00.10.04
さまざまな方が本を出していますが、作者を大別すると、「学者(歴史学者)」「在野の研究家」「作家・ジャーナリスト」になります。また、「古代史以外の専門の学者」という方もいます。
そうした本の中から、ここではとくにわたしがお薦めする作品を紹介していきたいと思っています。いずれも力作の良著ですので、古代史に関心のある方は、ぜひぜひご一読を。
◆学者による
- 『大化改新』 遠山美都男・著(中公新書)
- 『壬申の乱』 遠山美都男・著(中公新書)
- 『白村江の戦い』 遠山美都男・著(講談社現代新書)
- 『大化改新史論』上下巻 門脇禎二・著(思文閣出版)
- 『聖徳太子はなぜ天皇になれなかったのか』 遠山美都男・著
- 『天皇誕生 日本書紀が描いた王朝交替』 遠山美都男・著(中公新書)
- 『日本の誕生』 吉田孝・著(岩波新書)
- 『弥生の王国』 鳥越憲三郎・著(中公新書)
- 『巨大古墳 治水王と天皇陵』 森浩一・著(講談社学術文庫)
- 『葛城と古代国家』 門脇禎二・著(講談社学術文庫)
◆在野研究家による
◆他分野の専門家による
- 『古代日本の航海術』 茂在寅男・著 (小学館ライブラリー)
- 『古代日本のミルクロード』 廣野卓・著(中公新書)
- 『天皇がわかれば日本がわかる』 斎川眞・著(ちくま新書)
◆作家・ジャーナリストによる
1-3は、著者本人が古代三部作と読んでいらっしゃいますが、なかでこの『大化改新』は、わたしにとっては、思わず特記するこの1冊です。
もともと中大兄皇子が好きだったのですが、なかなか関連本に巡り会えず、『日本書紀』を読むなんてことも考えてなかったころふと出会ったのが、当時新刊だった『大化改新』です。
これは、大化改新、厳密にいえば蘇我入鹿暗殺事件(乙巳の変)についての考察を述べた著書で、『日本書紀』をはじめさまざまな史料をもとに、論理的に乙巳の変の事実と背景を解き明かしていきます。それまで、中大兄が好きといいながら教科書通りにしか入鹿暗殺を捉えていなかったわたしには、とても新鮮でした。とくに真犯人=乙巳の変のほんとうの首謀者 を指摘する前半部は、本格ミステリのようなおもしろさです。
本格ミステリのような、というのは小説的という意味ではなく、手がかり・証拠を元に論理で結論を出して行く手法が、本格推理のようだということです。
じつは、古代史では、高名な学者の著書でも「〜と思われる」と推測で結論されている部分がけっこうあります。手がかりが限られるているから致し方ないことだとは思うものの、推測で補われている通説的な大化改新像より、本書のほうが説得力があるようにわたしには思えました。
本書を読んだことがきっかけで、じぶんでも考えてみたい、確かめたいと『日本書紀』を読んだりするようにもなりました。それが高じてページまで作ってしまったわけで、ほんとうに「この一冊」のお薦め本です。
遠山氏が大化改新について考えるきっかけになったのが門脇氏のこの著作。まだ一部未読ではあるのですが、「推測ではなく論理と証拠によってのみ事実を語る」という姿勢が貫かれていて、読み応えは十二分。
『隋書』にある、西暦600年当時の倭王アマタラシヒコは誰か、アマタラシヒコの「キミ」と「太子」は誰なのかという、わたしにはとっても興味深い部分が詳しく述べられています。
専門家向けの書なのでふりがな等がないのが、素人にはつらいです。少し知識を身につけてから挑戦しましょう。
全体として、聖徳太子(廐戸王子)とその子孫、そして周辺についてがテーマの著作ですが、継体天皇から大化改新(乙巳の変)までの時代を、ほぼ時系列に細かいトピックを立てていき、それぞれについて要領よく論じてあります。
わたしの興味を引いたのは、「押坂彦人大兄皇子は本当に殺されたのか」と「阿毎多利思比弧とはだれか」。押坂彦人皇子とは、敏達天皇の第一皇子で、中大兄皇子(天智天皇)の祖父にあたる人物。敏達−用明朝では有力皇子のひとりだったのに、推古朝以降『日本書紀』から姿を消すため、蘇我馬子によって暗殺されたのではないか、という説があります。「押坂彦人大兄皇子は〜」はそれについての反論です(あ、ネタバレだ)。
ただし、彦人皇子については推古朝以降も生きていただろう、という以上の言及はなし。どうしてみんな彦人に注目しないのかなぁ?
