☆桃兎の小説コーナー☆
(07.10.12更新)

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 レスは日記でしております〜。




 ドラゴンマウンテン 
 第一話




「きゃー! やったぁ〜!! 初めて依頼が来た、来ちゃったのよ〜!!」


 ドラゴンの住まう山のふもとの町、チーク。
 そのはずれにあるレンジャーの集う宿屋『今昔亭』から元気いっぱいの声が響く。
「よかったなぁ、マリン」
「”魔法使い”としては、初の依頼かい」
 髭のオヤジやガタイのいい鎧の男達に頭をなでくりまわされて、マリンと呼ばれる女は
照れて俯いた。
「うぅ、長かった。十七にしてようやく魔法使いと認められたのよぉ…!」
 マリンの長いポニーテールが喜びを表すように、ぷらぷらと揺れヘソだしミニスカート
からはちらちらとスパッツがみえている。
「で、どんな依頼なんだい?」
「えっとね、うひふふふ、依頼主は遠く南のカートンからきた十歳の少女で、山の三合目
の崖にある”花”を取りに行きたいんだってさ。往復で護衛してくれる魔法使い一人、お
願いしますって。断崖絶壁にある花だから、”浮遊”のスペルが必要。で、私の出番なわ
けだ〜!!」
「うむ、それなら問題ねぇなぁ!」
「子供連れか、大体往復で三日ってトコだな」
「道中の心配は全然要らないしなぁ!」
 男達は、ばしばしとマリンの背中をたたく。


「魔法使いなんて諦めちまえばいいんだ」


 浮かれムードに水を差すように、後ろからの低い声。
 その声に、喜びに満ちたマリンの表情が一気にムッとなる。
「いくらお前に魔法の才能があっても、肝心の魔力が無いんじゃぁ、なぁ?」
 一八〇を超える身長、ガタイのいい色黒の男。 白い髪をくしゃくしゃとしながら、男は
深い紺色の瞳でマリンを覗き込む。
「お前は絶対、格闘技の方が才能ある。いっつも稽古してやってる俺が言うんだ。間違い
ない」
「〜〜!! うるっさいわね! 折角喜んでんだから、ガントは黙ってて」
「イノシシを片手で吹っ飛ばす女なんて、俺は他に知らん」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 言い返せなくなって、パンチを連打するマリン。 すべてを綺麗に受け流すガント。
「はっはっはっ、いつもどおりだなぁ」
  笑うオヤジ。
「まぁまぁ、ガントも喜んでやれよ、な?」
  慰めつつも、笑いをこらえる男は肩が震えてぷるぷるしている。
「も〜〜〜〜〜!!  みんなまとめて殴るぞ!?」
 マリンはもはや涙目だ。

 マリンは、一流の魔法学校を主席で卒業した実績がある。
 ただし、筆記でのみだ。実技ではない。
 原因は、魔力が極わずかしか体に宿らない体質。
 魔力さえあれば、山にいる中程度のドラゴンなら軽く焼き払えるほどに 自然、精霊を理
解しているし、魔法の知識を持っているというのに。

 魔法少女に憧れたマリンは少女というには微妙な年齢に達し、戦士達に鍛えられたその
腕は、そこらの町の戦士じゃかなわない。
 マリンの願いとは全く反対の方向に、運命は動いていた。

 オヤジが前に出てマリンの手をとる。
「ゆるせゆるせ、ほら、餞別だ」
 マリンの手に、白くきらめく宝石。
 ――いわゆる魔石だ。
「ふぁああ!! ありがとう! モースさんっ!!」
 再び満面の笑みに変わるマリン。
 そう、マリンにとって魔石は何よりもの宝物。 魔力の無いマリンは、魔石で魔法を発動
させるほか無いのだ。
「ねぇ、モースさん、コレ高かったんじゃないの? 凄い魔力秘めてるよ?」
 嬉しいような、困ったような顔をするマリンに、モースは明るく答える。
「心配するな、念願の魔法使いデビューなんだ。今までの戦士として護衛を頼まれたのと
は訳が違うだろ? 俺も嬉しいんだよ。そんなに気にするなら、出世払いでokだ」
 にっと笑って親指をたてる。
「もう…、だいすきだー!!」
 モースに激しく抱きつくマリン。
「甘やかすのは、命取りだ」
 ちくりと一言ガントが言っても、もはやマリンの耳には届かない。
「明日の依頼は、ばっちり決めるからねー!」
 外に向かって走り出すマリン。
「買いだし行ってくる〜!!」
 もう、『今昔亭』にはマリンはいない。すばやいのだ。

  残った男達は、それぞれの依頼書に目を通しだす。
「あのマリンに”魔法使い”として依頼か、この宿に身を置くようになって2年かかった
んだな」
「この山は、戦士の方が需要があるからなぁ。魔法の効かない区域もある。それにここに
くる連中は、大体ドラゴン目当てだからな」
 男達の依頼書には、『中腹のドラゴンが出る所まで案内してくれ、倒して名を上げたい』
とか『魔法の調合にドラゴンの糞がいる。一緒に探してくれる戦士を数人探している』と
か書いてある。
「無駄だ、絶対格闘家や戦士の方があってる。戦士としてはまだまだだが…。素質はある。
それに雇い主は、マリン一人しか雇わないんだろう? あいつまだ一人での依頼なんて受
けたことないじゃないか」
 ガントはまだ納得いかないようにつぶやく。
「三合目までだろ?たいしたモンスターも出ないだろうし、出たとしても力はあるし、い
ざとなったら魔法だって使えるだろうしな。あの崖だって、魔法さえ使えれば問題ないだ
ろう」
「そうだよ、そんなに心配なら付いていってやればいいじゃないか」
 予想外の答えに、ガントは変な表情になる。
「金が出ないんだ、行かん」
 そういって、立ち上がるガント。
「おーい、ドコいくんだ?」
「買いもんだよ。」
 買い物に出たガントに、 『やっぱりな』と、宿から笑い声がもれた。

