☆桃兎の小説コーナー☆
(07.11.07更新)

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 レスは日記でしております〜。



 ドラゴンマウンテン 
  第7話
 少女は白馬の騎士がお好き?(下)



     7

「ホントに…この魔石、全部使って良いの?」
 マリンの両手に極上の大粒の魔石が六つ。
 驚くマリンをよそに、黒髪の冒険者は更に魔石を積み上げていく。
「あぁ、マリン。この魔石は全部自由にすればいい。そのかわり…分かっているね?」
 怪しい紫の瞳がマリンを見つめる。
「えと、闘技場の魔物を…倒せば良いのよね」
「君の魔法を、私に直接見せてほしい。全力の、ね」
「…、はい!」
 マリンは魔石を握り締め、真剣な眼差しで答える。
「あ、会場のおじさんがよんでる、行って来ます、見てて…下さいね!」
 マリンは控え室から闘技場へ向かって走っていく。
 黒髪の冒険者は口元に嫌な笑みを浮かべながら、2階の観覧席へ向かう階段を上ってい
く。
「くくく…、こんなに上手くいくとは思わなかったよ。単純すぎるよ、マリン・ローラン
ト…!」
 冒険者―カレイドは小さく笑い、観覧席から闘技場を見下ろす。
「お手並み拝見といこうか」
 会場はすでに超満員。
 偉大なるドラゴンに認められし『ドラゴン・バスター』がどんな戦いをするのかと、客
のテンションはどんどん上がっていく。


「マリン…!!」
 闘技場に着いたメディは、息を切らせながら前へ前へと進む。
 会場はかなりの混雑で、まともにマリンを見れそうな席にたどり着くのはかなり大変な
事だった。後から続くクロフォードとアレイスも、人にもまれながら前へと進む。
 メディ達は何とか立ち見席の一番前にたどり着き、身を乗り出して下を覗き込んだ。

『会場にお越しの、紳士・淑女の皆様! 今日は飛び入り参加の戦士がいます! あの偉
大なシルバードラゴン・カヒュラに認められし魔法使い、マリン・ローラントだぁあああ
あああ!!』

 司会の紹介にあわせてマリンが登場すると、会場のボルテージが一気に高まる。
「まるで…見世物じゃないっ…!!」
 メディが悔しそうに手すりを叩く。
「カレイドに言われて出たんだろうよ。あいつはずっとマリンの魔法が直に見たいって言
ってたからな。気に入らないやり方だ」
 クロフォードも眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。
「マリン、縮こまってしもうて…。あぁもう見てられへんわ」
 広い闘技場に一人立つマリンは、とても小さく見えてしまう。
 実際マリンは、会場の大きさと客の多さに戸惑っていた。
 今更ながらに何故ここに居るのか分からない、そんな状態だった。
(でも、カレイドに、魔法、見てもらわなきゃ……!)
 ただそれだけを思って、マリンは円形の地面の上に立った。

『ドラゴンバスターが戦うのは、このサーベルタイガーだっ!!!』

 司会の紹介にあわせて、マリンの反対側から大きな牙を持つ獣がゆらりと姿を現す。
 大型の虎のような魔物は、目の前のマリンを睨みフーッっと唸りながら口元を歪ませる。
 周りの観客は「女の子には、さすがに無理じゃないの?」とか「いや、ドラゴンを倒し
たのが本当なら余裕だろう」と話し、勝負の行方を予想しあっていた。

『ファイト!!』

 掛け声と共に、サーベルタイガーはマリンに素早く飛び掛る。
(早いッ!)
 マリンは落ち着いて飛びのくと、マリンを追いかけようとするサーベルタイガーの位置
を確認する。
(そこっ!!)
 マリンは狙いを定めると、一足飛びに踏み込んで獣の顔面を素手でゴスッと打ち抜く。
「ギャウウウ!!」
 地面に体を擦りながらサーベルタイガーは吹っ飛び、壁にぶつかりギャン! と悲鳴を
あげた。

 その様子に、会場がざわめく。
「魔法使い…?」
「武道家の間違い?」
「いや、魔法でふっとばしたんだろ?」
 
「あっ、いけないっ…!」
 マリンは周りの様子にはっとなり、固まってしまう。
 つい、いつも調子で体が動いてしまったのだ。
 ちらっと2階のカレイドを見ると、やはり怪訝そうな顔でマリンを見ている。
(あぅ……ガントなら『よしっ!』て言ってくれるだろうな…)
 不意にガントを思い出し、ふるふると首を振ると起き上がるサーベルタイガーを睨む。
「違う! 私は魔法使いなのっ!!」
 マリンが叫ぶと同時に、マリンの体についた八個の大きな魔石がすべて光を放つ。
 いつもの様に高速で呪文を唱え、指先に意識を集中する。
(破壊力の高い呪文、これだけの魔石があればっ…!!)
「奔れ!」
 ヴォウン! という音と共に、指先から光のような炎の帯が真っ直ぐサーベルタイガー
に向かって放たれる。
 光炎の帯はあっという間にサーベルタイガーを包み込み、焦がす。
 魔法の光が消える頃には、もう大きな獣は跡形もなくなっていた。
 八つの魔石のうち、四つが砂となって消え失せる。
 ほんの数分、あっという間の出来事に会場がしんと静まりかえる。

「えと、終わりました」
 司会者に向かって、振り返るマリン。
 全く疲れた様子もない。
 はっと気付き、司会が叫ぶ。

『勝者・マリン!!!!』

 会場が一気に沸きあがる。
「ちょっとまちぃや、今の……何や?」
 アレイスが言葉を失い、二人をみる。
「俺様もマリンの魔法を初めてまともに見たが…。あれほど…だったのか。一瞬じゃない
か」
 クロフォードも驚きを隠せないのか、目を見開き止まっている。
「私も…あんなに強力なのを使えるなんて…知らなかったわ」
 メディも驚いていた。いや、少し怯えていたかもしれない。
「なるほどな。あんなの見たら欲しくもなるか」
 何事も無かったかのように会場を去っていくマリンを見ながら、クロフォードが呟く。
 会場は未だ盛り上がったままで、マリンコールが巻き起こっていた。

「素晴らしいよマリン。詠唱の早さ、威力。申し分ない」
 カレイドは笑みを浮かべながら、両手を叩く。

 だが当のマリンは、違和感を感じていたのだった。
(どうして…? 全力で魔法使ったのに、いつもみたいに気持ちよくなかった。どうして
…!?)
 普段全力で魔法を使えない分、全力で魔法を使ったときの爽快感は相当なものだ。
 だが、心に残ったのは穴が開いてしまったような虚無感。
 そして頭によぎるのは、ガントの事ばかりだ。
(だめ、ガントは私の事なんかっ…!!)
 マリンは小さく首をふり、目をつぶった。

