[メール]
鰊(ニシン)のことなど
・・・海のものでも山の名物・・・

戯言(たわごと)ひとつに、後から知識(泥縄)が付いてくる(笑)

(Sponsored Essay:協賛広告付)


07年089月のことでした

 オトヅレはオオツキさんからのメールであった。


    Date: Mon, 01 Sep 2008
    From: "&T'sDESIGN"
    Subject: Re: [恵比壽塵報]16号

    9月。もうすぐ秋です。

    土曜日に、銀座松屋で開催されている「デザイン物産日本」
    見てきました。各県の伝統的物産や現代デザインを加味した
    モノなどそれぞれ5点ほどを紹介するものでしたが、各県5点
    というのは、いかにも食い足りない感じがしましたが・・・
    全体の印象としては、やはり伝統のものは歴史と民衆とが
    育んだ力強さがありましたが、その伝統物に+デザインが
    入ったものは、いかにも小細工過ぎて感心しませんでした。

    ちなみに、福島県は伝統モノは「にしん鉢」(これはすばら
    しい!)、お酒・仏壇(2点ともデザイン処理モノ・・・)など
    でした。

    それはそうと、同じく松屋にて9月10日?3日まで、五十嵐さんの
    ストーカー人物の「白州次郎と白州正子展」が開催です。
    これは逃がしてはなりませんね!

    てなとこで。




    Date: Mon, 01 Sep 2008
    From: Jin Igarashi
    Subject: にしん鉢・白夫妻

     昨日は、「ファブリス・イベール たねを育てる展」(最終日)でした。
    晴れていたので、出掛けてきました(^^;
    なんだか、富士の裾野のイメージのような、昔の芝居の舞台装置のような草熟 (草いきれ)も感じない葭原?を歩いて都会の人は感激するのかいなと思いま した。

     適当なことを書きますが(^^;

     「にしん鉢」は、会津の生活文化に密着した器です。
    様(様式)からではなく用(用途)からつくられたもの」です。
    いま↑思いついた(浮かんだ)のですが、誰かの言葉でしょうか。柳宗悦氏と かでしたらいいそうな気もしてしまいます。

     にしんの山椒漬けを作るもので、にしんを折畳まないで入る大きさの長方形 の器。会津本郷の流紋焼きというものです。一時は、電信柱の碍子(がいし) などを焼いていました(本郷焼きといった)が、それも廃れて最近(とはいえ 平成とか昭和後期)は文化伝統工芸生活雑器として見直されてきています。
     そのにしん鉢ですが、夏に昭和に行った時に、旅館の赤い刺身の話から、海 のものではあるが加工品としてのニシンは会津の名物なりといった話から、本 郷あたりには専用の鉢があるといった事をとうとうと述べると、
     「これのことかい?」
    とおばあちゃんが台所の隅から、その器を出してきました。はは、御意でございます。
     能書きたれ(イガラシ)は、実生活者を追い越すことはどうしても出来ませ ん(^^;

     何故か最近、「とんぼの本」でも白洲正子のお能の本も出ていますね。
    遅れて歩いていると、周回遅れでも先頭に立っているような気分になります。

     白洲正子氏は夫婦円満の秘訣を尋ねられた時にこの様におっしゃいました。
    「夫婦で共通の趣味を持たないことね」(訂正)けだし、名言であります。

    (訂正)
    「夫婦で共通の趣味を持たないことね」と白洲正子氏は語ったと書き ました。
    どこで読んだか、TVで見たのか覚えていない。
    08年9月20日に、銀座松屋で開催中の「白洲次郎と白洲正子展」に行ってきました。
    と、入場券の切符の半券(チラシにも)には、

      白洲次郎は「夫婦円満の秘訣は、一緒にいないことだ」と語 っています。しかし、東京郊外・鶴川の武相荘(旧白洲邸) での二人の暮らしや、身近な人々の語るエピソードからは、 その言葉の奥にある、お互いへの強い信頼が見えてきます。
      (入場券半券とチラシの解説より)

    とありました。わたしの勘違いだったのでしょうか、
    どちらにしても、わたしにとっては同じ言葉の裏表一体と思えるので納得する のですが、白洲正子氏が語ったと断言する自信がなくなってきました。
    最良の解釈は、夫妻ともに語った。よろしからぬ解釈は、白洲次郎氏の言葉だ ったのを、わたしがさもあらんと勝手に納得して、フィルタリングして記憶し てしまった。ということになる。
    イガラシの言うことと、主催者の解説文と、どちらが信頼できるかというと、 うーむ、分が悪い。一旦わたしの勘違いとして訂正しておきます。
    (08/09/20)





    Date: Mon, 01 Sep 2008
    From: Jin Igarashi
    Subject: にしん鉢・その2

    >> にしんの山椒漬けを作るもので、にしんを折畳まないで入る大きさの長方形
    >>の器。会津本郷の流紋焼きというものです。一時は、電信柱の碍子(がいし)
    >>などを焼いていました(本郷焼きといった)が、それも廃れて最近(とはいえ
    >>平成とか昭和後期)は文化伝統工芸生活雑器として見直されてきています。