     1

「すみません、昨日、魔法使いのマリンさんに依頼したレイシーです」
 大きなリュックを背負った少女が、宿のカウンターに話しかける。
 皮のワンピースに古びた靴。金色の髪は、きちんとみつあみにしてある。
「あぁ、昨日のお嬢ちゃんだね?」
  宿の女将のカンナが、明るく答えた。
「あの…、マリンさんは、引き受けて下さったんでしょうか……」
「ふふふ、大丈夫さ、喜んで引き受けますってさ。浮遊の魔法も使えるし、腕っ節だって
いいから、お嬢ちゃんの依頼をちゃんとこなすさ」
「…、魔法使いなのに、うでっぷし……?」
 レイシーはよく分からないという感じで、首をかしげる。
「女将さんっ、マリン、準備できました〜!」
「お、うわさをすれば」
 ウエストポーチにリュックを背負い、軽やかに階段を駆け下りてくるマリン。
 マントを羽織って、いかにも魔法使いらしい。
「あ、このお嬢さんが依頼主? どうぞよろしくね」
 小さな手をとって握手する。手は傷だらけ。ココまで来るのも苦労したのだろう。
「ハイ、どうぞよろしくお願いします。これ、前金の五〇〇ルートです」
 五〇〇ルートあれば、二週間は生活できる。 こんな大金を出すなんて、少女にとってよ
っぽど大事な事なのだろう。
 自然とマリンに気合が入る。
「じゃ、行ってきます女将さん!」
「緊急用の花火、持ったかい?」
「ちゃんと持ちましたよ! じゃ、今度こそ行ってきます!!」
 女将は軽く手を振り、いつものように見送った。
「無事帰ってくるんだよ」



 町を抜けて、森に入る。
 曇りの多いチークだが、今日は珍しく天気がいい。
「あの、引き受けてくださってありがとうございます。三合目まで単独でいける魔法使い
は、今はマリンさんしかいないって女将さんに言われて……。一人分しか雇えるお金が無
くって困ってたんです。でも、一人で大丈夫なんて、きっと凄い魔法使いさんなんですね」
 ”凄い魔法使い”といわれて、マリンは少し困った表情になる。
「ううん、魔法使いとしては、すごいんだか、すごくないんだか」
「?」
「いや、気にしないで、ちゃんと依頼はこなすよ。ところで、この街まで、まさか一人で
……?」
「いいえ、街までは他の人に護衛してもらったんですが…。”山”までは行ってくれない
って…。なんか、あそこは特殊だから、行きたくないって」
「特殊、ね」

 特殊。

 この山は、一般の雇われ者が足を踏み入れたがらない理由がある。
 一つはドラゴンが無数に住まう山だと言うこと。奥に行けば行くほど、とんでもないド
ラゴンが出てくるといわれている。
 迷いの森なんて名前の付いた、慣れてないと道が分からなくなる森、魔法の使えない場
所、他にもたくさんの嫌な場所がある。
 だからこそ、ふもとの町のチークで、山に用のあるものは専用のレンジャーを雇う。
 荷物持ちから、護衛、道案内まで、何でも引き受ける。レンジャーは山を知り尽くして
いるのだ。

 もちろんマリンもレンジャー登録している。
 正式なレンジャーになってまだ二年目なので、単独で道が分かるのは三合目くらいまで
だが熟練クラスのレンジャーについて五合目あたりまで行ったこともある。ほとんど毎日
山に行くので、道やなんかは体に叩き込まれている。

 迷い無く道のない森を進むマリンに、レイシーは必死について行く。
 少女の足を気遣い、いつもよりゆっくりと歩を進めるも、それでも少女の足ではきつい
に違いない。
「レイシー、もう少しゆっくりいく?」
「大丈夫です、頑張ります」
 健気に頑張る少女に、マリンはきゅんとなる。今日は森の精霊も機嫌がいいように感じ
る。きっとこの少女のせいだと振り返ると、やはり少女の周りに精霊の気配を感じる。
 でもマリンには、精霊を見ることが出来ない。
 魔力が僅かしか無いせいだ。
「もう少しで休憩できる場所に着くからね、頑張って」
 浅く頷くレイシーの異変に、まだマリンは気付いてはいなかった。