「ちょっと私、マリンの所へいってくるわ。その後、九地区の方に向かうわ」
 控え室へと去っていくマリンを見て、メディが走る。
「マリンはメディに任せるとして…、問題はガントか」
「アイツのことやから、ココにいそうやねんけどなぁ…って、クロフォード、あれ…!」
 アレイスの指差す方向に、見慣れた銀髪の男が立っている。
「間違いないな、追いかけるぞ」
 アレイスとクロフォードも、ガントを追い走り出した。



「マリン、素晴らしい戦いだったよ」
 カレイドは拍手でマリンを迎えた。
「うん、でも魔石四つ壊しちゃったよ…」
 俯くマリンに、カレイドは軽くしゃがんで目線をあわせ、やさしく微笑んだ。
「気にしなくて良い。魔石なんて、私にとっては沢山ある物なんだから」
 申し訳なさそうにするマリンを見つめ、その小さな肩をぽんとたたく。 
「あぁ、司会の者が呼んでいるな、待っていてくれ。すぐ戻る」
 手をふるカレイドが再び二階へと上がって行き、マリンは控え室にぽつんと取り残され
る。ただ突っ立って待つのも暇なので椅子に座ろうとしたその時、入り口の扉が勢いよく
開いた。
「マリン! こっち来て!!」
「メ、メディ!? でもカレイドが…」
「いいから!」
 いつも穏やかなメディが、厳しい表情でマリンを引っ張る。
「わわっ!? 分かった、行くからっ!」
 メディに連れられ、マリンは控え室から出て行った。
 暫くして控え室にカレイドが戻ってくと、そこはもぬけの殻だった。
「…、おやおや。誰かが連れていったのかな」
 眉根を寄せて開いたままの扉を睨む。
「あんな逸材、……手放してなるものか!」
 紫の瞳に怒りを湛え、カレイドも控え室を後にした。

     8

「ガント! 待ちぃや!!」
 人が帰っていく闘技場で、ガントの太い腕をアレイスが掴む。
「…、何の用だ」
 覇気のないその声に、アレイスは心を決める。
「何の用もくそもあらへん。話があんねん、こいや」
 アレイスは顎で外を差しながら、ガントを見つめる。
「…分かった」 
 アレイスとクロフォードにつれられ、ガントも闘技場の外へと向かう。
 西日が眩しく三人を照らし、もうすぐ日が暮れることを告げていた。


「座れよ」
 闘技場の外の小さな広場。
 そこにあるベンチに座るようにクロフォードはガントに促す。
「で、なんの用だ」
 力なく問うガントに、背を向けたクロフォードが答える。
「俺様は最初に言ったよな。気をつけろって。マリンを見てみろよ。振り回されて苦しん
でるぜ?」
「あぁ、わかっている…!」
 一転して苦しそうな表情に変わるガントの隣にアレイスが座り、小さな声で呟く。

「覚えているか、前線を」

 凍りついたような表情になって固まるガントに、アレイスは続ける。
「あの子の事、引きずるのはかまへん。どんだけお前にとってつらい事やったかくらい、
一緒に居った俺がよぉ分かってるつもりや。けどな」
 アレイスは怒りの表情でガントの襟首を掴む。

「マリンを『二人目の犠牲者』にするつもりやったら、俺は許さん。後で後悔しても俺は
お前の事、もう知らんからな」

 いつも陽気なアレイスが見せるその険しい表情と言葉に、ガントは1オクターブ低い声
で唸る様に問い返す。
「……どういう意味だっ!?」
 ガントはアレイスの腕を掴み返し、眉根を寄せる。
「俺はおせっかいな性格やからな、知ってる事も言いたい事も全部言うたる。いいか、よ
う聞けよ。何の因果かしらんけどな。カレイドはな、ヒドラの紋章の、アイツだ」
「なん…だと!?」
 突然告げられた事実に、ガントの表情が揺らぐ。
 それと共に、しまいこんでいた戦場での記憶がよみがえる。
 凄惨な泥にまみれた戦い。仲間の死。そして…。
「戦争中の事や。恨み言は無しなんは俺もよぉ分かってる。それにアレは事故やった。あ
の後、自分を責めて空っぽになったお前も俺は見てる。やけど、今回は事故でもなんでも
ない。お前次第でどうとでもなる事やったはずや。肝心な時に後ろばっかり向いて、目の
前のマリンの思いを無視したんや」
 ガントの襟首から手を離し、アレイスは話を続ける。
「お前がマリンの事、どう思ってるかくらい皆知ってるわ。お前は分かりやすいからな。
もうあれから七年になる。……いい加減区切りつけろや。しつこいわ」
 アレイスはガントを睨みつける。
 死線をくぐりぬけた仲間だからこその、容赦ない一言だった。
「アレイス……」
「俺様は詳しく知らないがな、一つだけ言っておいてやる。俺様はお前みたいな女の愛し
方は出来ない。一人だけ、なんて俺様にとってはつまらない事以外のなんでもないからな。
だが、そうやって大事にしてた女を横から掻っ攫われて、何もしないんだと言うなら、お
前は唯の馬鹿だ。マリンが他のヤツに抱かれて平気だというなら、俺様はお前を見下すぜ。
自分の過去に溺れて酔っている、唯のナルシストだとな」
 ガントに背を向けたまま、クロフォードは言い放った。
 その言葉に、ガントの表情が変わる。
「……そうだな、俺は、どうかしてたかもしれない」
 ガントの瞳に火がともる。
「カレイドを見てから、気持ちがざわめいて、昔を思い出して仕方なかった。そうか、そ
うだったのか。俺は……っ!」
「ごちゃごちゃ言うてんと、はよ九地区に行け。」
 アレイスがガントの後頭部をぱこんとはたく。
「……分かった。またアレイスに助けられたな、いや、クロフォードにもか」
「礼はいらないぞ。お前の思う結果が出てからでいいからな」
 背を向けたままのクロフォードが拳を差し出す。
 ガントは無言で拳を合わせ、九地区に向かってまっすぐ走り出す。
「……、ホンマ不器用な男や、アイツは」
「俺様から言わせれば、禁欲しすぎなのがいけないと…」
「お前は黙ってろ」
 アレイスはクロフォードのみぞおちに突っ込みを入れ、ガントを追い走り出す。
「冗談のわからん奴め」
 少し遅れて、クロフォードも二人の後を追った。