     碍子の話を書きましたら、とたんに福島**新聞で「ダメ出し」記事を見つ けてしまいました(^^;

      ■美里の碍子製造工場で火災
       31日午後2時50分ごろ、会津美里町字川原町甲****、
       碍子(がいし)製造の・・・工場から出火、
       ・・略・・

     記事にある会津美里町とは、高田町、本郷町、新鶴村が平成の合併で統合さ れた町です。まったくなんの趣もなくなりました。火災現場の字川原町の最寄 の駅は会津本郷駅です。

    《訂正》
     現在は、碍子は碍子で工業製品として、工場生産されているようですネ。





    Date: Mon, 01 Sep 2008
    From: "&T'sDESIGN"
    Subject: Re: にしん鉢・その2

    O社のみならず、ガイシ系企業は大変だ・・・・
    ここに、登場する人物は、元々は日本オリベッティ株式会社という会社のOB。
    日本オリベッティ株式会社というのは親会社がイタリアのオリベッティ社。
    つまり、外資(ガイシ)系と掛けているオヤジの自虐駄洒落だけで、碍子系会 社を心配している訳ではない。


    Date: Thu, 04 Sep 2008
    From: Jin Igarashi
    Subject: [FYI]会津本郷焼の作陶展

     会津本郷焼の「にしん鉢」だけでは食い足りないようでしたら、こちらも どうぞ。
     先日、OTさんがお出かけされたのは、この展覧会ではないですよね。
    それとも、食い足りなかったのは、ニシンが入っていなかったから((((^^;

      ■東京で本郷焼・宗像さん作陶展 実直な作風が人気
       会津本郷焼の宗像窯8代目当主、宗像利浩さん(51)の作陶展 が8日まで、東京の日本橋三越本店で開かれている。
      ・・略・・
      (2008年9月4日 福島**より)

     この記事には、お決まりの定型文が入っていない。
     ■定型文例。
      「来場者は、実直な作風にひとつひとつうなづきながら見入っていた。」
     記者が現地取材をしていないので、さすがに書かなかったのか(^^;






    From: (ワット)
    Date: Thu, 4 Sep 2008
    Subject: Re: にしん鉢・その2

    恵比寿塵報主幹 どの

    会津の優良ガイシ系企業の作る、ニシンの山椒漬けの皿、よさそうですね。ど んな形態ですか?
    山国の、タンパク質を摂る工夫、ベスト3?
    ニシンの山椒漬け、京都のサバずし、甲斐の煮アワビ・・・。
    湘南支局、わたべ。




    From: Jin Igarashi
    Date: Thu, 04 Sep 2008
    Subject: ニシン鉢

     流し読みしましたね、渡部支局長殿:

    >>ニシンの山椒漬けの皿

     皿では、ありません。

    ■形状仕様
     昔のアルミの弁当箱より少し大きめで、深さを2倍にしたような「箱状」の 焼物です。確か蓋も焼物の板で真ん中にツマミがある。
     ニシン、山椒の葉っぱ、ニシン、山椒の葉っぱ、ニシン、山椒の葉っぱ、と 大体、4段から6段くらい積み重ねられる。
     作り方は、、、、、検索してください(^^;

     OTさんに、描いてもらえばよいですが(^^;
    OTさんがご覧になられた実物もそのようなものと思われます。

                            /寝て(タ)待ち主幹




    CM
    奥会津の郷土料理
     さあ、けぇ!(食べてください)
     おもてなしの心がここにある。
     食材には感謝と手間暇とぬくもりと愛情と、
     紡ぎつづける歳時記の里の食の数々。1月から12月までご紹介。
     お取り寄せでは味わえない、奥会津でいただく自然と神々とマレビトとの食祭です。
             >>>>協賛バナー広告募集中です。



    Date: Thu, 04 Sep 2008
    From: Jin Igarashi
    Subject: ニシン鉢発見

    >> ニシン、山椒の葉っぱ、ニシン、山椒の葉っぱ、ニシン、山椒の葉っぱ、と
    >>大体、4段から6段くらい積み重ねられる。
    >> 作り方は、、、、、検索してください(^^;

     適当な事を書いておきましたが、それは時間稼ぎです。
    その間に、WATさんが検索で奥会津の山の中で遭難する危険を察知しました ので、急遽下山、報告です。

     まずは、ニシン鉢の写真はこれだ!!

     宗像窯/ニシン鉢
     http://www.munakatagama.net/body/munakatagama.html

     この後に、載せる分は、後でゆっくりご賞味ください。

     柳宗悦を始め河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ各氏なども出てき たではないですか。

      「会津本郷は、奥会津の益子と呼ばれています。」←いません!。
      「用(用途)から様(様式)へ。」
      イガラシオリジナル↑を主張したいが、ますます上手いフレーズになって きた。

     ※これらのURLは「検索」をしなくとも、以下をたどれば行き着きます。

     1.菅家ブログ→会津学→奥会津書房。
       ■記憶の森をあるく■
       http://kanke.cocolog−nifty.com/

     2.昭和村HPのリンクサイト→会津三里町→本郷焼き→窯元。
       ■奥会津昭和村■
       http://www.vill.showa.fukushima.jp/