 ドラゴンの住む山の森は深い。
 日の光もほとんど通らないので常に薄暗く、無数の木が生えているせいで地面は根っこ
に隠されてほとんど見えないくらいだ。
 この森の木は生命力にあふれていて、たとえ木を伐採して道を作っても三日もあれば道
は根っこで再び覆われて消えてしまう。
 道の作れない森。
 故に迷いの森。
「ぷはっ、お姉ちゃん、お水美味しい!」
 ようやく一息つける場所にたどり着いた一行は、近くを流れる小川の水で一休みだ。
 透明で冷たい水。自然が作り出す最高の贈り物だ。
「でしょ? 私もここの水大好きなのよ。ふぅ、ここでちょうど森の半分。今ちょうど昼
だから夕方には森を抜けられるよ」
 お昼ごはんのサンドイッチをほおばりながら、レイシーに答える。
「レイシー頑張るね、お姉ちゃん!」
 お姉ちゃんと呼ばれてゆるゆるになるマリン。半日歩く間に、すっかり仲良しになって
しまったのだ。
「お姉ちゃん、”花”、見つかるかな……」
「そうね、崖に生えてる山限定の植物は数種類、今は秋だから大概の花は咲いてるし見つ
かると思うよ」
 そういえば、何の花を探しているのか聞いてない。マリンは慌てて聞き返した。
「”花”って何の花なのかな? 薬草用のグリンミントとか?」
「えっとね、じつは名前が分からないの…。でも、どんな花かは知ってるの。白いふりふ
りで、バラみたいにぎゅってなった、小さな花なの。んでね、ドラゴンマウンテンの崖に
あるんだ、って……」
 マリンにはその花に心当たりがあった。
「”フリルリボン”か。希少種だなぁ」
 マリンはリュックから手のひらサイズの小さな本を出し、使い込まれたその本を慣れた
手つきでめくっていく。
 本には『ドラゴンマウンテン・レンジャー用』と箔押ししてあって、小さい本ながらも
なかなか立派に見える。
「ん、コレだ。見てみて? これ?」
「きっとこれだ!探してるのはこれ!!」
 そのページには精密に描かれた可憐な花の絵とともに、説明文が書いてある。
『フリルリボン、希少種。その見た目のよさで一時期乱獲され、数が減っていて保護対象。
現在は3合目の崖にのみ分布』
「うぅ〜ん、保護対象か。 摘んで帰れるだけの数があるかなぁ」
 山の動植物を管理しているのは、レンジャー達である。無謀な冒険者達から希少な動物
や植物を守るのも、仕事のうちだ。
 よほど腕が立たない限り、一般の冒険者も足を踏み入れないこの山だが、それでも密猟
は後を絶たない。
 絶滅という最悪の事態を止める為に、レンジャー達は場合によっては命すら賭ける。
「摘まなくても……いいんだよ? 見れたら、それでいいの!」
 希少種だと聞いて、妥協するレイシーにマリンは微笑む。
「大丈夫よ、心配しなくても。ルールがあってね? 規定以上の数を確認できたらレンジ
ャーなら採取しても大丈夫ってなってるのよ」
 実際、それを利用して生計を立てているレンジャーも居る。
 貴重なものを大丈夫な数だけ町へ持って帰り、必要としている者に売る。
 そのことで、むやみに山に人が入ることもなくなるし、自然も守れる。
「よかったぁ…!」
 嬉しそうにレイシーは足をパタパタさせる。
「さ、じゃこの森を抜けちゃおう! 夕方までに出られないと、森のモンスターに食べら
れちゃうわよ?」
「ああん、食べられるのは困るっ!!」
 レイシーは慌ててリュックを背負いなおし、マリンを引っ張った。
「うん、私もかじられるのはやだなー」
 そう笑いながらも、少しマリンは嫌な感じがしていた。
 ココまで、一匹もモンスターが出てきていない。
「…、ホント、かじられるのは勘弁だしね」
 小さくつぶやき、周りの気配を探る。やはりモンスターがいない。
 マリンは警戒を強めつつ、方向を確認し、再び歩き出すのだった。



 森は後半に向かって急な坂のようになっていた。森の最後の難関だ。
 深い森を越えれば、そこにはレンジャー達の使う山小屋が建っている。今日はそこで一
晩過ごす予定だ。
「レイシーね、山小屋初めて! どんななのかな」
 つらい森の坂道でも楽しそうなレイシーに、思わずマリンも気分が楽になる。
「山小屋はね、結界がはってあってモンスターが近寄れないようになってるんだよ」
「おー!」
「中にはノートがあって、レンジャー同士がやり取りするんだよ。絵の得意な人は絵を残
していったり、詩を書いていくレンジャーもいてね? それ見るのがまた楽しみなのよ。
んで、その詩なんだけど、ものすっごい乙女チックなのよ。で、書いてるのが熊みたいな
がちがちの戦士でね。もう、その似合わなさっぷりが面白いんだから!」
「み、見たい…!」
 和やかに談笑していると、足取りも軽い。
「うん、もうすぐ出口だわ。思ったより早くつけたね」
 時刻は四時頃だろうか、木のむこうから光が差してくる。
「この先よ」
 レイシーは走って「一番乗り〜!」と森を抜けていく。マリンも後を追い森を抜ける。


「うわぁああああああああああああ!!」


 森を抜けると、そこははるか向こうの山まで続く草原と岩場の傾斜。
 振り返ると足元には森が広がり、町は小さくなっていた。
「森ぬけたー!!」
 両手をあげて喜ぶレイシーの頭を、マリンはやさしくなでる。
「頑張ったねレイシー。なかなかいい足してるよ」
 マリンが初めて山に登ったときは、ただの魔法使いだったせいか体力が無くて、足が痛
くて痛くて一日がかりだったのだ。素直にレイシーに感心してしまう。
「さ、あっち見てごらん、ほら山小屋が……」
 
 次の瞬間。  

 強烈な気配に、マリンは身構える。
「いい? レイシー。このリュックもってあの山小屋まで全力で走って。いいわね?」
 何事か分からないレイシーは、マリンのリュックを預かり目を真ん丸にして怖い顔にな
ったマリンを見つめる。
「行って!!」
 わけも分からないまま、レイシーは全力で走った。
 森を抜けたあとの足が悲鳴を上げるけど、そんなこと気にしてられない気がした。
「はぁっ、はぁっ、おねえちゃっ……?!」
 振り返ると、マリンは森の一点を見つめ、じっとしている。
 視線の先で、何か木が揺れている。
「何もモンスターが出ないと思ったら……、コイツのせいだったのね」
 揺らめく影。
 それは巨大なマッドボアだった。

