松尾芭蕉 まつおばしょう 寛永二十一〜元禄七(1644-1694) 本名:松尾忠右衛門宗房 俳号:桃青

伊賀国上野の生れ。農業を営む松尾与左衛門の二男。母は梅。俳号は初め宗房、後に桃青を名のる。若くして伊賀国上野(津藩)の侍大将藤堂新七郎良精(よしきよ)に仕える。やがて北村季吟に師事して俳諧を学び、江戸に下って職業的な俳諧師となる。深川に草庵を結び、芭蕉庵と名付けた。生涯の多くを旅に費やし、紀行文『野ざらし紀行』『鹿島紀行』『笈の小文』『更科紀行』『奥の細道』などがある。元禄七年(1694)十月十二日、大坂で客死。享年五十一。大津膳所の義仲寺の木曽義仲の墓の隣に葬られた。

 

夜窃かに虫は月下の栗を穿つ

窃かに:ひそかに

 

芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな

 

野ざらしを心に風の沁む身かな(野ざらし紀行)

馬上吟

道の辺の木槿は馬に食はれけり(野ざらし紀行)

 

馬に寝て残夢月遠し茶の煙(野ざらし紀行)

 

蔦植ゑて竹四五本のあらしかな(野ざらし紀行)

不破

秋風や藪も畠も不破の関(野ざらし紀行)

 

曙や白魚白きこと一寸(野ざらし紀行)

旅人を見る

馬をさへながむる雪の朝かな(野ざらし紀行)

海辺に日暮らして

海暮れて鴨の声ほのかに白し(野ざらし紀行)

爰に草鞋をとき、かしこに杖を捨てて、旅寝ながらに年の暮れければ

年暮れぬ笠きて草鞋はきながら(野ざらし紀行)

奈良に出づる道のほど

春なれや名もなき山の薄霞(野ざらし紀行)

湖水の眺望

唐崎の松は花より朧にて(野ざらし紀行)

大津に至る道、山路を越えて

山路来て何やらゆかし菫草(野ざらし紀行)

 

よく見れば薺花咲く垣根かな

 

古池や蛙飛び込む水の音

 

初雪や水仙の葉のたわむまで

物皆自得

花に遊ぶ虻な食ひそ友雀

五七の日追善の会

卯の花も母なき宿ぞ冷じき

冷じき:すさまじき

 

時鳥今は俳諧師なき世かな

 

月はやし梢は雨を持ちながら(鹿島紀行)

草庵の雨

起きあがる菊ほのかなり水のあと

 

旅人と我が名呼ばれん初時雨(笈の小文)

富士

一尾根はしぐるる雲か富士の雪

あまつ縄手、田の中に細道ありて、海より吹上ぐる風いと寒き所なり

冬の日や馬上に氷る影法師(笈の小文)

馬上:ばしやう

骨山と云ふは鷹を打つ処なり。南の海の果てにて、鷹の初めて渡る所といへり。いらご鷹など歌にもよめりけりと思へば、猶あはれなる折ふし

鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎

 

さまざまの事思ひ出す桜かな(笈の小文)

臍峠 多武峰より竜門へ越ゆる道なり

雲雀より空にやすらふ峠かな(笈の小文)

臍峠:ほそたうげ

西河

ほろほろと山吹散るか滝の音(笈の小文)

西河:にじかう。奈良県吉野郡川上村。吉野川の急流。

明日は檜とかや、谷の老木のいへる事あり。きのふは夢と過ぎて明日はいまだ来たらず。ただ生前一樽の楽しみの外に、明日は明日はといひ暮して、終に賢者のそしりをうけぬ。

さびしさや華のあたりの翌檜(笈日記)

翌檜:あすならう

芳野

花盛り山は日ごろのあさぼらけ

 

しばらくは花の上なる月夜かな

招提寺鑑眞和尚来朝の時、船中七十余度の難をしのぎたまひ、御目のうち潮風吹入りて、終に御目盲ひさせ給ふ尊像を拝して

若葉して御目の雫拭はばや(笈の小文)

 

草臥れて宿借る比や藤の花(笈の小文)

 

降らずとも竹植うる日は蓑と笠(笈日記)

姨捨山

俤や姨ひとり泣く月の友(更科紀行)

 

身に沁みて大根からし秋の風(更科紀行)

 

冬籠りまた寄り添はん此の柱(曠野)

 

草の戸も住み替はる代ぞ雛の家(奥の細道)

 

行く春や鳥啼き魚の目は泪(奥の細道)

 

あらたふと青葉若葉の日の光(奥の細道)

