源顕仲 みなもとのあきなか 康平元〜保延四(1058-1138) 通称:神祇伯顕仲・伯顕仲

生年は康平七年(1064)とも。村上源氏。父は右大臣顕房。母は肥前守藤原定成女。久我太政大臣雅実の弟。中納言国信の兄。白河院が寵愛した皇后賢子の弟。待賢門院堀河上西門院兵衛・忠季・有房らの父。
神祇伯従三位に至る。笙の名手であったという。長治二年(1105)頃奏覧された「堀河初度百首」、および永久四年(1116)成立の「永久百首(堀河院後度百首)」に詠進。元永元年・二年(1118・1119)の内大臣家歌合、保安二年(1121)の長実家歌合、保延元年(1135)の家成卿家歌合など、多くの歌合や歌会で活躍した。『夫木和歌抄』によれば家集が存在したらしい。金葉集初出。勅撰入集二十五首(金葉集は二度本で計算)。

雨中藤花といへる事をよめる

ぬるるさへうれしかりけり春雨に色ます藤のしづくと思へば(金葉87)

【通釈】春雨が降り注ぎ、藤の花は色を濃くしてゆく。その雫だと思えば、濡れるのも嬉しく思えるよ。

【補記】藤は春の終りを飾る花なので、逝く春を惜しむ心と藤の花を愛する心は一体であった。それゆえ「ぬるるさへうれしかりけり」なのである。もともと雨中の藤という趣向は在原業平の作(【参考歌】)に淵源を持ち、「雨中藤花」「雨中藤」は中世から近世にかけてしばしば見える歌題であった。掲出歌はその最も初期の例である。

【参考歌】在原業平「古今集」
ぬれつつぞしひて折りつる年の内に春は幾日もあらじと思へば

椎柴

ふる雪もをやめやをやめ小野山に椎柴かるはしばしばかりぞ(永久百首)

【通釈】降っている雪もしばらく止めよ。小野山で椎柴を刈るのは、ほんの少しの間なのだから。

【語釈】◇小野山 京都大原辺の丘陵。炭焼の名所。

【補記】意図的に同音を繰り返し、俗謡風の軽快な調べを奏でている。

暁恋をよめる

さりともと思ふかぎりは忍ばれて鳥とともにぞねはなかれける(金葉352)

【通釈】それでもやはりあの人は来てくれるかもしれないと思っていた間は怺えることが出来たけれど、夜が明けてしまってその期待も消え果て、鳥といっしょに声をあげて泣いてしまったよ。

【補記】「男の訪れを待ち続け、暁を迎えた女」の立場で詠んだ歌。

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
つれづれとながむる空の郭公とふにつけてぞねはなかれける

忍恋の心をよめる

知らせばやほのみしま江に袖ひちて七瀬の淀におもふ心を(金葉689)

【通釈】あの人に知らせたい。ほのかに見ただけで、三島江に袖を濡らすように涙に濡れ、七瀬の淀のようにあれこれ思い巡らしては躊躇い悩んでいる私の心を。

【語釈】◇みしま江 三島江。かつて河内平野を満たしていた湖のなごり。現在の大阪府高槻市の淀川沿岸。遊里であった。「ほの見」のミを掛けている。◇七瀬の淀 万葉集に見える語(参考歌)。「多くの瀬が淀んでいるところ」ほどの意味で用いるか。

【補記】保安二年閏五月贈左大臣長実家歌合。第二句は「玉嶋河に」。

【参考歌】作者未詳「万葉集」
松浦川七瀬の淀はよどむとも我はよどまず君をし待たむ

題しらず

物思ふと言はぬばかりは忍ぶともいかがはすべき袖のしづくを(新古1092)

【通釈】恋に苦しい思いをしていると、口に出して言うことだけは我慢しているけれど、袖に落ちる涙の雫はどうしよう。隠しようもないのだ。

【補記】初出は永久四年(1116)の永久百首(堀河院後度百首とも)。題は「忍恋」。亡き堀河天皇とその中宮篤子内親王を偲んでの追善百首である。作者の顕仲は堀河天皇歌壇の中心メンバーの一人であり、中宮にも親しく接した。

【他出】永久百首、続詞花集、新時代不同歌合

題しらず

かもめゐる藤江の浦の沖つ洲に夜舟いさよふ月のさやけさ(新古1554)

【通釈】鴎がいる藤江の浦の沖の洲のあたりで、夜船が進みもせず波に揺られている。月が清らかに明るく照っていて…。

【語釈】◇藤江の浦 播磨国明石郡の歌枕。万葉集の人麻呂の歌に「荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我を」がある。

【他出】和歌一字抄、定家十体(拉鬼様)、歌枕名寄、六華集

【主な派生歌】
かもめゐる藤江のうらの朝ぼらけあれたる浪も心すみけり(藤原隆祐[玉葉])
かもめゐる沖の白洲にふる雪のはれゆく空の月のさやけさ(源実朝)

朝まだき楢の枯葉をそよそよと外山を出でてましら鳴くなり(永久百首)

【通釈】朝早く、楢の枯葉をそよそよと音立てながら、里山から出て来て、猿が鳴くのが聞える。

【補記】「空きよく有明の月は影すみて木だかき杉にましら鳴くなり」(風雅集、儀子内親王)など、「ましら鳴くなり」の結句はこの歌以後盛んに用いられるようになる。

【主な派生歌】
しばのとを立出でて見ればかた岡のならの葉がくれましら鳴くなり(藤原実房)


更新日:平成16年04月29日
最終更新日:平成19年10月10日