     2

 ごつごつした体、大きなブタ鼻からは雫がたれ、口からはみ出す牙はまっすぐマリンに
向いている。
 マッドボア、イノシシのモンスターの親玉で、迷いの森では一番強いであろうモンスタ
ーだ。
 同じイノシシや他のモンスターからもからも恐れられる存在で、個体数もそこそこ確認
されている。人の二倍はあろうかという体躯は恐ろしく、足は地面を不機嫌そうに蹴って
いる。
 そして、ぎらついた目はマリンに向かって見開かれていた。
「あー、こりゃ戦闘回避むりだなー。なんであんなおこってんのかわかんないけど、やら
れるわけにはいかないし」
 マントをはずし、身軽になるマリン。その下はいつものミニスカスパッツないでたちだ。
「出来れば使いたくないんだけど」
 そういいながら、マリンは魔石の入った腰のポーチを探る。
 魔石は高価だ。自分ではなかなか買える代物ではない。が、買わないで入手するとなる
と、遺跡なんかに潜って探すか、ドラゴンのお宝から頂くくらいしかない。
 昨日モースからもらった魔石なんかは立派なムーンストーンで、かなりの高価なものだ。
使う気になれない。
 とりあえず手持ちの赤い魔石の指輪を左の人差し指にはめ、 両手に無骨な金属をはめる。
「お姉ちゃんのあれ…、ナックル??」
 遠くから見ていたレイシーは、魔法使いから程遠い武器の出現に疑問を隠せない。

 ぶぉおおおん!

 森から響くボアの声。
「!?」
 初めてモンスターの存在に気付いたレイシーは、 突然のボアの嘶きにびくっとなる。
「た、倒せるかな、魔法なしで…」
 実は、マリンはこのマッドボアと戦ったことが無かった。
 普通にしてたら会うことの無い出現率の低いモンスター。
 魔法を使えば余裕でいけそうだが、なんせマリンは魔石を使いたくない。
 魔石の中の魔力分だけ魔法を使えば、魔石は崩壊すしてしまうのだ。
「いけるとこまで、拳でがんばってみるか…。うぅ、魔法使いらしく魔法使いたいのに…」
 ボアは「ぶうぅん!」ともう一度唸ると、マリンにめがけ突進してきた。
「あぶないっ!!」
 思わず目をそらすレイシー。  

 恐る恐る目を向けなおすと、そこにはボアに顔面パンチを食らわすマリンの姿があった。

「…え」
 振りぬかれた拳がクリーンヒットし、巨大なボアがバウンドする。
 ボアは一瞬何が起こったかわからない顔をしたが、すぐさま体勢をたて直し、再び突進
を仕掛ける。
 マリンは素早く下に回り、「ふんぬっ!!」と一声、顎に一撃食らわせた。
 予想外の下からの攻撃にボアはひっくり返り、もがいている。
「お、おねえちゃ……」
 予想外の光景に、思考が止るレイシー。あの細い腕のドコにそんな力があるのか。
 もがくボアは再び起き上がり、怒りのままに前足で地面を掘っている。
「あちゃー、だめだ、効いてないだろな…。アレじゃ、ボアを動かしてるだけだぁ」
 マリンは冷静に情報を分析してみるも、改めて自分の無力さを実感する。

 いや、ボアを転がせるだけでも凄いはずなのだが。

 しかし倒せなければ意味が無いのだ。
 依頼主を守れなければ意味が無いのだ。
 ここでもし負けたら、次のターゲットは確実にレイシーになる。
 いくら山小屋が結界で守られてるとしても、ボアのタックルに耐えられないかもしれな
い。
 マリンは少し涙目になりながら、赤い魔石をなでた。
「怒れる炎よ、精霊よ、呼びかけに応じ、武器となれ」
 早口で、何か聞き取れない言語を口にするマリン。指先は空中で絵を書くように舞って
いる。
「ま、魔法だ」
 レイシーは我に返り、マリンを見つめる。
 マリンの指先に集まる火。火は大きくなり、炎に。

「行け!」

 人差し指の魔石が大きく輝き、指さす方向に炎が走る。
 一瞬で炎に包まれたボアは「うおぉおおん!」と唸り、地面を転がる。
「無駄よ。その炎、その体を焦がすまでは消えないし、他の何にも燃え移らないわよ」
 冷たい目線でボアを見るマリン、その人差し指からはさらさらと赤い宝石が姿を消して
いく。
「あうぅうう……」
 消える魔石に手を伸ばすも、さらさらと空に散っていく魔石には、もう手が届かない。

 その時だった。

 炎にやかれ、苦しむボアが、強引に立ち上がりマリンに迫ってきたのだった。
「お姉ちゃん!!」
「!?」
 魔石に気をとられすぎた。
「威力足りなかったか!?」
 久しぶりの魔法の発動に、調子が狂ったのかもしれない。
 ボアの突進はもの凄く早い。
 ボアはもう、マリンの目の前だった。逃げることも、攻撃も出来ない。


 ガオンッ!!!!


