第6章 丹後七姫に想いをはせて

スイス村を後にし、丹後半島を一周し、帰る事となる。ガイドブックを 眺めていたてらちゃんが間人の温泉「はしうど荘」を見つけた。彼は温 泉に必ず入ると必死であった。
丹後大仏が我々に「また、寄ってね!」と挨拶をしているようだった。 最後のメインイベント『丹後七姫ツアー』の幕開けである。
丹後半島では伝説や歴史上でゆかりのあった女性を『丹後七姫』と称し、 七つの町それぞれに観光シンボルとして設定しているそうである。今回 は嗜好を変え、その『丹後七姫』を行程上で紹介していきたいとおもう。 最初は浦島太郎の伝説で有名なの宇良(浦島)神社に寄り、そして、布 引きの滝へ行った。もちろん、この伊根町でのお姫様は『乙姫様』であ る。
周囲は田植えの準備。浦島太郎が亀を助けたと言われる本庄浜が近いせ いか、かもめがいっぱいいた。さあ、布引きの滝を間近に見ようと二人 の鼻息は荒かった。まず、田植えをしているおばさんに布引きの滝へ行 く道を聞いた。おばさんは
「行っても途中で道がなくなっているよ。」
と言う。何だか妙だ。でも、半ば強引に道を聞き出発。いきなり、薮が 道をふさぐ。薮を掻き分けすすむ。もう、気分は川口ヒロシ探検隊のノ リである。あまり人が通らないので、道は苔むしていた。踏みしめると ズルズル滑る。二人ともギャアギャア言いながら急斜面を登って行った。 日頃の運動不足がたたったのか、もう、息絶え絶えである。
いきなり、我々の前を細長い物体が横切った。蛇だ!てらちゃんが仰天! 彼は蛇が苦手なのである。面白そうなので「また出た!!」と言ってから かった。本当に怖いらしい。私を盾にしながら歩こうとする。彼の弱点を 見つけた私はニンマリ。今度、何かあったらこの手を使おう。イヒヒ、、。 二人の体力がレッドゾーンに入ろうとしたときに道は途切れてしまった。 我々はゼイゼイしながら叫ぶ。
「こんなもんガイドブックに載せるな!アホッ!!!」
山を降りて振り返ると、山の中腹に滝の形跡の様なものが見えた。どうや ら滝は枯れてしまっているらしい。
とんだ浦島伝説探検であった。気を取り直し、次の目的地、経ヶ岬へ向か う。ここから先は岸壁沿いのワインディングロード。雄大な日本海を眺め てのドライブはいいものである。丹後半島を一周するこの国道178号線は ライダーにとって絶好のツーリングコースである。たくさんのライダー達 がバイクにまたがり、ツーリングを楽しんでいた。私はてらちゃんに登山 の山の挨拶のようにライダー達にも『道の挨拶』があることを教えた。彼 はやってみせろという。やってみたが反応ナシ。フロントガラスが邪魔に なって見えないみたいである。
そうこうしているうちに白南風(しらはえ)トンネルを抜け、経ヶ岬に到 着してしまった。岬の先端付近の駐車場に車を止め、いざ経ヶ岬灯台へ。 でも、てらちゃんは死にかけていた。先ほどの探検がたたったのだろう。 しかし、私は彼をひっぱり、灯台への山道を登り始めた。あまりの長い登 り坂の為、てらちゃんは虫の息。でも、白亜の美しい灯台を見ると、ゲン キンにも立ち直り、記念写真を撮ってくれた。
すでにPM2:00を回っていたので昼食を取ることにした。伊根ですっかり 舌が肥えてしまった二人なので、休憩コーナーの食事はなんとなくいやだ った。間人へ行く途中で適当な店を見つけることにした。
ここはすでに竹野郡丹後町。ここでのお姫様は間人の名の由来となった聖 徳太子の母君であられる間人(はしひと)皇后である。詳細は注釈をご覧 あれ。
車を走らせても店らしきものがないので、仕方なく「スーパーにしがき」 でパックの寿司を買い、おまけに車にも昼食を与えた。近くの漁港に車を 止め、侘しい食事である。ここは丹後松島。美しい砂浜と松のある素晴し い場所であるが、撮影する気力はすでに無かった。テニスと探検と運転の 疲れがどっとでたのである。 「よし、温泉につかって疲れを取ろう」
車は一路間人へ。雄大な砂浜の中に小さなログハウス風の建物が見える。 私の出身大学の丹後学舎である。学生時代の記憶が走馬灯の様に現われた。 私に伊根への想いを植え付けた丹後松島よ、さらば!また逢おう!! 格好をつけているうちに間人の温泉「はしうど荘」に到着。国道沿いの海 側にあった。二人ともタオルを片手に一気に突入。入浴料300円をさっさ と払い、着ている服をむしり取ってドボンと入った。ああ!気持ちいい! 最高!まるでパラダイスだ!!もう、のぼせて死んでもいい!!お肌がツ ルツルになって大満足だったが、今度は眠気がしてきた。水分を補給し、 ベンチに横になり、風呂の底よりも深い眠りへ。30分経っててらちゃんが 起こす。人が多くなったのでこんなところで大胆に寝るのはヒンシュクだ という。それもそうだと思い、出ることにした。近くに海岸があったので 涼みに行った。そこに感じのいい若夫婦が子供達が遊んでいるのをチェア ーに座りながらのんびりしている光景を目にした。慌てて車からカメラを 取り出し、シュート!
車に戻る途中に貝殻の店があったので、アイちゃんのお土産に白い貝殻を 買った。
さあ、これからは一気に家路に向かう。道の途中で丹後七姫の町を幾つか 通過したので紹介しておく。弥栄町は元細川首相の先祖である細川ガラシ ャ夫人。ちなみに余談ではあるが、私の住む長岡京市も彼女のゆかりの地 である。次は峰山町。羽衣伝説で有名な羽衣天女。続いて大宮町は絶世の 美女小野小町。通過した町以外にも、網野町は静御前、宮津および舞鶴市 は安寿姫もいることを忘れずに。
美しい丹後七姫に見送られながら我々は丹後半島を後にした。帰りは大江山 は超えずに国道176号線を南下。酒顛童子を恐れたわけじゃあないけれど、 このほうが早いのである。福知山へでてそこから舞鶴自動車道へ。一気に 中国豊中まで出てきた。PM8:00、いよいよラストスパート。江坂にてら ちゃんの知っている中華料理屋があるということなので、そこで遅い夕食 を取ることにした。この店のチャッチフレーズはなんと『精つく!運つく! 女つく!』である。面白い。我々はこの店でラーメンとギョウザを食しな がら、旅行の経費を精算した。
そして、相川まで彼を送り、再開を約束して別れた。私は一人車の中でさ だまさしのアルバム『逢ひみての』をカーステレオで聞きながら、今回の 旅路を思い返していた。
あこがれの伊根の風景は一生忘れることはないだろう。そして、てらちゃ んとの友情をより深めることができたことをうれしく思った。
もう、すっかりつかれてしまったので、家の近くのローソンで車を止め、 休憩していたらそのまま寝てしまった。気がついて起きてみると、もう、 AM2:00であった。慌ててエンジンをかけ、家路へ急ぐ。

