花園院一条 はなぞののいんのいちじょう 生没年未詳

出自・伝未詳。花園院に仕えた女房。後期京極派歌人。康永二年(1343)秋か冬の五十四番詩歌合、同年冬以前の院六首歌合に出詠。勅撰入集は風雅集の十首のみ。

秋歌に

草がくれ虫なきそめて夕霧のはれまの軒に月ぞみえ行く(風雅580)

【通釈】草むらに隠れて虫が鳴き始めたかと思うと、立ちこめていた夕霧は晴れ、軒端の空に月が見えるようになってゆく。

【補記】虫・霧・月と、季節の代表的風物を贅沢に取り込んで、秋の良夜の開幕を情趣たっぷりに叙した。

題しらず

吹きみだし野分にあるる朝あけの色こき雲に雨こぼるなり(風雅650)

【通釈】野の草を吹き乱す大風に荒れる明け方――黒々と色濃い雲から雨がこぼれ落ちてくるようだ。

【補記】野分(のわき)は今言う台風にあたるが、この歌では「野を吹き分ける」という原義を生かした上で巧みな用い方をされている。「吹きみだし、野分き、荒るる」と畳み重ねる呼吸である。「雨こぼる」はいかにも大粒の雨が落ちてくる感じを捕えている。

秋歌に

鳩のなく杉の木ずゑのうす霧に秋の日よわき夕ぐれの山(風雅653)

【通釈】鳩の鳴き声が聞こえてくる杉の梢にはうっすらと霧がかかっていて、その背後では、秋の弱々しい日射しが夕暮の山に射している。

【補記】鳩を詠んだ歌は珍しい。その声が、紗の掛かったような秋の薄暮の情趣を奏でる、絶好の背景音楽になっている。

【参考歌】西行「新古今集」
ふるはたのそはの立木にゐる鳩の友よぶ声のすごき夕暮

【主な派生歌】
鳩のなく外面の杉の夕がすみ春のさびしき色は見えけり(木下長嘯子)

題しらず

み雪ふるかれ木のすゑのさむけきにつばさをたれて烏なくなり(風雅846)

【通釈】雪が降る枯木の寒々とした枝先で、翼を垂れて烏が鳴いている。

【補記】王朝和歌では不人気の題材であった鴉を、京極派歌人は好んで取り上げた。風雅集には鴉を詠んだ歌が四首見える。なかでも掲出歌は後世俳諧の「わび」を思わせる閑寂境に踏み入った秀歌として誉れ高い。

康永二年歌合に、雑色を

しらみまさる空のみどりはうすく見えてあけ残る星の数ぞきえ行く(風雅1627)

【通釈】ほの白さを増してゆく空の藍色は薄く見えるようになって、明け方の空に残った幾つかの星も消えてゆくことだ。

【補記】康永二年冬以前の院六首歌合、七十八番右勝。後期京極派の主要歌人が結集した歌合であったが、花園院一条の四首はすべて勝を得ている。

【参考歌】伏見院「御集」
庭のおもは霜の色よりしらみそめてうすくきえゆく有明のかげ
  九条左大臣女「風雅集」
しらみゆく霞のうへのよこ雲に有明ほそき山のはの空
  朔平門院「玉葉集」
しらみゆく空の光にかげきえて姿ばかりぞありあけの月

雑歌に

山のはの色ある雲に松すきて入日のあとの空ぞしづけき(風雅1652)

【通釈】山の端の色づいた雲に松林が透けて見え、日の沈んだ後の空はひっそりと穏やかなことよ。

【参考歌】伏見院「御集」
夕がすみ光にほへる山のはに入日のあとのなごりをぞみる
  花園院「風雅集」
霞にほふ夕日のかげはのどかにて雲に色ある山のはの松


最終更新日:平成15年03月29日