泥舟か方舟か?


 2000年の明治神宮探鳥会も,無事に12回,終わりました。この1年間の延べ参加者数は517名となりました。悪天候だった日も含めて,平均40数名の参加があったと言うことになります。
 ……実はこの数字,昨年より2割も少ないのです。
 明治神宮探鳥会の主催団体である,日本野鳥の会東京支部の会員数も,数年前のピーク時に比べると,1割ほど減っています。東京での会員減を追うように,全国対応組織の日本野鳥の会本部でも,会員数の頭打ち〜減少傾向が出てきました。

 少し気になって,東京での探鳥会参加人数の実績をチェックしてみました。
 確かに都内での定例探鳥会では,参加者数を減らしているところが多い。
 その一方で,観察される野鳥の種類数が多いと言う評判の探鳥会,珍しい鳥に出会える可能性が高いと言われる探鳥会には,かなりの人が集中しています。
 もちろん,アウトドア遊びを楽しむ人口や,野鳥観察者の人口が,1年で1割〜2割も減ったと言う話は聞きません。

 この辺から推測すると……野鳥観察者の欲求が,よりパーソナルな満足に,より珍しい野鳥へと傾倒している傾向にあること,そして,その欲求に応えられない探鳥会や野鳥の会は,人が離れてゆく傾向にある,と言うことが考えられます。また,探鳥会の現場で受ける印象ですが,探鳥会参加者にも,野鳥の会会員にも,「自然保護離れ」が強くなっている傾向が感じられます。もともと,野鳥観察はパーソナルな趣味であると言う認識の人は少なくありませんが,特に最近では,探鳥会でも,参加者同士のコミュニケーションをあまり希望しない人が多かったり,自分が鳥を見ること以外の興味をほとんど示さない人など,物静かで閉鎖的な参加者が増えてきました。

 日本野鳥の会は,「自然保護団体」ではありますが,もともとが「趣味の野鳥観察」的な組織だったため,「趣味人集団」の顔と「自然保護団体」の顔を持ち合わせています。もちろん,その特徴を生かして,鳥や自然が好きな人たちに,それを守るための知識を与え,希望すれば研究,保護活動にも参加できる,と言った,有機的なつながりが出来れば,かなり効果的なのでしょうけど,現在の一般的な会員と「自然保護」の間には,かなりのギャップが生じているようです。
 また,自然保護に対する一般的な理解と言うのは,1970年前後の公害の時代の感覚で止まっている場合が多いので,「自然保護活動」と言うと,反対デモと募金と署名ぐらいしか思いつかない会員も,少なくありません。自然保護への無関心は,自然保護に対する無理解や,「鳥」以外の自然への興味の喪失などにも,原因が考えられます。肝心の野鳥の会が,会員のための自然保護教育に力を入れていないのだから,当然の結果と言えば,そうなんですが…。他方,「自然保護」をあんまり前面に出すと,会員増加策の障害になる,と言う認識もあるようです。自然保護を謳いたい組織が「自然保護」臭さを隠して,とりあえずの会員増加を狙うのは,長い目で見て,得策とは思えませんけどね。

 その結果,野鳥の会の組織としてのイメージも,その対外的インターフェースの1つである探鳥会も,現状ではとても中途半端な立場に置かれています。「自然保護」と「趣味集団」の間で,どっちつかずの状態です。野鳥の会の会報よりも,雑誌「BIRDER」のほうが面白いと感じる野鳥観察者のほうが圧倒的に多いのですが,「BIRDER」のように,鳥を見ることに対する,ハッキリした「こだわり」と割り切りがあるほうが,一般には理解しやすいですし,第一,多くのの観察者は自然保護には消極的ですから,「BIRDER」のほうが読んでいて気持ちいいはずです(苦笑)。

