おれのぐうたらで好い加減で他力本願な性質は17・8歳を通じて自然気胸で長期入院する内に開発されたものである。それまで授業中に寝るなんてことは金輪際なかったのに爾来ねむい眠い。高校で寝て予備校で寝て大学で寝て研修で寝て説明会で寝て打ち合わせで寝て引き継ぎで寝て会議で寝る。こんなに寝るのに常に睡眠不足なのは何故だ。夜じゅうぶんに眠れない日のほうが多いからである。がくっ。
今回入院して10日目くらいまではまー寝た。眠った眠った。何かイヴェントのある瞬間を除いてずっと寝とおしていた。あらこのヒト脳死ちゃったのかしらというくらい寝たん。普段の1箇月分かせいだね。
時刻 | イヴェント | 備考 |
06:00 | 起床 | |
06:20 | 検温 | 不定期に採血 |
07:00 | 体重測定 | 毎日曜日 |
08:00 | 朝食 | |
09:00 | レントゲン撮影 | 不定期 |
09:30 | 検温 | |
12:00 | 昼食 | |
14:00 | シーツ交換 | 毎木曜日 |
15:00 | 清拭 | 蒸しタオルの配布 |
18:00 | 夕食 | |
19:30 | 検温 | |
21:00 | 消燈 |
入院生活は概ね左表のよう。飽くまでおれの日課であって,勿論ヒトによってイヴェントは変わってくる。なんちておれのは殆どスケルトンであるな。
主治医の回診は不定期で時刻もまちまちだ。おれが手の掛からない患者なので遠慮なく放置されている。経過を診るのにだいたい週に1回の頻度で採血とレントゲン撮影が組み込まれており,その検査結果を教えてくれる程度である。
退屈は退屈なのだが全然苦痛ではない。いつもと余り変わらないペイスで本を読み,ずっと多くのテレビを観ている。『所さんの目がテン!』の魚住アナと『なんでも鑑定団』の吉田真由子が好きになったぞ。
テレビは専用のプリペイド_カードで観る。病院仕様つうかカプセルホテル仕様つうか,もうそれ用としか言いようのない代物だ。カード_リーダがせこい14in.テレビ(液晶じゃないシャープ)脇に取り付けられ,6分で10度数おちる仕掛けである。カードは1000度数のみでずばり1000円,解りやすいね。
専用と書いたがプリペイド_カードはランドリにも遣える。驚いたことに病棟各階に洗濯機と乾燥機(家庭用)が2機づつ備えてあり,患者がどんどん使えるのだ。ただ洗濯機1回200度数・乾燥機40分100度数と高めの設定。ちょっと気持ち悪いので──すまん──乾燥機を多めに回すから,洗濯ひとつに500円も掛かる勘定になる。尤もおれ町のコイン_ランドリに行ったことなくて相場を知らないんだけど。
おいしいときと全然ダメなときと振幅が大きいけれども,食事は総じて高水準と言えよう。冷たいとかまずい・固い・味が無い・時刻が早すぎるといった病院食に付き物の不平不満を和らげんとする努力を見て取れる。
トレイは左1/3の所で2分するような緩い境界を持ち,ご飯とメイン_ディッシュの温かものと,冷奴・漬け物・パック牛乳など冷たいままでありたいものとを分けて載せるようになっている。調理場からエレヴェイタで上がってくる配膳車はトレイ寸法に合わせたヒータ室(と断熱室)を抱えているのだ。凄いね,ここまでやるの。今はこれが当たり前なのかな。
蛋白は主に魚で摂る。鶏・豚がときどき,牛の出たのは憶えがない。おれは偏食王であるが,そうそう変なものは出されないでいる(出されても食えちうねん)。また,納豆を出すなとか生野菜は厭だとか多少わがままが利くのだ。A定・B定のようなサブメニュのある日もある。お味は割とうまいほうの社員食堂なみ。毎食でもOKOK。
おれの献立は「パワー2000」だったかな,とにかく1日2000KCalの普通給食である。1食200gのようだ。そして入院中もっともショックだったことには,整形外科に入った高校生のを横目で見たらばそれが「パワー2500」の300gだったのある。えっ,おれって高校生モウドじゃないの? あやっ,50歳くらいの爺いがおれと同じの食ってやんの。があん。
隔離患者や移動困難な者・安静を命ぜられた者・死んだ者以外はデイルームという食堂兼面会室兼娯楽室に集まって食べる。学食みたいな感じ。各階にあって,車椅子利用者用のテイブル(椅子がないだけ)も用意されている。
人によって「デールーム」と呼んだり「ディールーム」だったりで正確な名称は不明なのだが,多分「Day-room」で昼間自由に使える部屋の意味だろう。TVドラマでも耳にしたから,割と一般的な方式なのだと思う。
おれはひと所に集まって知らない人と飯を食うのは勘弁してもらいたい質なので──口を閉じないで噛む奴とかね,食い散らしてそこらじゅう汚すやつとかね,食欲なくすんだ──ひとりかなり遅れて行って数分で食うという厭な奴になっていた。
名称(商品名) | 用途/性質 | 錠/回 | 量/回 | 朝 | 昼 | 夕 | 夜 | 主な副作用 |
【入院前】 | ||||||||
メジコン | 鎮咳剤 | 2錠 | 30mg | ○ | ○ | ○ | 眠気・発疹 | |