明日からまた、いつもと変わらない日々が続く。

丹後の伊根は素晴しイネ
また行きたイネ
                              

おわり

注釈

【丹後大仏】
ひっそりとした場所に苔むした大仏さんがあります。詳細はわかりませ ん。

【丹後七姫】
丹後地域にゆかりのある伝説や歴史上の七人の女性。観光用シンボルと して昭和60年峰山青年会議所が設定した。町起こしに一役かっているら しい。

【宇良(浦島)神社】
浦島子(浦島太郎)を祭る神社。伝説にちなんだ乙姫様の小袖(重文) や浦島明神縁起絵巻(重文)が宝物殿に保存されている。

【布引きの滝】
宇良(浦島)神社のすぐ近くにある比高約25mの丹後最大の滝。らしい のだが、本文では枯れていた。どういうことなのだろうか。

【道の挨拶】
ツーリングライダーが対向車に対して行う挨拶。左手を右型上方にかざし、 Vサインをする。一種のマナーみたいなもの。向こうがやってくれると大変 気持ちいい。

【経ヶ岬】
丹後半島の東北端にある一等灯台がある。明治31年12月開設。昭和63年 よりコンピュータ制御の無人灯台となる。今の付近の潮流が複雑なため、 航行上の難所であると同時に有数な漁場でもある。

間人(たいざ)間人(はしひと)皇后】
丹後町の町役場所在地。京都府屈指の難読地名である。
どうしてこんな変な地名がついたのか定かではないだが、一番有力な説で は以下の通り。

昔、聖徳太子の母である穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとのおき さき)が都での争いを避けるためにこの地に滞在された。間もなく、 皇后は仮の行在所を退座し帰京されたので、記念に皇后様の『間人』 の文字を頂き、読みを『たいざ(退座)』としたそうである。

【はしうど荘】
正式名、丹後温泉はしうど荘。泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩。 入浴料300円。お正月、ゴールデンウィークなど季節的に岩風呂がオープ ンする。プラス300円が必要。効能は腰痛、神経質に効くらしい。入って みたところ、お肌がつるつるするので、美容には最適かも。

【細川ガラシャ夫人】
戦国時代の悲劇のヒロイン。細川忠興の妻。正式名称は玉という。明智 光秀の娘であったが、本能寺の変の後、現在の弥栄町の味土野に幽閉さ れる。クリスチャンであった。忠興との新婚時代の3年間は京都の長岡 京市の勝竜寺城で過ごしたのは余談である。

【羽衣伝説】
丹後の比治山の天女の伝説。山の頂上の泉で八人の天女が水浴びをしてい るところへある老夫婦が見つけ一人の天女の羽衣をかくしてしまう。仕方 なく、天女は老夫婦の子供となって暮らす、といった有名な話。

【小野小町】
絶世の美女小野小町が没したのが大宮町の五十河と言う所。そこに小町の 墓がある。

【静御前】
源義経の妻。網野町は磯の出身。鎌倉幕府に源義経の子を殺され、傷心の 身で故郷の磯に帰り、わずか二十歳の若さで亡くなった。現在はそこに静 神社がある。

【安寿姫】
山椒太夫(さんしょうだゆう)伝説、別名『安寿と厨子王』伝説にでてく る。人買いの手に落ち、山椒太夫の元で重労働を強いられた安寿と厨子王。 安寿は厨子王を逃がし、自ら死ぬ。

中世から語り物として語り継がれた。また、森鴎外はこの説教節を小説化 した。

【酒顛童子】
御伽草子(おとぎぞうし)に出てくる酒顛童子は都に出没しては金品、女を 奪い、挙句の果てに源頼光に退治されてしまう。
一方では心やさしい鬼だったという説も。いったいどっち?

【さだまさしの『逢ひみての』】
さだまさしのデビュー20周年の記念アルバム。
『逢ひみての後の心にくらぶれば昔はものを思はざるなり』
という恋の唄からタイトルを命名したそうである。
北は北海道から南は沖縄まで日本各地の情緒や人情を綴った旅情溢れる逸品 。あの有名な『北の国から』のテーマ曲も入っている。楽器構成が非常にシ ンプルで涙ものである。


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