櫻子さんの足下には死体が埋まっている

 漫画やライトノベルといった作品がアニメーション化されると分かった時、誰もが期待するような映像になっているのかを考える。ここで期待を上回るような映像が飛び出してくれば、原作をずっと読んできたファンとして誇らしく思うだろうし、アニメの評判が原作に逆流して、売上が増えてシリーズが続けば、作者とともにその恩恵を享受できる。

 逆に期待を裏切るようなできだったとしても、元からの原作のファンはそれを読み続ければいいだけのこと。とはいえ、アニメを見てつまらない作品だと思われるのはやはり心外だろう。せっかくアニメ化されるなら、原作の面白さをしっかりと捉えているか、それ以上の凄さを見せてくれる方が誰にとってもありがたい。そういうものだ。

 もっとも、漫画とライトノベル、そして小説とではアニメ化された時の判断基準にいろいろな差があったりする。漫画が原作のアニメの場合は、最初から絵があって、それによってストーリーが描かれているから、アニメとしてどんな風に動くのだろうか? といった方へと興味が向かう。しっかりと動いているか、見ていて面白いかが判断がしやすい。

 これが小説を原作にしたアニメの場合は、表紙などにイラストが使われていないこともあって、どんなビジュアルでキャラクターや世界観が描かれるのか、といった部分が気に掛かる。例えば森博嗣のミステリ作品「すべてがFになる」。2015年10月に「おやすみプンプン」で知られるマンガ家の浅野いにおさんによるキャラクター原案でアニメ化されていて、とても独特の雰囲気を醸し出している。

 浅田寅ヲの漫画版が、「髪はボサボサながらも固めてあるのか先がツンツンと三角に尖り、目つきも鋭い上に角の鋭いアンダーフレームの眼鏡をかけ、無精ひげどころか唇の下に生える髭をチョロっと残した忌野清志郎的面構え」をした主人公になっているのと大きな違いだけれど、原作に描かれた犀川創平のイメージは浅野いにおに近いかもしれない。淡々とした中に鋭敏な推理が潜む映像は、21世紀の「すべてがFになる」を表していると言える。

 この「すべてがFになる」と同じく、」2015年10月からテレビアニメ版の放送が始まった、「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」(KADOKAWA、520円)から始まる太田紫織のシリーズは、鉄雄によるカバーイラストが原案にあって、痩身で長髪の九条櫻子というヒロインのビジュアルを、少しばかり目つきを険くし、シニカルな笑みを持たせているものの、ほぼ踏襲する形で映像化している。

 なおかつアニメ版は、名家の令嬢でありながら、動物の死体を加工して骨格標本を作る標本士として活動している櫻子さんという特徴のありすぎるキャラクターを、小説から漂ってくる、明晰で、傍若無人なところもあって、それでいて可愛らしいところもあるといった印象を裏切らず、想像以上のビジュアルによって表現している。伊藤静による声もばっちり。原作ファンも一安心といったところだろう。

 あとはストーリーがしっかりと描かれているか。KADOKAWA文庫として「櫻子さんの足下には死体が埋まっている はじまりの音」(KADOKAWA、520円)まで8冊が刊行されているシリーズは、北海道の旭川市に住む館脇正太郎という高校生の少年が、やや年上の櫻子さんの助手とも友人ともつかない立場で、櫻子さんといっしょに歩きまわっては死体を見つけ、櫻子さんが持つ叔父譲りの法医学の知識などを駆使して、その死の真相に迫るといったミステリー仕立ての小説になっている。

 旭川から増毛の海岸までドライブし、動物の骨を拾っていた2人が見つけてしまった人骨は誰のものなのか。その人骨を届けた交番で男女の心中遺体が見つかったと聞いて駆けつけた櫻子さんが、手首が結ばれていた状態を見て単純な心中ではないと推理できたのはどうしてなのか。「死体は雄弁だ」という言葉があるように、その後も各所で巡り会った若い母親の刺殺された遺体や、首を吊って遺書も残され、自殺としか思えない遺体から受けた様々な情報や、覚えた違和感を手がかりに、櫻子さんは複雑で奥も深かった事態の真相へと迫っていく。

 そんなストーリーを、テレビアニメは雄大な北海道の風景をバックに、超然と死体に向き合い、関係者の心情などお構いなしに真相を暴いていく美しい女性をヒロインにして描いている。深く思考している場面では、骨になった動物たちが歩き出す映像が現れて、骨格や死体への強い関心を起点に世界を見ている、不思議な女性というイメージが浮かんでくる。「さあ、謎を解こうじゃないか」という決めセリフも用意されて、テレビならではのカタルシスも味わえる。

 このアニメで作品に興味を持って、小説版を読み始めた人は、そうしたビジュアル面でのお楽しみとはまた違って、より深く考察して事件の真相に迫る櫻子さんであり、強引なようで正太郎をいろいろと気にかけている優しさも持った櫻子さんといったキャラクターに触れられるだろう。

 そして8冊まで刊行されている小説では、櫻子さんと正太郎の前に、敵ともいえそうな存在が現れる。姿を見せず、存在すらあやふやながら、少なくない人を死へと追いやっているその敵との戦いを底流に起きつつ、死体から事件の謎を解き明かしていくエピソードが積み重ねられていくシリーズの行方を、これから読み始めた人でもいっしょになって追っていき、悲劇なのか圧巻なのか分からないその結末へと至れる。小説を手に取る今がチャンスだ。


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