神奈川月記9103

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冠省
なんか面白い本は無いですかな。置き場所が無い無いと言ひながら本を読まない訳には行かない。珍品逸品を嗅ぎ付ける鼻もすっかり莫迦になってしまひ最近では甘木の読んでゐるのを盗み見て採用する始末,その中で向田邦子は大変よかったが──ただしエッセイしか読んでない──寺田寅彦はつまらなかった。

漫画は相変はらずジャンプ系を中心に読んでゐる。読んでゐると言ふのは単行本を買ってゐると云ふ意味だ。読者の平均年齢はサンデーマガジンの方が高いのだけど,大人になってみればツッパリやアイドルなどお呼びでない。とんねるずは下らんが『ひょうきん族』とドリフは面白いのと相似かもしれない。

『ジョジョの奇妙な冒険』『ドラゴンボール』『バリバリ伝説』『機動警察パトレイバー』については以前かいたので繰り返さない。ただ『ジョジョ』と『パト』の持続力はやはり特筆物である。なぁんであんなに面白いかね。
他に単行本を買ってゐるのは『バナナフィッシュ(吉田秋生)』『美味しんぼ(花咲アキラ)』『ゴルゴ13(さいとう・たかを)』『風雲児たち(みなもと太郎)』,もうひとつジャンプ系で『スラムダンク(井上雄彦)』を入れようと思ってゐる。話題の(もう古いか)『沈黙の艦隊』はどうしようかさんざ迷った挙げ句,再読には及ばないと考へ見送った。

漫画関係も近年は豪奢な装訂のハードカヴァが増えてきてゐる。それがまた文庫版になったりして,一般書籍の扱ひと変はらない。産まれた時から漫画のあった世代が企画できる職位に就いたからだらう。
逆に昔のヒット作が大判で再発されたりもして,これはどうも二度売り・三度売りに思へてずるい感じがする,勿論おほきい絵の方が良いのだが。

さて近年お気に入りは杉浦日向子の作品で,主に江戸の風俗を骨子に据ゑてある。『帝都物語』の作者と結婚してゐた事があると聞く。既刊の作品はみな買ってあると思ふ。
現在ぼくの知る限りでは小説新潮に『百物語』を連載中だ。いはゆる百物語で怪談集に当たるのだけれども,ホラーが狙ひではない。かう云ふ不思議な事がありました的な,『宇治拾遺物語』とか『耳嚢』に近いものである。
続き物では他に,北斎と彼の周辺に題を採った『百日紅』がある。
最初に接したのは『風流江戸雀』,奥付を見ると初版は87年の5月である。4年掛かりで描いたさうだ。取り立てて遅筆でも寡作でもないやうだが,月刊誌に数頁づつの掲載と云ふ形が多いので1冊に纏まるのに何年も掛かるのである。

漫画としての完成度は高いとは言へないが,圧倒的な喚起力は備へてゐる。漫画(に限らず創作物)と云ふのは一にも二にも喚起力に盡きる。読み取るのはこちらの自由であって,つまらん漫画とは貧弱なイメイジしか湧かない屑の事である。絵の上手下手は畢竟たいした問題ではないのだ。
杉浦自身が漫画にさうは拘はってゐない様子で,内的風景の表出に今のところ漫画が最も適してゐるから描いてはゐるに過ぎない。もし文章なり映像なりにより好適な手段を得られれば迷はず遷移するだらう。


日の丸と君が代は日本国の国旗ならびに国歌として定められたんだっけ。何年か前に自民党が制定しようとして揉めたのまでは憶えてゐるが,その後の経緯を知らない。
世界の国旗一覧なんかを見てると,日本の所は日の丸が掲げられてゐる。段トツ文句無しの誠にすばらしいデザインである。他国のそれは,言っちゃなんだがかなり落ちる。********なんて真似して**に*なんてやってゐるが──酷いこと言ふなあ──やっぱり白地に赤には敵はない。

君が代は,問題あるねえ。メロはともかく詞は最低だ。あれは天皇の長寿のみを祈ったものであって,正に前世紀の遺物である。あんな伝統を重んじてはならない。三十一文字なら何だって嵌まるのだから別のにしたが良ろしい。現代日本を象徴するのだと,蜀山人でぴったりのがある。僕にもぴったり。

