千人万首 読み方の手引

寛喜元年女御入内屏風←詞書(ことばがき)または題詞です。

風そよぐならの小川の夕ぐれはみそぎぞ夏のしるしなりける(新勅撰192)

↑歌本文です。出来るだけ多くの本を参照し、最良と思える本文を採っています。表記は、原典に忠実ではありません。仮名遣は、原則として歴史的仮名遣に統一しています。漢字は、通行の字体を用いています。また読みやすさを考慮し、ひらがなを漢字に改めるなど、適宜表記を改変しています。
末尾の( )内は出典の歌集(略称)新編国歌大観番号です。国歌大観番号は、原則として、万葉集と勅撰集の場合のみ記載しています(万葉集では旧国歌大観番号を用いています)

【通釈】風にそよぐ楢の葉、その下を流れる楢の小川の涼しげな夕暮時にあっては、皆が川に入って六月みなづきばらえのみそぎをしている様子ばかりが、まだ夏であるしるしなのだった。

↑鑑賞の一助になればと、歌意を現代文で解釈してみたものです。もとより文法に配慮はしていますが、現代文として無理のない文章を心がけており、必ずしも原作の文法に忠実ではありません。

【語釈】◇風そよぐ 風にそよぐ。当時の和歌では助詞「に」を略すことが少なくない。◇ならの小川 京都上賀茂神社の境内を流れる川。樹の「楢」を掛けている。(以下略)

↑語についての解説・解釈です。

【補記】『壬二集』の詞書は「六月祓」。寛喜元年(1229)十一月十六日、九条道家女の竴子(のちの藻壁門院)が後堀河天皇の女御として入内する際の、年中行事を描いた月次(つきなみ)屏風に添えた歌。

↑補足的な解説です。

【他出】壬二集、百人一首、秋風抄(序)、新三十六人撰、心敬私語

↑掲出歌を載せる、他の文献です。主要なものだけを記しています。百人一首と百人秀歌の重複歌については、百人一首のみを掲げています。

【本歌】八代女王「古今六帖」「新古今集」
みそぎするならの小川の河風に祈りぞわたる下に絶えじと
  源頼綱「後拾遺集」
夏山のならの葉そよぐ夕暮は今年も秋の心地こそすれ

↑掲出歌の本歌です。意識的な「本歌取り」の手法が取られていると思われる場合のみ、「本歌」として掲げます。(本歌取りの技法が確立されるのは新古今集の時代ですが、それ以前の時代でも、萌芽的に本歌取りの手法は見られます。そのような場合にも本歌を掲げています。)

【参考歌】源経信「経信集」
のどかなる風のけしきに青柳のなびくぞ春のしるしなりける
  藤原教長「教長集」
風そよぐならの葉かげのこけむしろ夏を忘るるまとゐをぞする

↑類似した語句や趣向を有する歌として、掲出歌を鑑賞する時に参考になると思われる歌を挙げています。多くは掲出歌の作者が創作時に参考にした可能性の高い歌なのですが、必ずしもその意味で「参考歌」と呼ぶのではありません

【主な派生歌】
年月をすつるしるしはみそぎ川夏こそなけれ水のしら波(松永貞徳)
風わたるならの小河の夕すずみみそぎもあへずなつぞながるる(小沢蘆庵)

↑掲出歌を本歌としたり、掲出歌の影響を受けたりしたと思われる、後世の作です。歌のみならず、俳諧や近現代詩を挙げている場合もあります。


公開日:平成19年08月05日
最終更新日:平成21年09月04日