「メディ!? どうしてそんな怒ってるの!?」
 夕方の路地を二人のレンジャーが歩く。

 宿のある八地区を通り過ぎ、兵士用の訓練所のある九地区へとさしかかる。
 九地区は殆どがだだっ広い空き地になっていて、先ほどまで密集していた民家や店が全
く無い場所だった。緊急時の避難所になっているのか、所々に物置小屋がある程度だ。
 人気もなく、妙に静かな場所だった。

「怒ってなんか無いわ。私は、悲しいの。そんな風に、瞳を曇らせてしまったマリンが」
 メディは立ち止まり、マリンに語りかける。
「どうしてカレイドについていくの? ガントより、カレイドを選ぶというの?」
 今までに見たことが無いくらいの真剣な、そして悲しい表情で、メディはマリンを見つ
める。だが、マリンは俯き黙り込んだまま、震えているだけだ。
 少しして、マリンは泣きそうな声で小さく話し出した。
「……私、ガントに…ふられ…ちゃったんだよ」
 俯き、震えるマリンにメディが近寄る。
「違うわ。それはきっとガントの本心じゃない。あんなにマリンを大事にしてるの、みん
なが知ってるって言ったじゃない」
「違わないよっ!」
 マリンは目にいっぱい涙を浮かべ、首を振る。
「ガントはね、私の事一番大事って言ってくれた!でもね、恋人には出来ないって、そう
言ったんだよ。…私、女の子らしくないし、胸だっておっきくないし、何でもついふっと
ばしちゃうし。でもそんな私を、ガントは大事にしてくれてる気がしてた。厳しくて、不
器用で、でも一番やさしくしてくれてたと思ってたのに…そう思ってたのに……!」
 マリンは左手にはまる人差し指のリングを、右手で強く握り締める。
「…それに私、ガントに酷い事言ったの。もう、いつもみたいにいれな……」

 パァン!

「……メディ?」
 メディの平手がマリンの頬を打つ。
 ちっとも威力の無い平手だが、マリンはふらりとよろける。
「馬鹿ね! あんなに一生懸命にがんばってたマリンは何処へ行ったの!? ガントの事大
好きだったマリンは何処へ行ったの!? ……ガントへの気持ちはその程度だったの!!?」
 普段大きな声を出さないメディが、必死にマリンに向かって叫んでいた。
「ガントへの…気持ち…」
「私がマリンを応援していたのはね、ガントに恋するマリンが輝いていたから。素直に恋
をしているマリンが大好きだったからよ? ガントはマリンを何時だって真っ直ぐ見てい
たし、ガントだったら許せると思ったからこそ、応援していたのよ?」

 マリンはよく分かっていた。
 まだガントが大好きだと言う事。何をしていても、ガントがちらつく事。
 気がつけばガントの事ばかり考えている事。
 諦めきれない気持ちが、心の底で渦を巻いている事を。

「メディ…私…ガントの事、好きなんだよ? 離れたく…ないんだよ…!」
 メディは震えるマリンを抱きしめる。
「うん、分かってる。だからこうして迎えに来たんじゃない。ガントに素直に気持ちを伝
えなさい。一度駄目だったくらいで諦めちゃだめよ」
「メディ…!!」
 マリンはメディに思いっきり抱きつく。
 メディはそれをやさしく受け止め、小さく頷く。


「マリン、こっちへ戻っておいで」


 メディに抱かれるマリンがビクッと震える。
 綺麗な鎧に身を包んだ黒髪の冒険者が、手を差し伸べ、微笑みかける。
「さあ、私と一緒に南へ向かおう。魔法使いとしての名声も、遺跡に眠る宝も、一緒に手
に入れるんだ」
 沈みゆく夕日に照らされその場に現れたのは、カレイドだった。

     9

 暗くなっていく公園で、カレイドはやさしい笑顔のままマリンに近づき手を差し出す。
 だがその手を、メディがぱしっと払いのける。
「マリンはあなたと一緒に行かないわ。傷ついた女の子につけこんで、最低よ」
「酷いな。それじゃまるで私が悪者のようじゃないか。違うだろ? マリン」
 カレイドはやさしく微笑み、両手を広げる。
「……私」
「マリン、私には君の力が必要だ。南にはね『大遺跡』と言う凄まじいダンジョンがある。
そこには並の力の持ち主では入ることすら適わないと言われている」
「『大遺跡』……」
「そうだ。今の私の最終目的、それが『大遺跡』」
 カレイドは真剣な顔で頷く。
「あなたはマリンの「力」が欲しいだけじゃない」
 厳しい顔をしてカレイドを睨みつけるメディに、カレイドは小さく笑う。
「どうかな。私はマリンを愛してあげられる自信があるよ。少なくともあの男以上にね」
 あの男という言葉に、マリンはビクンと反応する。
「みせかけの愛で、マリンを惑わすと言うの?」
「それは違うな。あの男のマリンへの扱いの方がよっぽど酷くないか? あの男は、マリ
ンが好意を寄せていることを知っておきながら、自分の大事な部分には踏み込ませなかっ
た。唯の臆病者だよ」
 カレイドがちらりとマリンを見ると、明らかに動揺している様だった。
 現実を目の前に突きつけられ、揺らぐマリン。
 それを見て更に畳み掛けるようにカレイドは続けた。
「マリン、私には幼い君が可愛くて仕方ないんだ。さぁおいで。私の元へ」
 大きく腕を広げて、マリンに微笑みかける。
「だめよ、マリン! レンジャーの仕事を捨ててまで、カレイドの元へ行きたいの!?」
「メディ、もう、わかんないの、頭の中がごちゃごちゃなの。ガントが大好きで。傍にい
たくて。でもだめで。レンジャーの仕事、やめたくない。でもカレイドはやさしくて。ど
うしたらっ…!!」
 その場にへたり込み、マリンは頭を振る。
 そんなマリンに近づくカレイドを、唸るような低い声が止めた。


「マリンに…これ以上近づくな」


 その声に、マリンは顔を上げる。
「ガン…ト」
 マリンの瞳に映るのは、息をきらせた大好きな男の姿。
 相当急いできたのか、肩が大きく上下している。 
 その声にその様子に、止め様のない熱い気持ちが心の奥から沸いてくる。
「フッ、今更何をしに来た」
 冷ややかな声で告げるカレイドに、ガントは力強く話し出す。
「マリンをお前に…渡したりはしない」
 ガントはカレイドを睨みつけ、二人の間に割って入っていく。
「お前にはマリンを止める権利などない。お前を選ぼうとしたマリンを蹴ったのは、お前
自身だ」
 カレイドは冷たい眼差しでガントを睨み返す。
「あぁ、そうだな。だが今は違う」
「だから今更だと言っているんだ。これ以上マリンを悩ませないでくれ」
 マリンを思う口ぶりのカレイドに、ガントは首を振る。

