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神奈川月記9604

冠省
 この冬ひどく寒くなるのは判っていたので(嘘)10月頃から手回し良くコートを買い足しておいた。好い加減ダウンジャケットには飽いでおり──如何におれが流行に疎いか知れるね──バイクの風圧にばたつかなそうなカンヴァス地の「フィールドコート」という奴にする。
 こうした衣裳の名称はシルエットで決まるのか素材で決まるのか用途で決まるのか一定していないので(していないよな)日頃不勉強なおれは自分が何を着ているかさえ解らないことがある。フィールドコートと呼べるのもタックに書いてあらばこそだ。
 おれのコートは相対時速100kmの風を遮断できなければならない。バイクのアウタウェアは何より防風・防滴が大切であり,保温は二の次なのである。二は何かと言うと洗濯に強くあることだ,酷く汚れるからね。
 定番の革ジャンは防風に向いても手入れが面倒,第一おれに似合いっこないからボツ。転倒時のダメイジが違うと聞くのだが,セパレイトでは路面を滑る内にめくれて腹がむき出しになることがある。レイサの着るツナギでないのなら万一の場合の安全性を云云するにはちと説得力に欠けるというものだ。
 さてこのフィールド コートは中綿に相当する部分が取り外せる。保温はおまえがやれてな所だろう。軽装になれるから外気の寒暖にけっこう融通が利く。9800円だったんだけど,にしては良い線ではないだろうか。
 喜んだのも束の間白っぽい奴なんで──太陽光で見たら思いのほか白かった──たちまち腹の部分が腹黒くなる。単車に跨ると燃料タンクに擦ってしまうのだ。ご丁寧にタンクに傷よけパッドを貼っており,この安物の劣化したゴム繊維がパンツとうんこの関係を拡大生産していやがる。
 汚れが定着する前に持ってっとくかなとクリーニングに持ってってみると,あんけらそ,3000円ということだ。わー。革ジャンと同じじゃん。え,襟が革だから?革なの襟だけだよ。ちょっとでも革かむってたらもうダメなの。
 これは非情だ。理不盡だ。3回クリーニングに出したら元を取って否とられてしまうではないか。知らなかったなあ失敗しちゃったなあ。こりゃ参ったね。
 がっかりしたせいかコテツ(単車の名前ね)の調子も悪くなった。ウチから15km離れた町へ遊びに行き,3時間ほどエンジンを切っていて再スタート・帰ろうとしたら100m走ったところでぷすんぷすんぷすんぷすん。10年ばかしバイクに乗っていて,エンジン関係のトラブルは初めてである。むろんガス欠などではなくリザーヴ忘れでもない。バッテリはびんびんだぜ
 定石ではここでプラグの焼け具合を調べセルを回して火花の散る様子を見るのだけれど,カタナの場合タンクを外してやらないとプラグに届かない。貧弱な車載工具で白昼そんな大胆なことはできぬ。何よりおれ自身そこまでやったことがないのだ。遠い昔にチェン引きやオイル交換くらいはこなしたもののエンジン周りに手を付ける機会は無かった。だってスズキのバイクって壊れないんだもんよ。
 チョークを開き,びびる心を励ましつつセルを回しつづける。バッテリが死ぬかエンジンが生きるかの大勝負だ。体感30秒我慢しているとブボボボボボとむせ始めた。吉兆である。マフラの継ぎ目だか逃がし孔だか,オイルパンの真下に引き回された部分から余剰混合気らしきガスが引火を危ぶむくらい噴霧されている。ちょっとスロットルを煽ってやる。ガロガロンと不機嫌ながら火が入った。
 アクセル全閉で止まってしまうのでアイドリングさせないよう2速のままアスファルトに糸を曳いて帰ってきた。家路の終わりにはだいぶん回復しており,今にして思えば単なる暖気運転不足だったような気がしないでもない。
 今年コテツが調子わるいのは去年または来年であるよりまずい。登坂困難な山が聳えているのだ。この秋に控えた車検山である。早くもブルー入っている。
 1年半前コテツを買うときは車検代くらい何とかなろうと高を括っていた。当時すでにPCは入手済みだったし欲しい高額消費財もこれと言って見当たらない。今頃は預金がエントロピイのように増大していたはずだのに,銀行のDBもおれの所で何バイトか無駄になっているだろう。
 おれの自動2輪中型免許で(法的に)乗れるのは400ccまでの排気量車で,車検が義務づけられているのは非常に奇妙なことに250ccを越える車輌からだ。400ccを越える大型車を含め,ナンバプレイトに緑の縁取りが付いているバイクが車検車である。因みに小型車(51cc〜125cc)のそれは,とと,紙数が盡きた。以下次号。

不一

1996年4月11日


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バッテリはびんびんだぜ
 RC Succession『雨上がりの夜空に』。

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written by nii. n