寂超 じゃくちょう 生没年未詳 俗名:藤原為経(初名盛忠)

従四位下丹後守為忠の三男。母は橘大夫女(待賢門院女房)という(尊卑分脈)。寂念(為業)の弟、寂然(頼業)の兄で、いわゆる大原三寂(常磐三寂とも)の一人。若狭守親忠女(美福門院加賀)を妻とし、隆信をもうけた。
蔵人・備後守・長門守・皇后宮少進などを歴任し、従五位上に至る。康治二年(1143)、出家して寂超と号し、大原に住んだ。出家後、妻の親忠女は藤原俊成と再婚し、定家らをもうけた。
長承二年(1133)頃、父親が主催した「丹後守為忠歌合」に出詠(この時の名は盛忠)。久寿二年(1155)か翌年頃、顕輔の『詞花集』の選歌を難じて『後葉和歌集』を撰する。嘉応二年(1170)、住吉社歌合に出詠。歴史物語『今鏡』の著者として有力視されている。千載集初出。勅撰入集は計十五首。

花の歌の中に

年をへてつれなきものは桜花散るに耐へたる心なりけり(続後拾遺113)

【通釈】長年生きてきて、報われることがないのは、桜の花が散るのにじっと堪(こら)えている心だったなあ。

【語釈】◇つれなき 語源は「連れ無き」で、原義は「二つの事象の間につながりがない」ということ。そこから、「相手が自分の気持ちに応えてくれない」「自分の気持ちが報われず、辛い」という意味になった。この歌では、「何年も桜が散る悲しみに耐えてきたのに、その気持ちに桜は全く応えてくれず、相変わらず散り続けるなんて、薄情だなあ」という桜に対する感情をあらわしている。

夏の歌の中に

山がつとなりてもなほぞ時鳥(ほととぎす)鳴く()にあかで年はへにける(続拾遺169)

【通釈】山住いの賤しい身分になっても、やはり郭公の鳴く声には飽きることはなく、何年も山で過ごしてきたことである。

【語釈】◇山がつ 山で生活している、身分の低い者。ここでは出家して山に住んでいる自分を指す。

住吉歌合、旅宿時雨

旅衣うらがなしかる浅茅生(あさぢふ)夜半(よは)の時雨よいかにせよとぞ(歌仙落書)

【通釈】浅茅の生える荒涼とした野に、旅装束でうら悲しく野宿する夜――そこへ時雨が降ってきた。いったい俺にどうしろというのか、時雨よ。

【語釈】◇うらがなしかる なんとなく悲しい。「うら」は裏の意が掛かり衣の縁語。◇浅茅生 浅茅の生える野。浅茅は丈の低いチガヤ。

【補記】嘉応二年(1170)十月九日の住吉社歌合の「旅宿時雨」題第二番右負。

題しらず

命をば逢ふにかへんと思ひしを恋ひ死ぬとだに知らせてしがな(千載734)

【通釈】命に換えてもあの人に逢いたいと思ったが、それはかなわず、今はもう恋に死にそうだと、それだけでもあの人に知らせたい。

【語釈】◇命をば逢ふにかへん 命を引き換えにしても逢瀬を遂げたい。下記【本歌】を踏まえる。

【本歌】紀友則「古今集」
命やは何ぞは露のあだものを逢ふにし換へば惜しからなくに
  藤原通頼「後拾遺集」
ひとりして眺むる宿のつまにおふる忍ぶとだにも知らせてしがな

月前恋といへる心をよめる

ひさかたの月ゆゑにやは恋ひそめしながむればまづ濡るる袖かな(千載930)

【通釈】月が原因であの人を恋し始めたのだろうか。月を眺めると、何はあれ泣けてきて、袖が濡れてしまうよ。

【語釈】◇ひさかたの 月の枕詞

世をそむきなんと思ひ立ちける頃、月を見てよめる

有明の月よりほかに誰をかは山路の友と契りおくべき(新古1543)

【通釈】出家を決意し、山に入る私にとって、この有明の月以外に、誰と友の契りを結べるだろうか。

【語釈】◇有明の月 夜遅く昇って、明け方まで空に残る月。ふつう、陰暦二十日以降の月。◇山路の友 山道を行く連れ。また、山里での孤独な出家生活の友。

【他出】後葉集、玄玉集、新時代不同歌合

故郷月を

ふるさとの宿もる月にこととはん我をば知るや昔すみきと(新古1551)

【通釈】故郷に帰ってみると、荒れ果てた家には隙間から月の光が射し込み、留守を守ってくれているかのようだ。月に尋ねてみよう、「私を知っているか。昔、ここに住んでいたのだが」と。

【語釈】◇宿もる月 「もる」は漏る(屋根や壁から漏れる)・守る(家の番をする)の掛詞。◇昔すみきと 「すみ」には「澄み」の意が掛かり月の縁語。

【補記】治承三年(1179)の「治承三十六人歌合」には詞書「法師に成りて後、京に出でて、故郷月と云ふ事をよめる」、初句「荒れにけり」として載る。

【他出】玄玉集、続歌仙落書、新時代不同歌合、題林愚抄

大品経の常啼(じやうだい)菩薩の心をよめる

朽ちはつる袖にはいかが包ままし(むな)しと説ける御法(みのり)ならずは(千載1233)

【通釈】おのれの愚かさに、いつも泣いている。涙でボロボロになったこんな袖では、どうやって包むことができよう。一切空と説く経典でなければ。

【語釈】◇大品経 大品般若経。◇常啼菩薩 般若経守護の菩薩。自らの愚かさを悲しみ、常に啼いているという。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成23年03月17日