藤原惟成 ふじわらのこれしげ 天暦七〜永祚元(953-989)

右少弁雅材の息子。母は藤原中正の娘(花山天皇の乳母)。道長は母方の従弟にあたる。
花山天皇の皇太子時代、東宮学士・侍読をつとめる。永観二年(984)の同天皇即位後、左少弁に任ぜられ、正五位権左中弁に至る。藤原義懐(摂政伊尹の子)と共に花山天皇の側近として権勢をふるい、叙位を思うままに行なって「五位の摂政」と呼ばれたという(『江談抄』『古事談』)。ところが天皇は寛和二年(986)、突然退位・出家し、惟成もこれに従って剃髪、長楽寺辺に住んだ。
天延元年(975)の一条大納言為光歌合、寛和元年(985)・同二年の花山天皇主催内裏歌合などに出詠した。拾遺集初出。勅撰入集十七首(金葉集三奏本の一首を除く)。家集『惟成弁集』がある。

寛和二年内裏歌合に、霞をよめる

きのふかも霰ふりしは信楽(しがらき)外山(とやま)の霞春めきにけり(詞花2)

【通釈】昨日だったろうか、あられが降ったのは。それが今日はもう、信楽の端山に霞がかかって、春めいてしまった。

【語釈】◇信楽 近江国の歌枕。滋賀県甲賀郡。深い山に囲まれた狭小な盆地で、寂しげな土地として歌に詠まれた。◇外山 山地の外側にあたる、人里に近い山。

【補記】寛和二年(986)六月十日、花山天皇が内裏で催した歌合に出された歌。二番右負。

女に遣はしける

風吹けば(むろ)の八島の夕煙(ゆふけぶり)心の空にたちにけるかな(新古1010)

【通釈】風が吹くと、室の八島には夕べの煙がなびく――そんなように、夕方になると、なんとなく胸がさわいで、あなたへの恋しさにうつろになった私の心に、熱い思いが煙のように立ちのぼってくるのですよ。

【語釈】◇室の八島 下野国の歌枕。この地の清水から発する蒸気に、恋心を喩えた。歌枕紀行、下野国参照。

女のもとにつかはしける

人しれずおつる涙のつもりつつ数かくばかりなりにけるかな(拾遺878)

【通釈】片思いは、流れる水に数を書き記すようにはかないことだと言いますね。私も、人知れずこぼした涙が積もり積もって川のようになり、むなしく数を記すほどになってしまいましたよ。

【語釈】◇数かくばかり 古今集の歌(下記参考歌)を踏まえる。「数かく」は、物の数をかぞえる時にしるしとなる線などを記すこと。

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり

寛和二年内裏歌合によめる

命あらば逢ふよもあらん世の中になど死ぬばかりおもふ心ぞ(詞花195)

【通釈】命があれば、一生のうちあの人に逢える時もあるだろう。それなのに、なぜ死にそうなほどに思い悩むのか、私の心は。

【語釈】◇世の中 人の寿命の意と、男女の仲の意と、両方ある。

題しらず

しばし待てまだ夜はふかし長月の有明の月は人まどふなり(新古1182)

【通釈】お帰りになるのはもうちょっと待って下さい。まだ深夜です。九月の有明の月は大変明るくて、夜が明けたのかと思い迷ってしまうのですよ。

【語釈】◇有明の月 ふつう、陰暦二十日以降の月。月の出は遅く、明け方まで空に残る。

【補記】女の立場で詠んだ後朝(きぬぎぬ)の歌。言うまでもなく、本当はもう夜が明けたのである。中世以後、惟茂の歌の中で特に評価の高かった作。

【他出】古今和歌六帖(小異歌。下記参考歌)、定家十体(幽玄様)、別本和漢兼作集、新時代不同歌合、六華集、新百人一首

【参考歌】作者不明記「古今和歌六帖」
待てといはばまだ夜はふかし長月の有明の月ぞ人はまどはす

【主な派生歌】
有明の月やあけぬといそぐなよまだ夜はふかし山ほととぎす(三条西実隆)

藤原惟成に遣はしける    読人不知

うちはへていやは寝らるる宮城野の小萩が下葉色に出でしより

【通釈】すやすやと寝てなどいられましょうか。宮城野の小萩の下葉が色づくように、隠していた思いを外に出してしまったのですもの。それからはずっと、心が乱れて、眠れなくて辛いのです。

【語釈】◇うちはへて ずっと続けて。◇いやは寝らるる 眠れることなどできようか。「い」は睡眠の意。「や」は反語の係助詞。◇宮城野 陸奥国の歌枕。古来萩の名所。

返し

萩の葉や露のけしきもうちつけにもとより変はる心あるものを(新古1347)

【通釈】萩の葉に置いていた露の様子からして、いやという程よく判りましたよ。ずっと前から、変わりやすい心をお持ちの人だと。

【語釈】◇露のけしき 露の様子。女のそぶり(と、それによって感じられる女の気持ち)のことを言っている。露は葉の縁語。◇うちつけに 露骨に。あからさまに。◇もとより 以前から。最初から。

【補記】女は、自分が恋心をほのめかしたことを「小萩が下葉色に出でし」と言って寄越したのであるが、男の方は思い当たる節がないととぼけて見せ、しかも萩の葉の色づきを女の変心と読み換えて戯れたのである。


更新日:平成15年08月05日
最終更新日:平成20年01月17日