    奥会津の郷土料理/メニュー
     http://www.kyoritsu.co.jp/Okuaizu−no−shoku/index.html

    奥会津の郷土料理/3月
     http://www.kyoritsu.co.jp/Okuaizu−no−shoku/03.html

     山椒ニシンあり

    >> 山椒ニシン
      山椒の香りで包まれた身欠きニシンの歯ごたえは、その独特の風 味が好まれて酒の肴としても人気が高い。
      会津一円で作られる料理である。
      身欠きニシンは昔から貴重な蛋白源だった
      山峡の村々を、行商人が藁で一括りにした身欠きニシンを売り歩 いていた頃から、山椒と酢で保存力を高めたこの料理は、どこの 家々でも作る行事食となっている。
      (同ページより引用しました)

    奥会津の郷土料理/5月
     http://www.kyoritsu.co.jp/Okuaizu−no−shoku/05.html

      昭和村の郷土料理伝承グループ「五月会」は、五十嵐サツキさん を中心にしたばぁさま料理人六人衆。
      平均年齢約70歳。昔ながらの料理を残したいと、頼まれれば遠く草加市の市民祭りへも出向く。
      そしてついでに歌なども歌ってしまう。
      底抜けのあたたかさと陽気さを最高の調味料に、舌鼓のあとに思 わず涙が溢れてくるような、忘れ難い味を生む達人たち。
      (同ページより引用しました)

       ※ここの「五十嵐サツキさん」は、イガラシの奥会津シリーズにも出て来る、 「サツキ姉」です。近所の同級生の母親。

     ついでに、山椒味噌付き焼き豆腐の説明

    >>焼き豆腐の山椒味噌
      木綿豆腐を薄めに切って焼き、山椒味噌を載せて食す。
      もちろん、アツアツが美味しい。
      この時期、木の芽はいろいろな料理にふんだんに用いられる。
      家の周囲で容易に手に入るので、大きくならないうちにたくさん摘み 取って軽く湯通しをし、冷凍保存して一年中使う。
      山椒味噌は、木の芽をよく擦って味噌に混ぜ込むだけなのだが、 香りが損なわれず日持ちもするので、田楽や薬味に重宝される。
      (同ページより引用しました)

    本郷焼き
     http://www.hongoyaki.or.jp/

     歴史が記載されています。

    宗像窯/ニシン鉢
     http://www.munakatagama.net/body/munakatagama.html

     ニシン鉢写真あり!!
     やはり、九州宗像からの来歴と、
    「民芸」系の有名人が出てきた。

       東北最古の登り窯(会津美里町文化財)
       千利休の七哲の蒲生氏郷公から説きおこし、宗像窯の先祖は奈良 時代に宗像大社の布教師として移り住み、宗像神社(現在の広瀬神 社)を建立したこと。
      やきものは享保四年(1718年)に始まり、専業 としては八代目となる。
      1954年(昭和29年)に柳宗悦を始め河井寛次 郎、濱田庄司、バーナード・リーチ各氏等の激励を頂く。
      1958年(昭和33年)には、六代目豊意がブリュッセル万国博覧会にて、 宗像窯伝来のにしん鉢が最高賞のグランプリを受賞など。現在は会 津本郷は合併により会津美里町となるも、宗像窯は八代目を利浩が 継承している。
      (同ページより抄録、責:イガラシ)

    ニシン鉢とは
       宗像窯六代目豊意のニシン鉢は1958年に万国博覧会で最高賞のグ ランプリを受賞した。
       ニシン鉢ができた背景には会津の生活や風土がありまる。
      山国会 津には新鮮な生魚が入りにくく、タンパク源として乾燥させた身欠 きニシンをサンショウと酢、しょうゆで漬け込む「ニシンのサンシ ョウ漬け」が作られた。
      この用途の道具(器)としてニシン鉢が作 られた。
       ニシン鉢の形は長方形で、5枚の板による張り合わせで作られ、釉 薬(ゆうやく)は茶色の飴釉(あめゆう)が主流。これ(飴釉)は、 焼上後の冷めるときにひび割れが少なく、油が染みにくく水漏れが 少ない。
      塩分、酸にも強い丈夫な釉薬である。また陶器のニシン鉢 は器自体が呼吸していて、気温や湿度を微妙に調整する力があり、 漬汁が良い状態に保たれる。
       ニシン鉢が世界で評価されたのは、作品の中に会津の風土がしっ かりと刻みこまれている点であります。単純構成の中に力強さと美 が備わり、日本的なものとして世界に認められたのです。
      (同ページより抄録、責:イガラシ)




    CM
    奥会津・昭和村
     からむし織の里へようこそ!
     四季折々の風景写真も随時更新中。
     あなたもきっと行ってみたくなる。

             >>>>協賛バナー広告募集中です。










※メール送付時の、誤字脱字は一部校正(構成)しました。

08/09/20:白洲正子氏の話の条(くだり)訂正。
12/05/18:記述年間違いを訂正。×07年、○08

(Copyright : Japan Intelligence Network / &T'sDESIGN / WAT)