ムコソルバン | 去痰剤 | 1錠 | ○ | ○ | ○ | 胃痛・発疹 | ||
【入院中/後】 | ||||||||
テオロング | 気管支拡張剤 | 1錠 | 200mg | ○ | ○ | 吐き気・動悸 | ||
オノン678 | 気管支喘息治療 | 2cp | ○ | ○ | 腹痛・発疹 | |||
プレドニン | 合成副腎皮質ホルモン剤 | 3錠 | 15mg | ○ | ○ | 興奮・肥満・日和見感染 | ||
ガスター | 胃/十二指腸潰瘍治療 | 1錠 | ○ | ○ | 発疹・倦怠感 | |||
スミフォン | 抗結核剤 | 1錠 | 100mg | ○ | ○ | ○ | 目眩・痺れ・蟻走感 | |
ピロミジン | ビタミンB6 | 1錠 | 20mg | ○ | ○ | ○ | 発疹 | |
ファンギゾン_シロップ | 抗真菌性抗生物質 | うがい | 2mL | ○ | ○ | ○ | ○ | 吐き気・発熱 |
DAL | 皮膚炎治療 | 塗布 | ○ | ○ | ||||
(ネブライザ) | 気管支拡張剤 | 吸入 | ○ | ○ | ○ | 動悸 | ||
レンドルミン | 不眠症治療 | 1錠 | ○ | 倦怠感 |
で肝心の治療なのだが,何と言うか,やってないのだ。その,入院しているにふさわしい,技のきらめきというか奥義というかブラックジャックというかDr.Kというか,解るね。内服薬を飲んで寝るだけである。注射も点滴も食餌療法も無い。吸引も牽引も無い。何かと賑やかな同室の方方に比しておれのベッドははんなり静かなのだった。
その代わり薬は飲んだ飲んだ。今も飲んでるんだけど。右表がこの一件で飲み始めた薬の一覧である。
みんな中ほどのプレドニンに注目ーっ。
プレドニンは合成副腎皮質ホルモン剤(ステロイド)で,アレルギーに対しては特効薬と言って良い。守備範囲も広く,荏麻疹・ネフローゼ・潰瘍性大腸炎・リンパ腫・急性白血病・チック・骨髄炎などなど自己免疫不全からウイルス性感染症までほとんど万能選手だ。花粉症にも効く。それで風邪が酷くて打たれる点滴なんかにもひょいひょい便利に遣われている。
合成副腎皮質ホルモンというくらいだから副腎皮質から常に分泌されている副腎皮質ホルモンを合成したものだ。何のことはない,オリジナルは体液であって,多くの疾病に効力のあるのも何だか納得である。それをブーストしたいのがプレドニンなのだな。
問題なのはブーストしてやると本家副腎皮質が,あ・おれが出るまでもないやんけとすぐにサボり始めることである。したがって急にプレドニンの服用を止めると合成物質の供給は止まるは副腎皮質は分泌してないわで,あっと言う間に凶悪真菌・ウイルス軍団に蹂躪される。その前にホメオスタシスが崩れて自家中毒的にショック状態に陥る。極めて厳格に投薬量を調整し,危機的状態を脱したら徐徐に薬量を落としていく必要がある。こればっかりは自己判断は危険だ,素直に医者の指示に従おう。
ではプレドニン服用中は大丈夫かと言うとこれも大変。
ここで注意してもらいたいのは,飲みたいのは実はプレドニンだけという点である。外のクスリは皆プレドニンの強力な副作用を抑えるためのものなのだ。
とにかく結核はやばいので,結核に罹らないよう予防内服をしないといけない。そこで飲むのがスミフォンである。抗結核剤なのだ。ところがスミフォンは手足の震え・痺れの来る場合がある。それにはB系ビタミンが効くのでピロミジンを飲む。スミフォンはまたニキビ・吹き出物の類の皮膚疾患を呼ぶから──背中が特に酷く,おれも脱いだら凄いんで,いま裸の仕事はできない──対処療法でDALを塗る。それからカンジダ黴が口の中に涌くようになるからファンギゾンでうがいをする。直接黴細胞にぶちまけて殺すのだ。そのうえ食道に到達したかもしれない黴を葬るためにうがいに使ったファンギゾンはそのままごっくんと飲み下さなければならない。ごっくん。
やれやれでしょう? そうしておいて更に気道を確保するのにテオロングやオノンを飲み,これだけキツい薬を経口すると胃を悪くするからガスターを用いるのである。
そうそう,内服薬じゃないけど,この外にネブライザ(吸入機)で気管支拡張剤を吸い込むのを日に3回やっている。
レンドルミンはついでに書いたんだけど,寝付かれない夜(たいてい同室の鼾のせい)に貰う催眠薬。これはひと粒づつしかくれないし,もし飲まなかったら──溜めようとしたな──翌朝回収されてしまうのであった。
もう何てかひってかひ,プレドニンを飲んでいると非常にくたびれる。無駄にパワが放出されるようなぼたぼた漏れているような,老化速度が早まって,妙な譬えだが「生き急いでいる」感じがするよ。
1998年7月26日(文中は1998年4月)
・2000KCal
この辺の料理用語はつい最近かわったんだよね。「キロカロリー」はごはん専用のロウカル単位として生き残ったんだっけ。ジュールにならんのかな。
・ブラックジャックというかDr.Kというか
どっちも『少年チャンピオン』『少年マガジン』で活躍した超絶執刀の外科医。特にブラックジャックはショッカーでもやって行ける。