秋鴉主人の佳景に対す

山も庭も動き入るるや夏座敷

 

田一枚植ゑて立ち去る柳かな(奥の細道)

 

風流の初や奥の田植歌(奥の細道)

 

早苗とる手もとや昔しのぶ摺り(奥の細道)

 

笠島はいづこ五月のぬかり道(奥の細道)

 

夏草や兵どもが夢の跡(奥の細道)

 

五月雨の降り残してや光堂(奥の細道)

 

蚤虱馬の尿する枕もと(奥の細道)

尿:しと。

 

閑かさや岩にしみ入る蝉の声(奥の細道)

 

五月雨を集めて早し最上川(奥の細道)

 

涼しさやほの三日月の羽黒山(奥の細道)

 

雲の峰幾つ崩れて月の山(奥の細道)

 

暑き日を海に入れたり最上川(奥の細道)

 

象潟や雨に西施が合歓の花(奥の細道)

象潟:きさがた 西施:せいし 合歓:ねぶ

 

汐越や鶴脛濡れて海涼し(奥の細道)

汐越:しほごし 脛:はぎ

 

荒海や佐渡に横たふ天の河(奥の細道)

 

曙や霧に渦巻く鐘の声(続句空日記)

 

一家に遊女も寝たり萩と月(奥の細道)

一家:ひとついへ

 

早稲の香や分け入る右は有磯海(奥の細道)

 

あかあかと日はつれなくも秋の風(奥の細道)

ある草庵にいざなはれて

秋涼し手毎にむけや瓜茄子(奥の細道)

瓜茄子:うりなすび

 

むざんやな甲の下のきりぎりす(奥の細道)

甲:かぶと

 

石山の石より白し秋の風(奥の細道)

仲秋の夜は敦賀に泊りて、雨降りければ

月いづく鐘は沈める海の底(真跡短冊)

 

浪の間や小貝にまじる萩の塵(奥の細道)

 

蜻蜒やとりつきかねし草の上(笈日記)

蜻蜒:とんぼう

 

蛤のふたみに別れ行く秋ぞ(奥の細道)

 

初しぐれ猿も小蓑をほしげなり(猿蓑)

 

何に此の師走の市に行く烏(花摘)

 

鐘消えて花の香は撞く夕かな(都曲)

湖水を望みて春を惜しむ

行く春を近江の人と惜しみける(猿蓑)

 

橘やいつの野中の郭公(卯辰集)

 

日の道や葵傾くさ月あめ(猿蓑)

 

京にても京なつかしやほととぎす(己が光)

 

合歓の木の葉越もいとへ星の影(猿蓑)

合歓:ねぶ 葉越:はごし

 

猪もともに吹かるる野分かな(江鮭子)

堅田にて

病鴈の夜寒に落ちて旅寝かな(猿蓑)

 

嵐山藪の茂りや風の筋(嵯峨日記)

 

憂き我をさびしがらせよ閑古鳥(嵯峨日記)

 

竹の子や稚き時の絵のすさび(猿蓑)

 

牛部屋に蚊の声くらき残暑かな(三冊子)

 座右の銘
人の短を言ふ事なかれ
己が長を説く事なかれ

物言へば唇寒し秋の風(芭蕉庵小文庫)

 

葱白く洗ひたてたる寒さかな(韻塞)

葱は「ねぶか」または「ねぎ」。

 

塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店(薦獅子集)

店:たな

 

白露もこぼさぬ萩のうねりかな(真跡自画賛)

閉関の比

蕣や昼は鎖おろす門の垣(藤の実)

蕣:あさがほ 鎖:じやう

 

梅が香にのつと日の出る山路かな(炭俵)

 

五月雨の空吹き落せ大井川(真蹟懐紙)

嵯峨

六月や峰に雲置く嵐山(杉風宛書簡)

六月:ろくぐわつ

 

夏の夜や崩れて明けし冷し物(続猿蓑)

 

稲妻や顔のところが薄の穂(続猿蓑)

 

菊の香や奈良には古き仏達(杉風宛書簡)

所思

此の道や行く人なしに秋の暮(其便)

旅懐

此の秋は何で年よる雲に鳥(笈日記)

 

白菊の目に立てて見る塵もなし(笈日記)

畦止亭において即興  月下送児

月澄むや狐こはがる児の供(其便)

児:ちご

 

秋深き隣は何をする人ぞ(笈日記)

病中吟

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(笈日記)

 

清滝や波に散り込む青松葉(笈日記)


更新日:平成17年04月29日
最終更新日:平成18年09月03日