 大きな鈍い音とともに、ボアは吹っ飛び、息絶えた。

「大馬鹿者め! 油断して死ぬ気か!」

 聞きなれたその低い声。
 色黒の巨体、白く銀色に輝く髪。
 ガントだった。

     3

 山小屋の暖炉に暖かい火がともる。
 レイシーは冷え切った手をかざし、チラッと後ろを見る。

「……!」
「…………!!」

 大きな男の人に、お姉ちゃんがお説教されている。
「お姉ちゃん……」
 男の人が立っていて、お姉ちゃんが正座して座ってると男の人がより大きく見えて、こ
わい。
 あんなおっきな魔物に物怖じせず向かっていったお姉ちゃんはかっこよかった。
 だから許してあげて欲しい。
 そうレイシーは思っていた。
「全く! 何のための餞別だと思ってるんだ! モースが緊急時のために渡してくれたんだ
ろうが!」
「……」
 返す言葉も無いのか、マリンはじっと黙っている。
 マリンはよく分かっていた。山の恐ろしさも、魔物の恐ろしさも。
 ただ、経験不足だった。ボアの出現とボアの体力が予想外だったのだ。
「あれほどいつも、確実に止めを刺せといってるだろう! 初めて会うモンスターの場合
は尚更そうだ! 中途半端な魔法しか唱えないなら本当に魔法を諦めてしまえ!」
 人の命を預かる仕事だ。厳しくなるのは仕方ない。
「全く、俺がいなかったらお前は…、突進くらって、怪我して…、まぁその後ボアは炎で
息絶えただろうが、お前が怪我したら依頼主はどうなる! いくら予想外の……!」
「もうやめて…!」
 レイシーはマリンに抱きついた。
「きっとお姉ちゃん、分かってるって!」
 レイシーの言うとおり、マリンは痛いほど分かっていた。
 だからこそ、何も言い返せない。

「…、でもね、なんでお兄さんあそこにいたの?」

「!」
「!?」

 そうだ。町で非番のはずのガントがなんでここに。
「な、なんだ、その、あれだ、山の様子が変だったから、ちょっと来てみたんだ、本当だ」
 本当だけど嘘だ。マリンはちらっと横を見る。
 ガントがいつも愛用してるバックパック。
 その中には、どう見てもちょっと来てみたレベルじゃない荷物が入ってる。
 遠めで見て、三日分くらい。
 ガントはやたら野生の感が鋭いから、山が変だったというのも本当だろう。
「あー、ちょっと様子見てくる!」
 ぎくしゃくと動きながら、外へ出て行くガント。 残される二人。
「…、ぷふっ」
 沈黙に耐え切れず、マリンとレイシーは噴出してしまった。
 マリンは、ガントの優しさが嬉しかった。そしてまた、レンジャーとしての未熟さを実
感したのだった。

     4

 二日目。
 外は穏やかで、昨日に引き続き天気がいい。
「んぅ」
 レイシーが目を覚ますと、横にあったはずの二人分の寝袋がない。
 寝過ごしたかと思い、時計を確認するも、まだ五時半だ。
「六時まで寝てていいからね」
 そう、昨日マリンは言っていた。
 足元を見るとバックパックにリュックと、備え付けの場所にきちんと片付けられた寝袋
があった。
 なんだか目が覚めてしまったので、同じように寝袋をたたみ、身支度を整える。
 台所の手押しポンプを押し、水で顔を洗う。
「ひぅ、冷たい…!」
 まだ冷たく感じることが嬉しくて、もう一度洗う。

 ぱしぱしぱし!!

 外から聞こえる音に、ふと気付く。
 顔を拭いて、ちらっと外をのぞいてみると、ガントに向かってマリンが拳を繰り出して
いる。
「ゆるい。左手がおろそかになってるぞ」
 繰り出される拳を右の腕一本ですべて受け流し、落ち着いた低い声で話すガント。
 どうやら稽古をしているようだ。
「お姉ちゃんがんばれー」
 小さく独り言のようにマリンを応援して小屋に戻り、昨日見損ねたレンジャーノートを
見ようと、手を伸ばす。
 革の表紙の『no.181』と書かれた部厚いノートにたくさんの文字が書かれている。
 一番古い記録は三年前だ。

『三月二十一日 レンジャー・クロフォード、山小屋を使用。
        依頼主ライン公含め、十五人でここを使用。
        これより下山、無事ドラゴンの羽を入手』

 と、ある。一番新しい記録には、

『十月三日   レンジャー・マリン・ローラント、山小屋を使用。
        依頼主、レイシーと共に。
        近くでマッドボアが出現。これより三合目の崖を目指す』

 と、ある。小さくてくっきりしたマリンの字がなんだか可愛い。
 で、その下に走り書きのように、

『十月三日   レンジャー・ガントレット・アゲンスタ、山小屋使用。寄っただけ』

 と書いてある。
「ぷぷふふうううう!!」
 レイシーは笑いをこらえきれず、ふきだしてしまった。


「あ、レイシー、起きてたの?」
 マリンがレイシーに駆け寄る。外は涼しいのに、マリンは汗でぐっしょりだ。
「はい、タオル!」
 すっと差し出されるタオルに驚くマリン。
「あ、ありがと」
「えへへ、実はちょっと前に起きてて、お姉ちゃん達を見てたんだよ」
「や、やだなぁ、もう。へちょい所、見られちゃったなぁ」
 マリンは照れたように顔を隠す。
「最初ね、お姉ちゃんが昨日のほうふくしてるのかと思ったけど、稽古だったんだよね。
かっこよかったよ!」

