昼寝 ひるね Siesta

猫の昼寝 具満タンフリー素材

炎天下の過労を癒し、また暑苦しい夜に不足しがちな睡眠を補うために、夏は昼寝が奨励される季節だ。宮本常一『ふるさとの生活』によれば、夏の昼寝を義務づけている村もあったという。大阪平野のある村では、半夏生から八朔まで、すなわち旧暦の六・七月の二ヵ月間は、昼飯が済むと、太鼓を叩いたり法螺貝を吹いたりして、皆人に寝よとの合図をする。そしてまた一時経つと、起きよとの合図をしたというのだ。宮本は各地を旅して、そういう慣わしのある村が全国方々にあったと言っている。
そんな村里の民俗を偲ばせる歌がある。

『海士の刈藻』 夏旅  大田垣蓮月

里の子が(はた)織る音もとだえして昼寝の頃のあつき旅かな

里をあげて昼寝しているのだろう、しずまりかえった夏の白昼、一村を通り過ぎる旅人。その目には見知らぬ村里が一瞬夢幻の世界に映ったはずだ。

『調鶴集』 夏井  井上文雄

(しづ)()は昼寝してけり水あまる庭の筒井に熟瓜(うれうり)ひやして

こちらも江戸末期の歌人の作。題詠とは言い条、属目の景をもとにしたと思われる歌いぶりだ。丸井戸から溢れる冷たそうな水、そこに浮ぶまるまると熟れた瓜。無防備な村女の、なんと満ち足りた昼寝っぷり。
江戸っ子の作者は田舎の風俗を愛し、田園を散策して飽きることがなかった。「田家鶴」の題では、「葦鶴(あしたづ)に門田あづけて昼寝する老翁(をぢ)は千代ふる夢やみるらん」と、こちらは老いた農夫の昼寝を詠んでいる。太平の眠りをなお醒まされることのなかった農村の風景だ。

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  『好忠集』(六月をはり) *曾禰好忠
妹とわれ寝屋の風戸(かざと)に昼寝して日たかき夏のかげをすぐさむ

  『兼澄集』(五月五日、()のもとにてうち休みたりしほどに女の入りにければ) 源兼澄
うたたねの昼寝の夢にあやめ草むすぶとみつるうつつならなむ

  『禖子内親王家歌合』(ひるのこゑ) 播磨
ほととぎす昼寝の夢の心ちして森の梢を今ぞすぐなる

  『聞書集』(嵯峨にすみけるに、戯れ歌とて人々よみけるを) *西行
うなゐ子がすさみにならす麦笛のこゑにおどろく夏の昼臥し

  『亜槐集』(昼恋) 飛鳥井雅親
かづらきの神やはかくる面影に昼寝おどろく夢の浮橋

  『柏玉集』(昼恋) 後柏原院
わりなしや昼寝の床にみし夢もまばゆきかたに向ふ日影は

  『亮々遺稿』(苦熱) 木下幸文
何事もただ倦みはつる夏の日にすすむるものはねぶりなりけり

  『草径集』(枕) 大隈言道
うたたねの昨日の昼寝思はせてありし所にある枕かな

  『調鶴集』(夏声)*井上文雄
昼寝する枕にひとつ名のる蚊のほそ声耳を離れざりけり

  『志濃夫廼舎歌集』(独楽吟) *橘曙覧
たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時
たのしみは昼寝目ざむる枕べにことことと湯の煮えてある時

  『水葬物語』塚本邦雄
ひる眠る水夫のために少年がそのまくらべにかざる花合歡


公開日:平成22年09月26日
最終更新日:平成22年09月26日

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