下着、着替え、タオル、非常食、トレーニング・ツール…。
「こんなモンかしらね」
 私はスポーツ・バッグに詰めるだけ詰めて、ふうと一息吐いた。
「あとは…お金ね」
 何はなくとも、一番必要になるのは、やっぱりお金。
 これは、ちょっと悪いかな、と思ったけど、お母様のヘソクリを拝借した。
 窓の外を見る。夏の日の出は早いけれど、まだ外は薄暗い程度。
「よいしょっと…」
 私はバックを担ぎあげた。日頃の鍛錬のお陰で、重い荷物を持つのに不自由する自分じゃない。
「行ってきまーす…帰るの、いつになるか分からないけど」
 私は小声でそう言って、窓を開けて、すぐ側にある樹を伝って降り―――家を、出た。

 Sixteen 〜ルルー、旅立ちの夏〜     NO.04 神岡望

 私が家を出るのを決心したのは、一週間前。
 ヴァンパイアの伯爵に誘拐された所を、ある男性に助けてもらった。
 家の玄関まで送ってもらい、ワープの魔法であっという間に消えてしまった彼。
 カーバンクルという不思議な生物をペットにしていて、彼の妃はそれを授かる。私が彼について知っていることは、これだけ。
 彼の名前は―――『サタン』。
 私は、家の図書室に篭もりきりになって、人名辞典で片っ端からその名を探した。
 図書館は、両親が見栄で設置したもので、実際はあまり使っていなかったのだけれど、こんなことに役に立ってくれたんだから、あってよかったわ。
 彼の名前が出てきたのは、思わぬ本からだった。
 調べるのに疲れきって、ふと目に飛び込んできた本の背表紙、『魔導世界の歴史』。
 私は歴史は大嫌いだけれど、その時だけ、本を手に取る気になった。名前の羅列を追うのに、目がうんざりしていたから。
 そして、見つけた。
 “闇の貴公子”サタン。その名は、魔導世界の歴史に繰り返し出てくる名前だった。古代魔導世界を退廃させ、現在の魔導世界の復興に手を貸した、未来の魔界の王者。
 まさか―――そんなことが!
 普通の人間ではない、ということぐらいは判っていた。左右側頭部に二本、角が生えていた。私を家まで送ってくれた時、彼は背中にある翼で空を飛んだ。
 魔物だとは思ったけれど。
 私とは身分が違いすぎる。私は、貴族でも魔導師でもない、一介の成金商人の娘に過ぎない…。
 図書室に篭もって六日目―――昨日、私はやっと決心がついた。
 それでも私、サタン様が好きだわ。
 身分が何よ。その程度のことが障害になるわけない。
 そんなモノに振り回されない、サタン様に相応しい女に、私はなってみせるっ!

 …というわけで。  その旅立ちから一週間目、そろそろお風呂とベットが恋しくなってきた。
 武者修行の類で山野に行くことはよくあったけれど、必ず、従者が最低二人は付き添っていた。一人っきりで旅に出たことは、実は今回が初めて。
 家からの追跡が不安で、ずっと野宿で通してきたけど、連れがいないと水浴びや着替えもゆっくり出来ない。荷物の安否の番その他諸々の細事を、全部一人でカバーしなければならない。
 私の疲労は、ピークを迎えていた。
 地図を見た。この道を真っ直に行けば、“村”をちょっとだけ大きくしたような町に出られるはず。
 こんな小さな町なら、大丈夫よ。お父様が警察に届けたりしてたとしても、こんな所まで連絡は行かないはず。
 私は、家からくすねてきた財布の中身を確認した。宿のランクを落として、二三日宿を借りて、修練はこの森まで戻ってやればいいかしら。
 あら?
 この町の奥の方に、なんか洞窟の入り口みたいなのがあるわね。何かしら。山の神様でも、奉っている…?
「行けばわかるわよね」
 青い空を見上げて、私は独り言を言った…。

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