 ぶふー! と、激しく噴出すマリン。
 いったいどこから報復なんて単語が出てきたのか。

「ほぅ、それで今日の右パンチは力が入ってたのか」
 ニヤニヤしながらガントが入り口にもたれかかっている。
「ち、ちがっ…!!」
 おろおろするマリンを横に、ガントにタオルを渡そうとするレイシーだったが「俺にタ
オルはいらん。俺は立って受け流してただけだ。汗なんてかかん。」と断られた。
 確かにガントは全然汗をかいてない。なんだか凄い人だ。
「俺に汗をかかせるようになったら、マリンは立派な戦士だ!」
「や、やだ、戦士なんかならないんだから!! でもいつか汗かかせてやるんだからっ!!」
 なんだか仲良くなった二人を見て、レイシーは嬉しくなった。
「さ、レイシー、朝ごはん食べたら、出発だよ!」
「食いすぎるなよ」
「そっちこそ、バカみたいに食べるんだから食べすぎないようにねー」
「うっるせぇ」
 ……、やっぱり仲良くないかもしれないと、レイシーはため息をついた。


「いざしゅっぱーつ!」
 元気よくマリンの号令で出発、今日は一気に三合目の崖まで行くらしい。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
 困った顔で立ち止まるレイシー。
「どうしたのレイシー?」
「えと……、ガントさんもくるの?」
 後ろの方で、ガントがバックパックを背負って立っている。
「うん、やっぱり山が変だから付いてくって」
「でも、レイシー、ガントさんの分のお金ない…」
 困った顔で下を向くレイシーに、ガントがしゃがみこんで覗き込む。
「心配するな。料金は一人分でいい」
「え…、でも……」
「なんなら残りの報酬の五〇〇を俺が貰う。それでいいだろう」
「ちょ、よくなーーい!!」
 笑いながら歩いていくガント。半泣きで抗議するマリン。
 なんだか、漫才を見ているみたいでやっぱり笑ってしまうレイシーだった。


 二合目からは、比較的楽な道のりだった。足元はふわふわの草原だし、坂も緩やかだ。
 マリン曰く、四合目からは地獄の山道になるらしいが。
「レイシー、左、見てごらん。あれが三合目の崖だよ。」
 左の方を見ると、緩やかな坂の先が断崖絶壁の岩場になっている。下にあるはずの森が
丸々無くなって、崖になった感じだ。
「あそこに”フリルリボン”あるはずだよ、……!?」

 振り返るとレイシーが立ち止まって震えている。

「レイシー!?」
 慌てて駆け寄るマリンに、レイシーは申し訳なさそうに「ごめんなさい…、もう歩けな
いみたい…」と呟いた。
 マリンが慌ててレイシーの手をとる、が、昨日との変わりっぷりにビックリする。
「え…!?」
 手にあった無数の傷が、深くなっている。なんていうか、手が割れてしまいそうなくら
い。
 ひび割れた、そんな表現がぴったりな傷。
「朝からレイシーこんなだったのか?」
「ううん、あ、ちょっとまって…!」
 慌ててレイシーの靴を脱がしてみると、同じように足も膝あたりまでひび割れている。
 見ていて痛々しいくて、思わず目をそらす。
「どうして黙ってたの?!」
「もうちょっと…、大丈夫だと思ったの」
「…コレは、普通の怪我じゃないな。病気でもない」
 何かひっかかるのか、ガントは考え込む。
「どうしよ、ガント、引き返そう……」
「だめ、行くの…!」
 目に涙をいっぱいためて、まっすぐにマリンを見つめる。
「これ、使えば、少し良くなるから……」
 震える手でリュックから取り出したのは……

「魔晶石(ましょうせき)…!?」

 魔晶石は、魔力を結晶にした物で、主に魔法を使う者が回復アイテムとして愛用する物
だ。魔力の器に魔力を注ぐものなので、マリンにとっては役に立たないのだが。レイシー
が手に魔晶石を乗せ、ぐっと握り締めると魔力がキラキラと光になり、レイシーに降り注
いだ。
「んぅ」
 レイシーの体のひびが少し消える。
「ね、まだ大丈夫」
「どういうことだ…?」
 痛々しく微笑むレイシーに、マリンは立ち上がる。
「ガント、お願い、レイシーを背負ってくれる? 急がないと花が……探せない」
「何言ってるんだ!? 原因も分からないのに……」
「原因わかったの。だから急がないといけないのっ! ねぇ、レイシー、一つ教えて? 
何故あの花が必要なの?」
 ガントに背負われたレイシーは精一杯の笑顔で答えた。

「おとうさんがね、あの花をイメージして私を…って言ったの。だから…の前に…見てみ
たかったの、欲しかったの、その花が……」

「分かったよ、ありがとう。絶対に花を見せてあげるからね」

 マリンの表情が真剣なものに変わる。
「あとは崖に着くまで寝てなさい。必ず、花を見せてあげるから……!」


 緩やかな坂を二つの影が移動する。九時を回って、少し雲行きが怪しくなってきた。
「どういうことなんだ、説明しろよ?」
 バックパックの上からレイシーを背負い、坂を駆け上がるガントが先に進むマリンに呼
びかける。
「私に魔力があったら、延命くらい出来たかもしれないのに」
「あ?」
「私もビックリしたけど…、レイシーはいわゆる魔法生物だったみたい」
「ん、ホムンクルス…とかの事か」
 魔法に疎いガントはとりあえず思いつく事を言ってみる。
「そう、多分それ。本来、魔法生物は体の中に一つ核があって、核の中の魔力を原動力に
動くの。レイシーは魔力が尽きかけているの」
「でも、お父さんがとか何とかって……」
「その”お父さん”にきっと作られたのよ、レイシーは。魔法生物は魔力がご飯だからそ
れがなくなると、崩壊する。今は崩壊する寸前」
「じゃぁ魔力を注げば……」
「もうダメだよ」
 悲しそうにマリンは立ち止まる。すっかり眠ってしまっているレイシーをひとなでして、
涙を拭う。
「こんなにひび割れてるとね、後は崩れるしかないんだよ。魔法生物はそれ専門の人しか
修復できないんだよ…。で、きっと、直せるはずの”お父さん”はもういない……」
 涙をぽろぽろこぼしながら、マリンは俯く。