「今更かもしれない。だが俺は気付いたんだ。自分がどうしたいのか。……もう、二度と
あんな思いをするのはごめんだ! カレイド・T・オーキス!!」

「……何故私の名を知っている!?」
 フルネームを叫ばれ、目を丸くしてカレイドは驚く。
「やはりそうだったのか、カレイド…いや、ヒドラの騎士」
「…そうか、貴様、もしやとは思っていたが……あの時の獣人か!」
 一瞬で二人の間の空気が緊迫したものに変わる。
「二人共…、知り合いなの?」
 困惑したマリンは二人を交互に見て、ただ驚く。
 そのマリンに後ろからクロフォードが声をかける。
「知り合い…いや、過去の敵…と言った所だ」
「…敵?」
「あぁ、なんや、ややこしいけどな」
 頭をかきながら、アレイスも対峙する二人を見つめる。

 緊迫した雰囲気は今や頂点に達し、その緊張感にマリンも息を呑む。
 だがその時、ガントを睨んでいたカレイドが小さく笑い、剣に手をかけた。

「あの時の傷、まだ消えずに残っているよ。あの時負けた事を、私は別に恨んではいない。
自分の力が足りなかっただけだからね。責任をとり、私は家を出た。冒険者として旅に出
る事にしたんだ。力、名誉、すべてを手にして家に戻る為にね。その為なら、私はどんな
苦も厭わないよ。貴様があの時の獣人だったのだ言うのならなおさら…、今回は…勝たせ
てもらうよ!」
 端正な顔を歪め、不気味に笑うカレイド。
「俺は体に傷は負わなかったが、今まであの事故を引きずっていた。だが気付いたよ、お
前のお陰だ。今は愛する者を守る力がある。ならば全力で守る。もう後ろは振り返らない
っ!」
 カレイドが剣に手をかけたのをみて、ガントも拳を握り締める。

「ちょ、お前ら戦う気か!?」
 アレイスの問いかけに、カレイドが淡々と答える。
「出来れば穏便に済ませたい。ここは町の中だし、派手な事は出来ないからね」
 そう言いつつも剣から手を離そうとしないカレイドを、クロフォードが牽制する。
「どうかな、お前は自分の目的の為なら手段を選ばないタイプだ」
 クロフォードも腰のバスタード・ソードに手をかけ、万が一に備える。
「私の事を良く理解してくれているようだね。ははっ、だが五対一じゃ、さすがに不利だ
…そうだろう!?」
 そう言うや否や、カレイドは何かを取り出し地面に叩きつけた。
 叩きつけられた物はカシャンと音を立てて割れ、不思議な光を放つ。
「何っ…!!?」
 突然の強烈な閃光に、メディはマリンをかばう様に覆いかぶさる。
「……!? 何やこれ? あかん、体がっ…!!」
 急な体の違和感に、アレイスは顔をひきつらせる。
「これは、麻痺の…!?」 
 メディもしゃがみこんだまま動けない。いや、この場にいるカレイド以外が固まったよ
うに動けなくなっていた。
「それ、『魔法球』…でしょ? 一つだけ魔法を封じ込める事が出来る、魔法を使えない
人用のレアアイテム。…魔法は、<魔>の属性で影を縛り動けなくするタイプ」
 マリンの答えに、カレイドはにやりと笑う。
「さすがに詳しいな。その通りだマリン。これから日も暮れる。すべてが影になるから、
どうあがいても君達は動けない計算になる。あぁ、本当にこんな強引な手段は避けたかっ
たんだがな……。マリン、君を手放す訳にはいかないんだよ」
 カレイドはもう一つ魔法球を取り出し、マリンにちらりと見せる。
 魔法球の中で渦巻くのはさっきの物よりも暗い、漆黒の闇の色。
「それは…いやぁっ、ダメ…!」
 マリンの顔が一気に青ざめる。

 闇色の魔法は心に作用する魔法。
 強制・発狂・催眠。
 闇が濃ければ濃いほど、危険で効果も大きい。
 二度と心が戻らなくなる事さえある、危険な魔法なのだ。

 それを瞬時に理解したマリンが、嫌だと目でうったえる。

「それがお前の本性か…!」
 クロフォードが端正な顔を歪め、カレイドを睨みつける。 
「やめ…ろっ……!」
 怒りに震え、強引に動こうとぎりぎりと歯を鳴らすガントを見て、カレイドは冷たい笑
みを浮かべる。
「都合の良い事しか言えない男は、そこで見てくれ。強力な魔力が無いものには、<魔>の
属性の魔法は破れないからね。諦めてくれ、獣人。そうすればマリンにこんな事をしなく
てすむんだ」
 魔法球を握り締め、カレイド忌々しそうに言い放つ。
 だがガントは、何かに気付いたかのようにニィと口の端を上げた。


「マリン、月は出ているか」
「……!!」


 マリンの心臓がビクンと跳ねる。
 何かを確信した様なガントの声に鼓動が高まっていくのを感じながら、目で合図をする。
 空には綺麗な下弦の月。
 マリンを覆っていた恐怖が、少しづつとけていく。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 ガントが天を仰ぎ、低く、大きく唸る。
 体が少しづつ大きくなり、耳が後ろへ伸び、銀色の毛に覆われていく。
 変わりゆくガントを中心にうねる魔力が、風を生み、カレイドに吹き付ける。
「な、なんだこれはっ!?」
 魔力の風に気圧されひるむカレイドがみたのは、体の自由を取り戻した銀色のワーウル
フだった。
 同時にマリンが素早くで呪文を練り上げる。
「そんな危ない物っ、消してあげるっ!!」
 マリンが詠唱を終えると、カレイドの手に光が集まり魔法球が弾けて消えていった。
「<魔>属性の魔法を人間に使うのは、この国じゃ御法度なんだよ? カレイド」
 カレイドを真っ直ぐ見つめ、拳を握るマリン。
 さっきまでの戦いで感じる事のなかった魔法使用後の爽快感が、体を駆け巡る。
「ヨクヤッタ、マリン」
 ワーウルフと化したガントが、マリンの頭の上に獣の手をのせ、くしゃりと撫でる。
 その手の大きさと暖かさに、表情が自然と表情が緩んでいくのをマリンは感じていた。
 聞きたかったその一言が、マリンの心を満たしていく。
「この異常な魔力…! どういう事だっ!? それにマリンは、魔石がないと魔法が使えな
い筈だっ……!」
 カレイドは驚きの表情で、マリンを見つめる。
「契約…しているの。ガントが変身した時……私は…『魔法使い』になれるの」
「なん…だと?!」
 穏やかに変わった魔力の風に体勢を立て直し、少し考えた後カレイドは頷いた。
「なるほどね、マリン。君はその獣人に利用されているのか。獣人、貴様もその魔法が目
当てか!」
 その質問にガントの怒りが爆発する。
 ガントは一気に跳躍し大きな手でカレイドの首を掴むと、物置小屋まで引きずり叩きつ
けた。

