■ 本当に青酸中毒だったのか?

東大法医学教室で行なわれた鑑定で、青酸化合物の量がどのくらいかという検討が行なわれていないにもかかわらず出された「空腹時に相当量の青酸塩を服毒した定型的な急性青酸中毒死」という結果は理解できない。呼吸困難や意識障害が発生せず、「TTさんに薬を飲まされた」と何度も繰り返して言える以上、少なくとも「定型的」な中毒の範囲に入るという判断は本当なのかという疑問がある。このとき鑑定を行なったUS教授は東大法医学教室の四人目の教授で、その前任者のF教授は再審無罪となった三件の死刑事件(松山事件、財田川事件、島田事件)において弁護側に疑問視された鑑定を行なっていた。また、六〇年安保6・15事件においてはUS教授の鑑定と司法解剖に立ち会った医師の剖検所見が対立(リンク)しているなど、結果は鑑定人に左右される。US教授退官の十五年ほど後に本教室を受け継いだI教授は、鑑定は事件現場の状況や自供も重要な要素だという意味のことを述べており、分析で求められない部分を検察の筋立で補完することが鑑定のプロセスになっている。鑑定は客観的な事実のみをよりどころとする独立した証拠ではない。弁護側がIYさんの胃の内容物の提出を求めたが、警察は既に変質しているとして拒否していることも鑑定について疑問を抱かせる。

青酸は炭素と窒素が結び付いたものである。炭素も窒素もありふれた元素であり、これが自然に生成されるであろうことは容易に想像できる。青酸を検出しようという意図で検査すれば、青酸化合物を人為的に飲んだとか混ぜたとかいうことがなくてもなぜか青酸が検出されたりする。

1998年の和歌山毒物カレー事件では、事件発生直後に青酸化合物がカレーに混入されたと疑われた。吐瀉物に対する和歌山県警の鑑定も、カレーに対する警察庁科学警察研究所の鑑定でも、誤っていた筋書き通りに青酸が検出されたが、毒物はヒ素であった(たとえば、1998/12/9毎日新聞)ことは記憶に新しい。また、自室で死亡した一人暮しの女性から青酸が検出されたが、青酸は血液の腐敗により発生したものとされ病死として処理した事例(文献)もある。


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