「だから、急ぐんだな」

 ガントが力強く言い放つ。
「俺たちはレンジャーだ。依頼人の願いをサポートするのも役目の一つだ。 行こう」
 こくんと頷き、拳をぶつけあう。
 二人のレンジャーは、全力で走り出した。

     5

 崖まではあっという間に着いた。
 レンジャーが本気で移動しようと思えば、近道を使い体力の限りに動く。
 四時間かかる道のりも、レンジャー単体なら二時間で移動できる。

「レイシー、着いたよ、崖だよ!?」

 今まで眠っていたレイシーは、んう、と目をこすり、こくんと頷く。
「待っててね、今、探してくるから!! ガント、レイシーをお願い!」
 すこし大ぶりの透明な宝石のついた指輪がマリンの指にはまる。
「風の精霊よ!」
 たった一声で、マリンは浮き上がる。
「ちゃんと飛ぶじゃねぇか」
「当然よ! 何言って……」

「マリン」

「!?」
  マリンは急に名前を呼ばれてドキッとなる。
 普段名前でなんて呼ばないガント。意識していないのに、心拍数が跳ね上がる。
「山の様子がやっぱりおかしい、気をつけろ」
「は、はいっ」
 ガントがまっすぐにマリンを見つめる。マリンはガントの深い紺の瞳が好きだ。だが、
その瞳でまっすぐ見られると、どきどきして落ち着かない。
「ん!?」
 ガントの視線が山の方に向けられる。
「いかん、今すぐ最大級に武装するんだ」
「最大!?」
「山がおかしい理由が今はっきりした。お宝好きな生き物が動いていたせいだな。レイシ
ー(魔法生物)目当て…だな、おそらくは」
 ガントの視線の先には、翼を持つ生き物が二匹。
「ワイ…ワイバーンが何でこんなトコに……!?」
 五合目あたりで出てくるはずのワイバーンが、三合目まで降りてきている。
 下級のモンスターは身を隠し、ボアが興奮していたのも頷ける。
 マリンはありったけの魔石を装備し、最後にムーンストーンを手に取る。
「うぅ、でもレイシーの願いを叶えたい…!」
 ムーンストーンを首にかけ、振り返る。
「行って来い、マリン! 急げよ!!」
「了解っ!!」
 マリンは全力で崖を降りていった。


 一五〇メートルはある崖を下りながら、急いで小さな花を探すのは難しい。普通は無理
な事だ。マリンは崖の中腹でとまり、空中で魔法の文字を描く。
 今日のマリンはもう魔法の出し惜しみなどする気は無かった。
「サーチ!!」
 高度な探索魔法を使い、広い崖全体に魔力の帯を放つ。
 腰についていたアクセサリのベルトがはじける。 崖に光る八つの光。
「八つ、一つに花が三つ? えぇと、二十六個、保護数二十五、よし、一つ取れる!!」
 光に向かって飛ぶマリンに、下から風の刃が襲い掛かった。
「シールドッ!」
 風の刃は光の壁にぶつかり、跳ね返り、そこに留まる。
「早いなぁ、ワイバーンは」
 さっきまで遠くにいたはずのワイバーンが、もうそこにいる。
 しかも普通のワイバーンより大きい…。
 昨日のボアよりも一回り大きく、町の教会と同じくらいの大きさに感じる巨体で、軽や
かに空を舞う。
 マリンは素早く呪文を唱え、いかづちを呼び寄せる。
「しばらくしびれてなさいっ!!」
 ワイバーンもいかづちも同じ風の属性どうしだから、あまり足止めは期待できないが花
を摘むには十分だ。八つのうちの一つに狙いを定め、空中を進む。
 崖には、可憐な、白いフリルを集めたような花が力強く咲いている。
「ごめんね、一つ、摘ませてね」
 そっと手を伸ばし、ぷっ……と一つ摘む。
 下で苦しむワイバーンを見ながら、急上昇をかける。体に重くかかる重力がきつい。
 腕の辺りでブレスレットが砕ける。耳につけたイヤリングも消えた。
「レイシー! ガント!!」
 崖の上では、もう一匹がガントと激しくぶつかり合っていた。
「貴様の力はそんなものかぁーーー!」
 なんだか楽しそうにワイバーン相手に素手で向かっていくガントに、マリンは言葉を失
う。
 『あー、ばけもんがにひきー』そんな感じだ。
 ふと我に返って、レイシーを探す。
 ガントの後ろ、崖のぎりぎりの所にレイシーは横たわっていた。