「俺ノ魔力ハ、スベテマリンノ物ダ。マリンヲ自由ニスル為ニ、俺ガ契約ヲ施シタ。利用
シテイルノハ俺ジャナイ。利用スルノハ、マリンノ方ダ」

 超至近距離で睨みあう二人。
 ガントの片言な話し方と紺色の瞳、その獣化を見て、カレイドの表情が一層冷たい物へ
と変わっていく。
「…あぁ思い出すよ、戦場でのあの地獄を。その中途半端な獣化…!獣人、また私の邪魔
をするかっ!!」
 カレイドは剣を引き抜き、首を掴む手に斬りつける。
 ガントは咄嗟に手を離し距離をとると、即座に体勢を直し構える。
「アァ、自分ノ大事ナモノヲ守レルノナラナ。貴様ニナド、渡シハシナイ…!」
 ガントの紺色の瞳には強い意思が宿っていた。
「……ガント」
 マリンの鼓動が高まる。体に流れ込む魔力が熱い。


「マリンハ渡サナイ。マリンハ……俺ノ女ダッ!!!」


 マリンは目を見開き、震える。
 ずっと聞きたかった、唯一つの言葉。


「今度は勝たせてもらうぞ!!!」
「下ガッテイロ、マリン!!!」

 カレイドが先手とばかりに剣を下段に構え、ガントに切りつける。
 鎧を装備しているとは思えないような素早さで、カレイドは間合いを詰めていく。
「うおぉっ!」
 カレイドは全力で床を蹴り、鋭い剣を横なぎに振るう。
「クッ!」
 剣はガントの腹をかすめ、赤い血が散る。
 休むことなく再び剣を振り上げるカレイド。
 全力で振り下ろされるその剣を、ガントが左腕で受け止めると、キィンという金属音と
共に火花が散った。
「変ワレッ!!」
 ガントの叫びと共に、ガントの左腕に装着されていた手甲が一瞬で盾のような形に変化
する。
「何っ!?」
 驚くカレイドに、ガントは盾で剣を受け流し右腕を振りぬく。
 カレイドの鎧と拳がぶつかりあい、ガオンという大きな音とと共に、拳にうっすらと血
が滲んでいく。
 だがその衝撃は鎧をつきぬけ、カレイドの内臓を揺らす。
「ぐあっ!」
 ひるみながらも、カレイドはガントめがけて剣を突く。
「!!」
 素早く放たれた剣はガントでも避けきれず、わき腹をかすめ、銀色の毛に赤いしみが広
がる。


 だがその時、遠くから聞こえる小さな声に、二人は同時に動きをとめた。
「…あっちだ! あっちで光が見えた!」
「ち、兵士達に気付かれたか」
 カレイドが小さく舌打ちする。
 騒ぎを聞きつけた一般人が通報したのだろう。
 城下町内での戦闘は両成敗だ。
 カレイドは剣を収め、一歩下がる。


「これはいけないな、明日は表彰式だ。お互い捕まるわけにはいかないからね。分かった、
今日の所は引こう。だが覚えておくがいい。私はまだマリンを諦めたわけではない事を。
いや、諦めないよ、マリン何かあったら、いつでも私の所へおいで。いいね。では、また
明日」
 カレイドはそういい残し、走り去った。

「俺様達もやばいじゃないか、どうすんだよ」
 クロフォードが未だに動かない体のまま、小さく呟く。
「そうだ、魔法で宿屋まで帰っちゃおう」
 マリンの提案に一同が驚く。
「ちょ、そんなことまでできるんかいな!?」
「う、うん、ガントの魔力がないと、とてもじゃないけど出来ないけどね。体力が持つか
はわかんないけど…」
 ガントの魔力の流れに身を任せ、空中に大きく図形を描く。


「ここだ!」
「…!? 誰もいないぞ!?」
「戦闘のあった形跡はある、…どういうことだ?」
 いるはずの人間がいなくて、焦る兵士達。
 周囲を見回すも、現場に残るのはほんの少しの魔力の残り香。
 現場に辿りついた兵士は、誰もいない訓練場で呆然と立ち尽くすのだった。

     10

 光に包まれたレンジャー達が次に目を開けると、そこは宿屋のマリンの部屋だった。
「もう…ついたんか」
 床の上に飛ばされたアレイスが驚く。
「…初めて体験したけど、あっという間…だったわね」
 メディは体が動くのを確認して、ふぅとため息をついた。
「さて…と」
 クロフォードが髪をかきあげながら、丁度ベッドの上にワープしてきた問題の二人をち
らりと見やる。
 それに気付いて、ガントはベッドから飛びのく。
 全員の視線がガントに集まる。
 狭い部屋にどーんと、大きな銀色のワーウルフがいる光景はなんだか異様だ。
「ガントの変身、初めて見たけど…凄いわね」
 未だ魔力を放ち続けるワーウルフを、メディはしげしげと眺める。
 カレイドにつけられた傷は少しづつ回復し、もう出血も止まっているようだった。
「そういや俺様も初めてガントの変身を見たが…、なぁ、なんだその契約ってのは?」
 いきなり突っ込まれおろおろするガントを見て、クロフォードがニヤリと笑う。
「ナ、ナンデモナイ」
「嘘つけ、教えろ」
 クロフォードは毛むくじゃらの大きな獣人をぐりぐりといじる。
「…マリン、大丈夫?」
 メディはベッドの上でへたり込むマリンに近づき、そっと撫でる。
「う…うん」
 未だに赤くなったままのマリンを抱きしめ、メディは柔らかい笑顔をうかべた。
「ガント、ちょっと」
 メディが、クロフォードとじゃれるガントを呼び止める。
 振り返る獣人に真っ赤なままのマリンをすっと差し出し、キッと睨む。
「マリンを不幸にしたら、ただじゃ済まさないわよ?」
「せやな、ガントは確実に俺らに借りを作ったな」
 アレイスもニヤニヤと笑いながら、徐々に赤くなる獣人をつっつく。
「全く、テメェの覚悟が足りなかったんだよ。大事なもんなら、最初っから迷わず大事に
しまっとけ」
 申し訳なさそうに俯く獣人を、クロフォードが後ろからぱこんとはたく。
「さ、マリンに言う事、あるでしょ?」
 メディがガントを促す。
「ア…、ソノ…マリン…」
「…な、なぁに?」
 ただならぬ緊張感にマリンもガントもがちがちだ。
「モウ過去ニ囚ワレタリシナイ。俺ハ…誰ニモマリンヲ渡シハシナイッ…!」
 ガントは獣の腕で、そっとマリンを抱きしめる。
「…はふっ!?」
 皆の前で抱きしめられ、恥ずかしいやら嬉しいやらで、マリンは真っ赤になってしまう。
 そんなマリンを見て、メディはくすくすと笑うのだった。


