新しいワープロの来るのが遅れるやうだから，書いてしまへ。寒さの緩んだ辺りからぼちぼち気合ひを入れて部屋を探してゐた。池袋・巣鴨・大塚と山手線を時計回りに照準を擦らし＊＊（仕事場がある）に飛んで下北沢に移り浦安（東京ディズニーランドがある。でも千葉県）まで考へたが，決めた決めたんだ。
ぽくぽく歩き廻ったりもしたけれど，結局はアパマン館と云ふこちらでは有名な住宅斡旋業者の掌握物件に落ち着いた。アパマン館は最大手と言って良いくらゐだが，嘘ばっかりつく（つまり客寄せ用の架空物件が多い）と評判が悪い。僕が此の部屋を取れたのも非常な僥倖だ。なあに此の世は結果オーライよ。
長らくおまんたせ致しました，それでは新しい住所を紹介する。
＊区なんてなぁ東京23区で一番つまらねえ名前だ。＊＊にもあらあ。電話は無い。と言ふのは半分嘘で，繋がってない電話器自体はある。和室６畳＋キチン1.5畳＋（ユニット）バストイレ。シャワーが付いてないけど，この賃貸料なら止むを得まい。花鳥の（去年までの）部屋よりはやや落ちる程度かな。それで家賃は管理費込みで４万7000円，これでも都内では奇蹟のやうに安い。風呂付きなら大抵６万は掛かるものだ。なぜ此処がかうも安いのかちょいと解らないくらゐ。今の所さしたる瑕も見当たらんがね。近くを＊＊本線と＊＊新幹線と＊＊＊＊線が通って，電車の種類に依っては響いたり振動したり（ヒリヒリ程度）するけれど，眠れない程ぢゃあない。近所の犬の方がやかましい。だいいち駅に近いのと線路から遠いのとは二律背反だ。あ，知ってる知ってる，女で毛の生えてない奴。それはおけつパイパンでショ。＊＊本線などと書いたからえらく離れてゐるやうに思へるか知らんが，＊＊まで40分・＊＊まで20分・渋谷まで30分と云ふ便利さだ。此処で首都圏の地図を出さう。＊＊＊＊線と＊＊線は＊＊から＊＊まで並走する（途中に＊＊・＊＊を挟む）が，＊＊＊は＊＊＊＊で＊＊の隣だ。見付かったかな。＊＊＊の次が，＊＊の狐で有名な（誰も知らねーよ）＊＊だよ。＊＊＊とは違ふ。何と言っても御機嫌なのは通勤時間が半減した事だ。＊＊からは80分も掛かった。下品な常磐線にも乗らなくて済む。＊＊＊＊一本だもんね，いひょひょひょひょ。６月からまた＊＊ビルへ通ふ事が判ってゐるので（部屋探しの段階から），この先もっと楽になる。嬉しいよぉ。＊＊時代の生活にぐっと近付けると思ふ。
さて＊＊＊＊＊ハイツは概ね其の語感の通りの建物で，軽筋のぺらぺら，マニアックなオウディオには向いてない。でも駅から徒歩５分で其の通り道に女子校があって，僕が這入る前の住人は女の子だった。あはよくば＊＊でも＊＊＊ないかと畳を躄ったと云ふのは嘘だ。こらこらこら。部屋の下見に来た時に両隣も女の子かと思ったら，それは男の部屋に遊びに来てゐたのだった。しょーがねーな此の人は。俺だよ。未だ＊＊時代の荷物を送って貰ってゐないけど，もうあんな結構な音出しはできないだらう。Ｄ−70＋ＤＲＷ−１は諦めた。小口径のバックロードを新たに作るよ。勿体無いなあ。
もう君が上京する際の基地にしてくれて良いが，数点約束してくれないと困る。
＊＊にあるのは＊＊＊区だった。間違へたよ。そんな事より，困った事態が持ち上がってゐる。コガタナの置き場所が無くなっちまったい。＊＊＊＊＊ハイツ（どうでも良いけど，ハイツってのは高台の事だぜ。建物を指す言葉ぢゃない）の前が袋小路になってるんで此れ幸ひと止めてゐた所が，私道だから移動してくれろと言はれたのサ。そりゃしどい。仕様が無いから窓の下まで苦労して引き摺り込んどいたら，其処は通路だから駄目だと言ふ。う〜ん，こりゃ参ったね。ツロうござんす。窮余の策として裏道を選び（アパート自体が裏道にあるんですけど。駅から５分ったって詳細な地図が無いと絶対に見付からないね。でかい車も這入れない）ひっそりとシートを被せて違法駐車する事にした。どうも不安だなあ。年頃の悪餓鬼はゐないやうだからいたづらはされないだらうが，ちょっと離れてて，お負けに側にゴミ捨てるなの看板が立ってやがる。コガタナか部屋かと迫られれば後ろ髪を大いに引かれながらも部屋を取りたい心境なのだ，ひょっとしたら売っ払ふかもしれないね。愛着あるんだがなあ，弱ったなあ。近場に大きな本屋もデパートも無く，と言って都心で買ひ物しようにも駐輪場が無い。さぁて，どうしようかな。
俺は此の日の為に笑はずにゐたんだ。とは，鬼太郎が冤罪で500年の溶解刑を言ひ渡された折りに，以前彼に敗れた妖怪のひとり（皿小僧だったかしら）が発した言葉。僕も遣ひたくって堪らなかった。俺は此の日の為に笑はずにゐたんだ。ひとり暮らしの部屋と云ふと，どうしたって＊＊アパートの２階の一室を思ひ浮かべる。あれに内風呂とトイレが付いてりゃ文句は無いね。洋間ならなほ良い。でもあれは小市民の音キチの倅に限定したやうな，特殊な部屋に思へて来る。今の部屋は歩くだけでバインと響き，ライヴなやうで音抜けに過ぎ，デッドなやうで嚔の余韻を楽しめる。何だい，オウディオ_マニアの住む空間ぢゃないね。とにかく寮を出たかったのさ。
寮は此の春から＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊寮と名前が替はった。＊＊＊＊＊＊＊の寮を間借りしてゐたのを，内が買ひ取ったのだ。庇を借りて母屋を取る。凄いね，どうも。それが１億5000万円だと言ふから驚く。あんなのが１億5000万。ひゃー。金は何処から出て来たのか，きっとまた借金したに違ひ無い。おいおい，大丈夫かよ。まぁソフトウェアの値段は億単位だから，一発できれば何て事ないのだらうが。
寮費は僅か月額2500円だった。此処の家賃とは実に22.5dBもの開きがある。こりゃ貯金なんかできまへんな。だけど好きな時にマスも掻けないやうぢゃあ不健全だ。かう云ふ発想の方が不健全だ？ でもね，６畳間にふたりなんだぜ，それにおいらと気の合ふ人間なんてゐる訳ねえぢゃん。５年間もひとりで好き勝手に暮らして来た男には酷な環境だ。同じ釜の飯なんか喰ひたくない。うん，刑務所ってのは懲罰効果があるね。俺，良い子にならう。我ながら一年も良く堪へたものだが，それは僕が威張ってゐられたからだ。それでも今年に這入ってからは，いらいらの濃縮堆積が著しくなった。まあ良い潮時だらう。同室の風月もさぞやほっとしてゐるだらうて。僕はたまに会ふ人にしか優しくできないのだ。
不一
1987年４月吉日