世の中に金と女は敵なり,どうぞ敵に巡り遇ひたい。

このマンションにはおよそ90世帯が入居してをる。一体ひと晩に延べ何回のコーマンが行なはれてゐるのか思ひ浮かべただけでもぞっとする。ところがよく見たらBSアンテナを上げてゐるのは僕だけらしいのだ。もっとよく見たらFMアンテナも僕だけだった。
屋上は立ち入り禁止なので外部アンテナを架設するならベランダしか無い。不躾ながら他家の張り出しを下から見上げても上から見下ろしても手摺りに掛かってゐるのは昨夜ぬらした布団ばかりなのだった。

BS−3aは思ひのほか出力が上がらず今夏3bの打ち上げに失敗すればかなり深刻な状況に陥る。とは言へ現状では頗る快調だ。ワウワウは予想を遥かに上回る加入者数でデコーダの生産が追ひ付かない有様だし──僕の分も開局に間に合ふかどうか怪しい──BS対応印のVCR・TVいづれもよく出る。すっかり引き継ぎが済んだのか,ゆり2号からのNHK衛星第一はいつの間にか受からなくなってゐた。ゲインはあるのに何も映らない。
さうさう,いつの間にかと言へばNHK教育が音声多重になってるね。

ワウワウは半分がとこ映画の放映だしNHK第二も新たに番組を作る余裕の無いせゐかいろいろ盛り沢山でシネマタイムが取ってある。
僕は『バック_トゥ_ザ_フューチャ』でも5分で寝てしまったと云ふ猛者であって,僕を最後まで惹きつけた映画なんてのは今までに2本しか無い。それは『エイリアン』と『ジョーズ』であり,従って最優秀映画賞はここ10年不動となってゐる。
目まぐるしいCFが一切なく2時間3時間あたりまへの編成なので,点けっ放しにして観るともなしに観ると云ふのが正しい観方だ,嘘つけ。
先般は『恐怖の報酬』をやってて途中から引き込まれた。リメイク版もあったと思ふがモノクロのフランス映画である。ポーノではない,ニトロをトラックで運ぶ奴だ。実に面白い映画であったがラスト近くでオチは見えた。あ,止めて止めて,そのオチは止めてと祈るやうにしてゐると,しっかりそのオチで終はってしまった。ちょっと残念である。


初めてVCRを購ったのは84年8月14日の事であり型番はVTCM05,何とサンヨー製である。サンヨー・NEC東芝はベータからVHSへの転向組なのだ。つまり利益の為にユーザを見捨てるタイプの企業であって,あまり信を置けない。
これはPCMプロセッサの記録ユニットとして買ったので画像は残してゐない。どんな酷い絵でも何か録っておけば良かったと思はないではないね。

それからぐっと下って87年の11月にEDV-5000を入れた。これもメインはPCM用のつもりだったのだけれど,次第にTVのタイムシフト機化してきた。感動的なまでの性能だったしどうでも絵付きの落語を残したくなり,88年5月ダビングの受けでSL-HF95D増設の運びとなる。ここでサンヨーがリタイア。
しかして5000番・95DともFEヘッド及びジョグ/シャトルが無かった為に編集精度は今一,EDV-7000の導入である。これが同年9月であった。

7000番を使って判ったのは,編集には送り手受け手とも編集機が必要と云ふ当たり前の事実だった。かくて5000番・95Dは売っ払はれたうとう7000番の追加購入,つまり現用システムが89年1月に完成したのである。

サンヨー機はさて置き1年ちょいの間に4台のVCRが栄枯盛衰を綾なすとは,正に阿呆の所業である。ただしその後2年間の安定運用が僕がただの阿呆でない事を証明してゐる(でせう?)。圧倒的に勝れてゐる物が登場すれば直ちに交換するが,さうでなければ結構しつこく用ゐてゐるのだ。
例へば現アンプ・Cデッキの購入は83年の11月で,いづれも初代モデルである。銘機A−10はII・III・IVと続いた後がらりモデルチェインジしてXへ飛んだ。銘機TC-K555ES はマークIIが出た後もESX・ESR・ESG・ESLと続いてゐる。この間ずっと据ゑ置きなのだ。決して金が無かったから(ばかり)ではない。