「あーあー、なんか一気に疲れたぜ」
 クロフォードが腕を組み、窓の外を見る。
 向かいの食堂が仕事帰りの男達でにぎわっている様子がよく見え、なんだか一杯飲みた
い気分になってきて唇をなめる。
「今日の晩飯は確実にガントのおごりやな」
 そんなクロフォードに気づいたアレイスが、ガントの背中をばしばしとたたく。
「あ、だめだよ! ガント、夜が明けるまでこの姿のままだし…、服破れてるし…」
 マリンがガントから顔を離して、アレイスに話す。
 別に獣人が町を歩くのは変な事じゃないが、さすがに服が破れていると怪しい。
「なんだ、詳しいじゃないかマリン。何時の間にそんな間柄になったんだい?」
 突然クロフォードがマリンの顎に人差し指をあてて、いい顔で微笑む。
 クロフォードの豹変に、ガントが眉間に皺を寄せ明らかに嫌そうな顔をする。
「ちょっと、クロフォード、何、マリンに手を出す気!?」
 メディがクロフォードの腕を掴み、睨みつける。
「いや、人のものに手を出すのも、結構好きなんでね」
「最っ低!!!!」
「冗談ジャネェ!!」
 両側から突っ込みをくらい呻くクロフォードを見てアレイスが大笑いする。
 その様子を見てマリンも小さく笑う。
 だが、移動の魔法が予想以上に負担だったのか、体が笑った反動でぽてんと倒れる。
「マリン、やっぱりつらいんでしょ?」
 そんなマリンを心配して、メディが覗き込む。
「あはは、疲れたのかな。動けないや」
 何とか体を起こし、頭をかくマリン。
「暫く休んでなさい。いいわね?」 
 やさしいメディに、マリンは頷く。
「さて、俺様達は晩飯に行こうぜ? ガント、しっかりマリンみとけよー」
 クロフォードは部屋のドアを開け、手をひらひらとふる。
「ナニッ!? 俺ダッテ腹ガ…!」
 抗議するガントを無視して、アレイスとメディも立ち上がりドアの方へと移動する。
「なんか買って持ってきたるって、うまくやれやー」
「何ヲダヨ!!」
「あら、手ぇ出しちゃだめよ? 今のその姿では色々可哀想よ?」
「メディ、テメェ!? ンナ事シネェヨ!!」
「説得力ねぇなぁ。誰だ? 酔って迫ってたやつは?」
「ナッ、アノ時ハダナ…!」
「何ですって?! そんな事したの!? ……うわぁ、最低。マリン、やっぱりガントやめと
く?」
「ダカラ、アノ時ハダナ…!!」
 散々ガントをいじって、ドアの外へ出て行く三人。
「まぁ、今日は朝まで一緒にいてやれよ。カレイドが来ないとは限らないからな」
 クロフォードが目を細め、パタンとドアを閉めた。


 『朝まで』という単語に、マリンもガントも真っ赤になって黙り込む。


「…マリン。本当ニスマナカッタ」
 沈黙を破ったのはガントだった。
 ベッドの脇に立つガントが、改めてマリンに謝る。
「さっき言ってくれた事、……本気?」
 確認するように、マリンは俯く獣人に問いかける。
「…アァ、嘘ジャナイ」
「じゃぁ、あの時公園で…どうしてあんな事言ったのか……教えてくれる?」
 マリンの問いかけに少し躊躇った後、ガントは口を開く。
  

「俺ハ…昔、大事ニ思ッテイタ女ヲ死ナセテシマッタンダ。イツモ「守ってやる」ッテ言
ッテイタノニ…ソレヲ果タス事ハデキナカッタ」
「大事にしてた人が…いたんだ」
 マリンの言葉に、浅く頷くガント。
「アァ。ズット彼女ヲ守ル為ニソコニイテモ良イトサエ考エテイタ。ダガ、目ノ前デ彼女
ハ死ンデイッタ。俺ハ暴走シテ……ソノ時ノ戦ッテイタ相手ガカレイド…トイウ事ニナル
カ」
 少し遠くを見るようにガントは話を続ける。
「ソレカラ俺ハ、力ノ無イ自分ヲ責メ、恋人ト言ウ存在ヲ作ルコトヲヤメテシマッタ。マ
タ失ウノガ…恐カッタ。ダガ、ソンナ時、マリン、オ前ガ現レタ」
 マリンは突然出てきた自分の名にビクンと反応する。
「レンジャーニナッタバカリノオ前ハ、弱クテ、俯キガチデ。見テイテ少シ嫌ナクライダ
ッタナ。ダガオ前ノ世話ヲメディニ頼マレテ…。一年モシタラ、オ前ハアットイウ間ニ成
長シタ。明ルクナッタシ、何ヨリ強クナッタ。俺ハ嬉シカッタ。ダガ自分ノ中デ大キクナ
ッテイク気持チニ戸惑ッタ。再ビ誰カヲ守リタイ、ソウ思ウ自分ト、過去ニ囚ワレタママ
ノ自分。ソンナ時ニ丁度カレイドガ現レタ。アノ時、オ前ガ幸セニナルナラト、変ニ諦メ
テシマッタンダ。ソレガオ前ヲ苦シメテイルトハ分カッテイタ筈ナノニ……!」
「もう良いよ、ガント。分かったから。それ以上言わなくても」
 マリンは少し切なそうに頷く。
「話してくれて、ありがとう。ごめんね、やな話させて」
「イヤ、俺ヨリオ前ノホウガズットツラカッタ筈ダ。…、スマナカッタ」
 謝るガントに、マリンは首を振る。

「…あの、もう一つだけ、……聞いても言い?」
 マリンは、ガントを覗き込む。
 先ほどまでの表情とは違い、少し照れた様子だ。
「ナ、ナンダ?」
「えと…、ね、酔ってた時のアレは…本音…なの?」
「ナッ!? …だダカラアノ時ハ本当ニ悪カッタッテ…!」
 赤くなる獣人より更に赤くなったマリンは、更に問いかける。
「……、でもねガント、酔ってた時も洞窟の時も、同じ顔…してたんだよ? …あれって、
その、た、耐えてたのかなっ…て……」
 自分で聞いておきながら、恥ずかしさのあまり手で顔を覆い隠すマリンに、ガントは動
揺しながら答える。
「ア、アノナ、ソリャ、マァ……、ッテ言ウカ手ェダセネェダロウガ!」
「そ、そうなんだ、いや、その、何で私なんかにそんなって…思って……」
「ソリャ、ダナ、オ前ガ……可愛イカラ…ダロウガ」
 俯いて真っ赤になりながら小さく呟くガントの一言に、マリンは爆発しそうなくらい照
れまくる。
「や、やめてよばかっ! 恥ずかしいじゃない!」
 そう言いながら、マリンはガントを全力で殴る。
 それを避けながらガントも言い返す。
「言エッテ言ッタノハテメェダロウガッ!!」
 
