拝啓 彼方からあなたへ

 「異人館画廊 盗まれた絵と謎を読む少女」(集英社、560円)の谷瑞恵による、初の単行本が出た。描かれているのは、若い心情ならではのすれ違いがもたらした一種の悲劇であり、大人になりきれていなかった女性が、恋心のようなものを抱いて少しずつ成長していくラブストーリー。少女小説を多く刊行している集英社のコバルト文庫で活躍し、明るくて面白い作品を書いてきた作家だけに、大人の女性が読んでしっくりと来て、男性が読んでも堪能できる物語の書き手でもあったのかと、読んで驚く人も多そうだ。

 そんな、「拝啓 彼方からあなたへ」(集英社、1300円)という単行本は、タイトルが示しているように、手紙が重要なテーマになったエピソードを連ねた連作集になっている。子供のころから手紙が好きで、手紙に関する品々を扱う「おたより庵」という店を営むようになった詩穂の元には、中学生の同級生だった松井響子から「自分が死んだらこの手紙を投函して欲しい」と託された手紙があった。

 引っ越していって音信不通となり、生死も気にもしていなかった詩穂のところに伝わって来たのが、1年ほど前にあったという響子の自殺による死。けれども詩穂は、託された手紙を宛名の人に出すべきか迷っていた、そんな時。店の常連だけれど、いつも怒っているようで、詩穂が苦手にしていた黒ずくめで長髪のぶっきらぼうな男を街で見かけ、避けようとして自転車にぶつかりそうになり、倒れた拍子に響子の手紙を、水たまりに落としてしまった。

 慌てて拾ったけれど、びしょぬれになってしまった手紙を、男が自分が直してやると言って持っていき、詩穂ともども自分の家へと誘う。そこは書道教室。スキンヘッドの男が書道をしていたりして、ソチラ系の事務所かもとすら思ったけれど、やはりちゃんとした書道家だった城山という名の男の手で、手紙はどうにか元通りになる。

 もっとも、きれいに直した時に城山は、中身をチラリと読んでしまっていて、その内容を詩穂に告げる。詩穂は怒りつつ、これはやっぱり届けるべきだと思い至り、手紙を宛名にあった女性に送った。ところが、これは読めないと言われ返さてしまい、詩穂はその女性に会って詳しい経緯を聞く。

 そして分かった響子の過去は、複雑な少女時代に抱いていただろう慚愧が伝わってくるものだった。響子が手紙を出そうとした相手にもあった複雑な感情も分かって、これは受け取れないのも当然かと感じた詩穂は、それでも改めて全文を読んで響子の本意を知り、読むのを拒絶した宛名の女性から、響子への手紙を預かり、響子が自殺したという場所へ行って花といっしょに手紙を手向ける。

 メールのように即時性はないけれど、受け取れば思いが長く残り、書くだけでも思いがそこに言葉で浮かぶ手紙という存在が持つ、不思議で奥深い特質を浮かび上がらせたエピソードを、短編として並べていった単行本。瓶詰めの手紙を長く持って老女の過去を知り、その母への感情、娘への感情を知ってそのもつれを手紙でほぐすエピソード。城山の過去と身辺にまつわる難題を、たった1文字の書によって解きほぐすエピソード。いずれも、手紙なり手紙に類する文字が関わる、そんなエピソードを重ねていった先、詩穂自信も周辺に起こる、手紙が絡んだ不気味な出来事に巻き込まれる。

 さらに2人の男も絡んで来る。1人はもちろん城山で、怖い感じが苦手だったけれど正直さで詩穂を見守る感じがあって、だんだんと心を許していく。もう1人は詩穂のかつての恋人だった男で、彼女が手紙屋の仕事にかまけているのを疎ましく思っている。そこには自分が好きだった詩穂を、仕事に奪われてしまうのではという恐れがあり、自分の庇護者だったはずの詩穂が、自分と対等どころか上に言ってしまうことへの嫉みもあったようだった。

 分からないでもないけれど、分かる訳にはいかないそんな性格の前カレが舞い戻って来て、騒動も複雑化する中で不気味な出来事が起こっては、詩穂自身へと迫っていく。「きょうこ」と名乗る人物が寄せた、不気味な手紙がばらまかれ始める。さらには本当の響子らしい人物によって書かれた、何か事件めいたことが書かれた手紙も舞い込んできた。もしかしたら響子は生きている? それとも…。ミステリアスな雰囲気が立ち現れる。

 ちょっとしたエピソードや感情のもつれがあり、あるいは事件も起こる展開を、城山の示唆や行動が支えとなって解決していくミステリとも言えそうな「拝啓 彼方からあなたへ」。そこで鍵となるのはやはり手紙だ。手紙が心をほぐし、手紙が失われた過去を蘇らせ、そして手紙が事件の解決へと繋がっていく。そんな展開から、手紙って良いものだなあと思わされる。

 物語のラスト、スリリングな展開の中で明かされた真相は実に不気味であり、そして憤りも浮かぶものだけれど、思いこみは時にそうした事態を招くもの。何もかも速度がすべてという現代、高ぶった感情で突っ走りがちだった結果が招いた事態だったしたら、そこに手紙という、ひと呼吸置く思考とコミュニケーションのツールがあれば、誰も悲しい思いをしなかっただろうか。そう考えてみたくなる。

 読み終えたら、きっと誰もが手紙を書いてみたくなるだろう。では誰に? 自分にでも構わない。冷えた頭で少し過去からの自分の言葉を読むことで、見えなかったものが見えてきて、分からなかった明日が分かるようになるかもしれないから。


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