EDを超えるスペックはハイビジョン録再VCRの登場を待たねばなるまい。と思ってゐたらここに圧倒的に勝れてゐると思はれるVCRが登場した。またEDβの安い奴か,否,ハイバンドβ,しかもスーパ_ハイバンドの復活である。その名もSL-2100,型番からHFが落ちてゐる。何や何やー。
写真で見て良いなと感じ店頭で現物を見て痺れてしまった。これなら交換したい。7000番を1台またしても甘木に売り払ふ。買ひ値の25%なら文句あるまい。

とにかく恰好良い,むちゃくちゃに恰好良い意匠である。
外装はシンプルそのもの,一見では何の器械だか判断が付かない。分厚いシーリングドアを透かして時計や現在チャンネルなどのイリュミネイションが見える。ドアを前に倒すと,ななんとシーリングの裏側全面に赤くスイッチ表示が一斉に点燈,赤文字だけが浮かび上がる。ボタン・ツマミの類は一切無し,完全平面のガラス製タッチパネルなのだ。シースルーのドアとタッチパネルとの間に発光体が挟み込んであり,開扉時のみ通電されるのである。凝りに凝ったたいへん美しい仕掛けに,初めて見た時は陶然となる。

録音レヴェル・インプット_モウド・時刻・テイプ_カウンタ・録画モウド・トラッキング_メイタ等は五・七・35ドットが12×2行のセグメント列に英数字で表はされる。更に誤操作時には"THE TAPE IS AT ITS END""PLEASE SET THE CLOCK""PLEASE CLEAN THE PANEL"なぞとメセイジ_エリアにもなってしまふ。

リモコンがまた凄い。単三電池を4本つかひ,250gもある。これまたプッシュボタンは皆無で全面液晶タッチパネル,しかも照明つき。
機能別に12のパネルに遷移して,必要なボタンだけが拡大されて液晶表示されるから間違ひが少ない。軽く触れると僅かに凹んでカチッとリレースイッチの這入る確かな感触があり快感すら覚える。ピッ!てな間抜けな電子音ではないのだ。
糅てて加へて,あぁ何と言ふ事でせう,VCR本体との会話型双方向リモコンなのである。時刻や録画予約・テイプ残量なんかはVCRとのやりとりでリモコン側で設定・表示できるのだった。
ったくもう,なんてかひってかひ,このコマンダだけで間違ひ無く4・5万はするだらう。

欠点もある。第一はリモコンで連射が効かないこと。リレーのせゐか1秒に1回しかコマンドを受け付けない。第二はリモコンに操作の大半を委譲してゐるので,本体に張り付いて編集する時もリモコン片手でないとうまくないこと。だけどそんなの珠に疵と云ふ程でもない。ついでにシーリング_ドアがリモコンで閉まれば完璧だったね。

ベータ15周年記念モデルと云ふ事もあって,最新テクのてんこ盛りである。なにしろマニュアルからして150頁の特装版であり,他に16頁のリモコン手引書が付いてゐる。
表紙にも梱包ダンボール箱にもでっかく「Betamax(R)」と這入って,完全にベータのステイタス_モデル扱ひだ。録・再独立ヘッドだしスーパ_ハイバンドだしオウト_トラッキングだしインデクス_スキャンだしアフレコできるし電子ヴォリウムだし。肝心の画質・音質も文句無し。

これを観ると,ソニー,EDβなんか要らんかったんやないかいと言はずには居られない。非常に緻密で滑らかな絵が観られる。95DもSHB装備だったがこれ程ではなかった。7000番がディテイルに拘はってかっちり描き出すのに対して2100番は余裕たっぷりの豊かな絵を見せてくれる。ラニング_コストを考へれば2100番の勝ちだ。7000番をマスタにして2100番でコピイする,完璧である。
うむー,ベータを選んだ俺は正しかった。ベータを見捨てなかった俺は報はれたのだーっ

不一

1991年3月1日


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報はれたのだーっ
これ,執筆時も冗談で言っていたのよ(00.6/25記)。

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written by nii.n