 マリンは殴り続け、ガントはそれを全部かわす。
 それが五分ほど続いただろうか。
 ようやく落ち着いたマリンが、疲れたのかベッドに再びへたりこんだ。
 そしてふと気がついて、口を開く。

「カレイド……来るのかな?」
「ドウダロウナ、明日会ウノハトモカク、今日ハモウ来ナイトハ思ウガ」
 ベットの横の椅子に腰掛けようとするも尻尾が邪魔で座れず、仕方なくベット上に腰か
けながら、ガントは答える。
「カレイドガ、気ニナルカ」
 少し考えた後、マリンは小さく頷く。
「私の魔法をね、あんな風に理解してくれたのって、カレイドが初めてなんだ」 
「ソウカ。…ヤツノ見ル目ハ確カダッタヨウダナ」
 微妙な表情のマリンを、ガントはやさしく撫でる。
「俺ハ魔法ノ事ハ詳シクナイガ、オ前ノ魔法ガ凄イッテ事ハ理解シテイルツモリダ」
「うん、分かってる。ありがとう。あ、でもね、」
 マリンは隣に座るガントを見上げ、話を続ける。
「私の魔法を…一番信頼してくれてるのは…きっとガントだよ」
 思いがけない言葉に、ガントは驚く。
「ソウ…ナノカ?」
 ガントの言葉にマリンは大きく頷く。
「だって、契約してくれたのは、私の魔法を信じてくれたからでしょ? あの時ね、すご
く嬉しかったんだ。ドラゴンと戦った時も、信じてくれてるって感じたから、頑張れたん
だよ!?」
 そうやって一生懸命話すマリンを、ガントが後ろからぎゅっと抱きしめる。
 その大きさと暖かさに、マリンは目を細める。
「そうだ、今ならガントに見せてあげられる! っていうか、自分も見れる!」
「?」
 マリンを抱いたまま首を傾げるガント。
「魔法を使うのに必要なもの、知ってる?」
「魔力…カ?」
「うん、魔力もだけどね、もう一つ重要なのは精霊なの。どれだけ精霊を連れているか、
愛されてるかによってその人の魔法のレベルが分かるんだよ。そこそこ魔法使える人なら、
精霊くらい素で見えるようになるんだけどね、ほら、私魔力無いから見えないんだ。でも、
魔法でこうすれば…っ!」
 マリンが空中に絵を描き、小さく呪文を唱えると…一瞬閃光が部屋一杯に放たれる。
「……ッ!?」
 光が止んで、ガントが目を開けるとそこには…。
「……コレハ!?」   

 色とりどりの精霊が複数、いや十数匹の動物や人型の精霊が周りを飛び回っている。

「やったぁ、みてみて! レベルアップしてる……あぅ」
 一瞬で精霊の姿は消え、マリンはガントの腕の中で気を失う。
「……、無理シテ魔法使ッタナ。コイツ」
 渋い顔をして、マリンを撫でるガント。
 そっとマリンをベッドに寝かせ、布団をかける。
 幸せそうな顔で気を失うマリンを見て、ガントは小さく笑った。

「……」
 だが一転して表情を曇らせるガント。
 マリンがすっかり眠ってしまったのを確認して、窓際に立つ。
 窓に映る自らの姿を見て、ガントが眉間に皺を寄せる。
「……、イカンナ。魔力ガ…安定シナイ、後何回…耐エラレルカ……」
 自分の獣の様な手を見つめ、目を伏せる。
 左の手に嵌められた指輪を握り締め、傍で眠るマリンを見つめる。
「俺ノ力ガ続ク限リ……」
 ガントは拳を握り締め、そっと心に誓うのだった。

     11

「おぉおう、ダメ、めっさ緊張してきたっ!」
 目を思いっきりつぶり、がちがちに固まるマリン。
 表彰式を前にして、控え室でマリンは緊張のあまり挙動不審になっていた。
「俺様も王様に会うのは初めてだけど、そこまで緊張はしないぜ?」
 クロフォードが身なりを気にしながら、さらりと言い放つ。
「だって、レンジャーの正規服着るのも二年ぶりだよ、あぁ、もうだめ」
 真っ白のレンジャー服に身を包み、顔を真っ青にして震えるマリン。
 ミニスカートもロングブーツも、なんだかしっくりこなくて落ち着かない。
「堂々としていろ。王様も人間だ」
 歪んだマリンのリボンを直しながら、ガントは呟く。
「そ、そうだけど……」
 そんなマリンをぽんと撫で、一言「大丈夫だ」と話す。
「…うん」
 マリンは顔を赤くして目を伏せる。
 少し緊張が解けたところで、ふとマリンは思いだす。
「ところで、……カレイドは?」
 未だに姿を見せないカレイドを気にして、マリンが尋ねる。


「やぁ、マリン。私を呼んだかい?」


 美しい鎧を纏い、爽やかな笑顔で扉を開け控え室に入ってくるカレイド。
「あんな事しでかしといて、よく顔をだせるな」
 クロフォードはうぇぇと嫌そうな顔をする。
 ハンサムが台無しだ。
「貴様…!」
 警戒して、マリンの前に立つガントにカレイドはさらりと笑う。
「もうあんな手荒な真似はしないよ、まぁ、諦めてはいないがね。ガント、君が失敗する
のをゆっくり待つことにしたんだ」
 ふふんと両手を広げる。
「南に行くんだろ? さっさと行けよ」
 睨み付けるガントをさらりとかわし、マリンの横へ回り込むカレイド。
「君がいないといく気になれなくてね。マリン並みの魔法使いなど、早々いなくてね。代
わりが見つかりそうにないんだよ。というわけで、暫くチークのあたりを拠点に遺跡の攻
略でもする事にしたんだ、よろしく頼むよ」