 明治神宮探鳥会でも,「環境」に目を向けさせるような演出を,いくつか試みていますが,いずれも反応が鈍く,現在では行っていません。興味が無いものを押し付けても仕方がありません。参加者に話を聞くと,「自分は初心者だから,鳥の名前を覚えるのが精一杯で,自然のこととか,自然保護なんて,到底手が届かない」と言う類の返事が返ってきました。……しかし,ですよ……「自然保護」は野鳥に熟達しないと出来ない,なんて,誰が考えたんでしょう?……な〜んて,真に受けても仕方がありませんね。ある意味,「自分は鳥さえ見られればいいんだ,余計な口出しはしないでくれ」と言われているようなものなのですから。私の観察結果によれば,「自然保護」には手を出したがらない野鳥の会会員は,身近にゴロゴロ居るのです。その一方,「野鳥の会に入るとカウンタ持って調査研究をしなくちゃいけないので入会したくない」と,真剣におっしゃる非会員の方も居るのです。……う〜む,これは「紅白歌合戦」の影響かも。

 自然の中で観察をする以上は,「自然」全体をよく知り,いろいろな興味の芽を伸ばしたい。
 ……これは,明治神宮探鳥会スタッフが,一貫して続けている観察案内の基本方針です。
 それに賛同してくださる参加者も増えました。その一方で,「鳥」だけを目的に動いている参加者は,目に見えて減っています。いちど参加しても,リピーターにはなりません。そもそも,参加者の何割か(多いときは半分以上!)は,常に非会員を迎えている探鳥会です。「会員サービス」と同等か,それ以上に,「対外的インターフェース」の役割を機能させなければいけません。
 ……つまり,明治神宮探鳥会の参加者数減少は,野鳥の会の会員数減少や,一般的な探鳥会の参加者数減少とは,やや違った理由を持っているようです。鳥を追いかけている会員の支持が得られなくとも,探鳥会の持つ,「環境教育」的な機能を持つことや,入会窓口としての「初心者にとって敷居の低い観察会」であることに重点を置く,……つまり,マニアックな鳥見を望む会員を切り捨てるくらいの割り切りかたをした結果の,参加者数の減少と見ています。

 先日も,他支部の某探鳥会の担当者だと言う方との会話の中で,「明治神宮は出ないでしょ。だから行かないんです。」と,はっきり言われました。「出ない」とは,「鳥の種類が稼げない」ないしは「珍しい鳥が見られない」と言う意味です。「鳥が出ない」ことが,探鳥会を選ばない第一条件になっているわけです。また,東京支部のある幹事さんからは,「明治神宮探鳥会は鳥以外のものも観察しなくちゃいけないから,手伝いに行けない」とも言われています。よく聞いてみたら,どちらの方も,明治神宮探鳥会への参加経験はありませんでした。
 探鳥会を作る側の人間にすら,こういう人が居るのですから,そりゃ,参加者が増えるわけありませんね。明治神宮探鳥会の参加者に,野鳥の会の非会員が多い理由が,何となく見えてきました。

 いま,探鳥会も,野鳥の会も,あれこれやろうとして,明確な方向性が見えにくくなっているのだと思います。そうこうしているうちに,観察者の「自然保護離れ」なども進んでいます。自然保護に価値が見出せなくなったら,会費を払う理由も失ってしまいます。こうした諸々の問題を探鳥会運営サイドから見た場合,参加する人の希望に流されるまま,「何とかなるさ」と言う結論になることも多いと思いますが,それが将来的に,良い結果を生むかどうか,不安が残ります。
 明治神宮探鳥会の方向付けは,ある意味,将来への先行投資です。「鳥」だけに視野を絞り込まないようにすることも,親子連れや初めての参加でも自然観察を楽しめるようにすることも,そしてその感動を参加者が共有できるようにすることも……「鳥を見て楽しかったね」…だけじゃない何かを,探鳥会で一緒に観察した人の心の中に残せたら,と思っています

 さて,この明治神宮探鳥会の舵取りは,上手く行くでしょうか?
 ノアの方舟のように荒波を乗り越えるか,それとも,ただの泥舟に終わるのか。
 気持ちだけは,アルゴ船のような,強い意気込みなんですが…(笑)。


(2000年12月23日記)

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