見せる。
 そんなホーラが可笑しくて、見えた希望が嬉しくて、マリンは泣きながら笑っていた。
「……えぇい、ガントレット、神殿に行くぞ!」
『了解。マリン、行って来る』
「うん、いってらっしゃい!」
 ガントはマリンに向かって頷くと、マリンはベッドの上に座り込んだまま大きく手を振
った。
(なんとしてでも、人の姿を取り戻す。その為ならば、俺は……!)
 足早に去っていったホーラを追いかけ、狼は走った。
 深い紺色の瞳には深い決意が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 





















 
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