「「なんだと!?」」

 ガントとクロフォードが同時に叫ぶ。
「…ウ、ウソ?」
「本当だよ、マリン」
「い、一緒に行く気無いよ? 私」
「今はそれでかまわないさ、気長に待つよ」
 昨日とは真反対の表情で微笑むカレイドに、マリンは戸惑う。
「それ以上近づくな、今度は本気で殺すぞ」
 マリンをひょいと抱き上げるガントに、カレイドはフッと笑う。
「いやだな、ハッキリしない次は、独占欲かい? 落ち着けよ、獣人」
 乾いた笑いで睨みあう二人にの間で、持ち上げられたままのマリンはがくりとうなだれ
る。
「いやぁ、マリン、もてるねぇ」
 クロフォードが下からマリンを覗き込む。
「そんなんじゃないよ…、あうぅ」


「四人共、謁見、次だぞ」
 地位の高そうな兵士に呼ばれ、ようやくマリンを下に降ろすガント。
 だが、二人はにらみ合ったまま動かない。
「うぅうう、謁見どころじゃ無いよぉ……メディ」
 マリンは涙目で城の外を眺めた。
 外では白い鳩がそれは自由に飛び回っていたのだった。

     12

「なんだか色々大変だったんだねぇ」
 女将はお土産の綺麗なグラスを片手に、旅の話を聞いていた。
 女将だけじゃなく『今昔亭』のロビーには夕飯をすませたレンジャーが集合していて、
マリンの配るお土産を受け取っている所だった。
「あ、モースさんにはこれ! お酒だよー」
「おっ、ありがたいなぁワインじゃないか。ありがとうマリン!」
 拳を突き合わせ笑いあう二人。 
「リオンにはこれー、はい、蛙の置物ー。」
「マリン、ナイスだぜ!! コレクションがふえたー♪」
 リオンは蛙コレクションが増えて上機嫌だ。
「あ、ゴードンさん達は? 依頼?」
「そうだよ、二日後には帰ってくると思うから、その時渡しておあげ」
 女将は上機嫌で話す。

「…で、時にガント?」

 女将がソファーの端っこに座っていたガントに声をかける。
 それと同時に全員がガントに注目する。
「話によると、マリンを彼女にしたって事で良いのかい?」
 照れながら頷くガント。
「ついに『今昔亭』でカップル誕生かー」
 モースはにやにやしながらガントに絡む。
 頷きながら女将がボソリと言う。
「一応釘を刺しておくけどね、ココでアレな事しちゃだめだからね」  

「しませんよっ!!」
「やんないですよっ!!」

 二人同時に叫ぶと、周りが大爆笑する。
「なぁ、エロい事すんの? ガントー?」
 興味津々なのか、リオンがガントをつっつく。
「しねぇよ、黙れちびっ子」
 リオンを押さえつけぐりぐりと反撃すると、ぐあああああと言う悲鳴がロビーに響く。
「どうしようかねぇ、二人での任務も減らすかい?」
「そりゃ可哀想だ、女将。そんぐらいゆるしてやろう。二人とも仕事は優秀なんだ」
 モースが真剣な顔で女将に話す。 
「まぁ、仕事は油断したら死ぬだけだ。そんな馬鹿はしねえよな?」
 クロフォードもニヤニヤしながらガントをつっつく。
「ま、カレイドも近くにいるしなぁ、アホな事はできんよな」  

 あれからカレイドは、チークに着く直前まで一行について来て大変だったのだ。
 油断すればマリンに近づくしで、移動する三日間、ガントはほぼ不眠の状態でチークに
帰ってきたのだ。
 カレイドはチークの隣町のハーレンに拠点を置く事にしたらしいが、油断はできない。

「あ、女将さん! 明日からまた仕事バリバリするからね! 何か依頼来てる?」
 マリンはカウンターに行って、依頼帳を覗き込む。
「たしか、三合目でウサギが大量発生したらしくてね、降りてきたら危ないからって町長
から駆除以来が来てたよ。やるかい?」
 女将がマリンの元へ行って、帳簿を指差す。
「だ、だめだ! そんな危ない依頼! 首を飛ばされたらどうする!」
 すかさず突っ込むガントにアレイスが噴出す。
「ちょ、前から心配症やとは思っとったけど、なんや過保護になったな、お前」
 焦るガントの様子に、クロフォードも乾いた笑いを浮かべる。 

 三合目にいるウサギは結構凶暴で、その鋭い前歯で首を飛ばそうと飛び掛ってくるやつ
がいる。
 飛ばされればもちろん即死だが、それさえ気をつければマリンにとってはどうという敵
では無い。

「大丈夫だよガント、私これするー」
 帳簿に『マ』と印をつけるマリン。
「んじゃ、がんばってね。50も狩れば落ち着くだろうから」
 女将も承認印を押し、ノルマ50とメモを残す。
「マリンっ! おちつ……」
「はいはい、ガントにはこっちの五合目の植物採取依頼、頼むよ。なんなら行きは一緒に
行けばいいじゃないかい?」
 女将に言われて、黙り込むガント。
「女将さんはやさしいわね、良かったわねー、ガントー」
 メディが小さく笑う。
「はいはーい。甘やかすのはどうかと思いますよー。女将さーん」
「五合目の依頼は結構厳しいからね、ガントには適任だよ。早くお前さんも五合目に一人
で行ける様な立派な剣士になっておくれよ」
 ひやかすリオンに女将は言い聞かせる。
「了解ですよー」
 ガックリするリオンをクロフォードがぐりぐりと撫でる。
「じゃ、女将さん! 私、用意してくるねー! おやすみなさーい!」
 元気よく階段を駆け上がるマリンを女将さんが見送る。

「さ、リオンも上にあがれよ? 俺様達はこれから大人の時間だからな」
 クロフォードは棚にある自分用の酒のボトルを取り出し、栓を抜く。
「な、なんだよ、皆で酒盛りか!?」
「リオン、酒に弱いからなぁ、しゃーないやろ」
 アレイスが手際よくグラスを並べる。
「リオン、一緒に上に上がるか」
 立ち上がるガントをクロフォードが掴む。
「行かせねぇよ、てめぇをいじるために飲むんだからな」
「あ!? ちょ、こらやめっ!! うおぉお!?」
 アレイスとクロフォードがガントを羽交い絞めにし、ソファーに無理やり座らせる。
「私達、首都では大変だったものね。これくらいいいんじゃない?」
 メディもノリノリでグラスに酒を注ぐ。
「うっわ、楽しそうに! 俺も! 俺も参加するって!!」
「はっはっは、若いのはいいなぁ!」
 モースが楽しそうにグラスを高々と上げる。

「じゃ、かんぱーい!!」

 女将の音頭で、酒盛りが始まる。
 リオンも強引に参加し、一緒に飲み始める。
「俺は明日仕事だっ!」
「うっせぇ、お前が酒に強いのは皆知ってんだよ、黙って飲め」
「んぐあっ!?」

 『今昔亭』のにぎやかな夜は更けていく。
 また明日から、いつもの変わらない日常がはじまるのだ。




おわり


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