「レイシー、”花”だよ!」

 力なく目を開け、「はなぁ…」とつぶやくレイシーは今にも崩れそうだ。
 浮遊したままレイシーに花を渡し、下から上がってくるワイバーンに向かって呪文を紡
ぐ。
「私のとっておきの呪文、くらいなさい!!」
 右手に風、左手に炎を浮かべ高速で呪文を唱える。
 首のムーンストーンがさぁっと光を放つと同時に、風と炎は大きく合わさり輝きながら
マリンの手の中で大きくなっていく。
「いけっ、レッドサイクロン!!」
 巨大な炎の竜巻にごうっと飲み込まれるワイバーンは、抜け出そうと必死にもがく。が、
風の刃はワイバーンの厚い皮膚を裂き、炎はその傷を焼く。熱風が肺に入り、苦しそうに
大きく口を開けると「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」と大きく叫んだ。
「とどめだぁっ!」
 そういってかざした右手の先には、大きな岩で出来た槍。
「ふんっ!!」
 体を回転させながら岩の槍を放つと、槍はまっすぐにワイバーンに突き刺さり崖の下に
落ちていく。
 しばらくして、下のほうで小さく『ずぅううん』と音がなる。
 その瞬間、パァン! とムーンストーンが弾け、マリンの体をすり抜けて消えていった。
 マリンは、見事にワイバーンを倒したのだ。
「ガント!」
 もう一匹のワイバーンは、と振り返るとなんだかぼろきれのようになって、ガントに踏
みつけられていた。

「あぁ、派手に倒したみてぇだな。よくやったじゃねぇか」

 ワイバーンの血を全身に浴びて、不敵に笑うガントがそこにいた。

      6

「レイシー? 分かる? レイシー?」
 レイシーはゆっくり目を開けた。
「うん、分かる……」
 顔までひび割れて、それでも笑ってみせるレイシーの手を、マリンはしっかり握る。
「ほら、”フリルリボン”だよ!」
 レイシーは小さな花びらを小さな指でつつく。
「きれい、可愛いね。……、お父さん、コレ見てこれそっくりにレイシーを作ったって、
そういってたの。あとね……」
 そういうとレイシーは、花びらをかき分け、真ん中の部分を開いて見せる。
「これ、まんなかの…これ、種なんだよ? この種、レイシー、なんだって」
 意味が良く分からなくて、顔を見合わせるマリンとガント。
「おね、ちゃん、おはな、みせてくれてありがとう、りゅっくの、なかの、ぜんぶ、あげ
る」
「うん、あ…ありがとう」
「がんとさん、おねえ、ちゃんとけ、んかしちゃ、だめだよ? すき、なんだったら、も
っと、す、なおに…」
「!!?」
「!?」  

 レイシーはそう言うと、さぁっと砂のように崩れ、その顔あった場所の中心には核が残
った。

「この核…、”フリルリボン”の種だ」
 マリンは残された二つの種をぎゅっと握り締める。
「レイシー……!」

 あまりに切ない、マリンの初めての魔法使いとしての依頼は、こうして終わったのだっ
た。

     7

「ガント、動ける?」
「あー、動けねー」

 アレから二日。 『今昔亭』のロビーの隅で、ぐったりする二人がいた。
 あの後、マリンの巨大な呪文に気付いたレンジャー連中が心配して駆けつけ、泣きつか
れたマリンと血まみれで動けなくなっていたガントを発見、二人を街まで連れて帰ってく
れたのだ。
 帰ってから、マリンは大きな呪文を使った反動等で激しい筋肉痛に襲われ、ガントは、
ワイバーンの毒素を含んだ血を大量に浴びたのが原因で、体がしびれてまともに動けなく
なってしまったのだった。
 レンジャー仲間からは、ワイバーン殺しの名が与えられたり、お見舞いに果物をもらっ たり。
 そうこうしてるうちに、二日たったというわけだ。

「はぁ、早く毒抜けるといいねー」
「あー、お前もなー」
「…、なんかガントやさしくて、変」
「んだよ」
 レイシーの最後の言葉を思い出し、少し照れて俯く二人。

「おぅ、どうだい、お二人さん!」
 モースが両手にメロンを持ってロビーにやってきた。
「ほれ、くえくえ、お前さん達の元気がないと、静かでいかん」
 腰からナイフを引き抜き、豪快にメロンを切り分ける。
「例の嬢ちゃんリュックの中身、確認したのか?」
「うん、残りのお金と、あと本が入ってた。魔術の本」
「そうか」
「ところでだな、マリンの抜いてきた花ってなんだっけか」
 そういいながら、メロンを口に突っ込んでくれるモースさんはいい人だ。
「フリルリボンですよ〜」
「あぁ、それな? 上から帰ってきた連中が言うには、保護数割ってるって言うんだよ」
 口からメロンがポロリと落ちる。

「えぇ?! 保護数二十五だよね!? サーチした時に、八つ、一つに花が三つってでたから
……って、ああああああああああああああああああああああ!!」

「てんめぇ馬っ鹿か、算数間違えたのかよ」
「あああああああああああああああああああああああ、ごめんなさいごめんなさい! や
だもう、恥ずかしい! いやぁあああああああああああああ!!」
「おいおい、こりゃレンジャー見習いに格下げだな!」
 豪快に大笑いするモースに、冷た目で見るガント。
「見習いだけは許してぇええええええええええええええ!!」
「仕方ないねぇ、じゃ、その手に持ってる二つの種を崖に埋めてきたら許してあげるよ。
今すぐに〜」
 女将の容赦ない一言。
「えええええ、今すぐは無理ですよ〜!」
「俺はついていかねーぞー」
 マリン涙目、ガント知らん振り。
「うわ〜ん! レイシー!!」


 二つの種に涙が落ちる。
 種は大地に抱かれ、水のやさしさを得て、季節を超え、きっと綺麗な花を咲かせる。
 レイシーはきっと、あの崖に帰るために来たんだ。

 そう思うと、早く崖に連れて行ってあげたいマリンだったが、いかんせん体が動かない。

 しばらくはこの『今昔亭』でメロンを食べてるしかない、マリンであった。




おわり


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