これまでの遠山氏の著作は継体以後を扱ったものが多かったのですが、こちらは継体以前。『日本書紀』の神武天皇から武烈天皇までの記述を、独自の解釈によって読み解いたもの。
『大化改新』をはじめ理詰めの著作が多かった氏ですが、この本は、論理より先に結論が出ている印象です。そのせいか読んでいて戸惑いも感じてしまいました。
神武から武烈まで、『日本書紀』の記述は、意図をもって事実を大幅にアレンジした(あるいはフィクションを作った)ものとして読み解いたもので、最近継体以前にも興味のあるわたしには刺激になりました。
著者の吉田孝氏は日本古代史専攻の大学教授。「倭」がいつから・どうして「日本」になったのかがテーマで、邪馬台国以前の時代から平安時代までをとくに中国との関係に注目して論じています。
日本が中国の属国(册封を受ける)という立場から脱するにあたって、転機はふたつあり、最初が雄略天皇の時代。埼玉県の稲荷山古墳から発見された鉄剣の銘文に、「ワカタケル大王」(雄略天皇)が「天下を治めていた」旨の記述があります。中華思想では、中国にしか天下はないわけですから、日本にも天下があるとの発想は、中国の册封を受けつつも、独立国の意識が高まっていた証です。
もうひとつの転機は、アメタリシヒコの時代(本書では、推古天皇の時代ということになってますが)。西暦600年の遣隋使では日本の政治の幼稚さを中国皇帝に指摘されますが、608年には、立派な国書を作成して小野妹子を中国に派遣します。この頃官位十二階など、国制もどんどん整備していきます。これというのも600年の遣隋使で受けたカルチャーショックが原因、と本書では見ています。
「アメタリシヒコは中大兄皇子のおじいさん」説であるわたし的には、この部分、かなり興奮しながら読みました(「そーそーそうなのよ」て感じで)。いずれ企画ページで活かしたいですけど……いずれっていつだ?!(泣笑)
『弥生の王国
北九州古代国家と奴国の王都』 鳥越憲三郎・著(中公新書)
1981年刊行の単行本を2000年に学術文庫から出版したものです。内容は、タイトルどおり巨大古墳なのですが、巨大古墳と呼べるものは、かの大仙陵(伝・仁徳天皇陵)など、大阪府に5世紀頃に造られたものが中心です。ですから、5世紀頃の古代史に関心のある方は必読でしょう。
考古学出身の著者ですので、あくまでも客観的な語り口が小気味よいです。
1984年刊行の単行本を2000年に学術文庫から出版。葛城という土地と、そこで勢力を有していた葛城氏に焦点を当てた論考です。そのため、話は5世紀〜6世紀が中心、『巨大古墳』と同時期に読んだため、なんとなくリンクしました。
門脇氏は古代史の一人者のひとりで、客観的でわかりやすい論理展開が非専門な人間にもありがたいです。
中大兄皇子の幼名が「葛城皇子」であり、同じ名の豪族についての書なので、気になるポイント多数。いずれじぶんのなかで整理してみたいです。
この方には、他にも同じようなタイトル/内容の著作がいくつかありますが、いま書店で手に入るのはこれでしょう。わたしは、六興出版のソフトカバーで読みました。
天武天皇とは中大兄の「弟」大海人皇子のこと。ところが、この人物については、生没時の年齢がともに不詳なのです。いくつか伝えられる没年齢があるのですが、一番若いものでも、中大兄=天智天皇と同い年、他の伝承に従えばなんと、大海人のほうが年上になってしまうのです。
いったいどちらが年長だったのか? 大海人が年長だとしたら、中大兄の実弟でないとしたら、いったい大海人とはどういう出自のどんな人物だったのか?
この古代史の謎に真っ向から挑む著作です。多少くどいきらいはありますが、なかなか説得力のある説です。
大和氏は在野の研究家ですが、精力的な活動とまじめな著作で学者の方とも交流がある方のようです。
中大兄の時代よりむしろ、邪馬台国に関心のある方にぜひ読んでいただきたい著作。
茂在氏は航海術を専門とする学者の方で、あくまでもその視点で古代日本の航海術・諸外国との交流がどんなものであったかを語っています。
古代の航海術……と来ると避けて通れないのが、『魏志倭人伝』に見られる邪馬台国。実際に古代船を作って航海をした経験値を使って、『魏志倭人伝』の記述どおりならどこに行けるのかが説明されています。技術的な専門家なだけに、強い説得力があります。
邪馬台国の各種研究書にもよく参照されている本です。
黒岩重吾氏といえば、古代史を舞台に数多くの小説を書かれている作家です(わたしはまだ未読ですが)。
そんな氏の原点・生まれ故郷の宇陀の話から始まって、古代史に関する豊富な知識と熱い思いがつづられている著作です。事件や人物の解釈は通説に近いものが多いので、古代史をざっと知りたいという人にもお薦めできます。適度に系図・地図・写真が盛り込まれていて、わかりやすいのもとてもありがたい。
順不同ですが、神話時代・邪馬台国から持統朝まで、幅広い時代が対象になっているのも特徴的です。お好きな時代からどうぞ。
酪農の専門家による、古代日本と牛乳がテーマ。副題は「聖徳太子はチーズを食べたか」。
日本にはチーズやヨーグルトは最近になって入ってきたもの、のイメージが強いですが、じつは古代の文献にそれらしいものが現れています。酪・蘇・醍醐などがそれ。簡単にいえば、それぞれヨーグルト、チーズ、バターオイル(のようなもの)だったそうです。古代では、王侯貴族のための贅沢な健康食品あるいは薬だったそうです。何しろ、冷蔵庫のない時代。製造・保管には細心の注意とコストがかかったことでしょう。
その日本のミルク文化が崩壊したのは、律令制下、公の牧場で牛が飼育されていたのが、律令制が崩壊し、公が牧場を維持できなくなったことと関係しているようです。また、武士の時代になるにつれ、牛より馬が重宝され、牛の飼育はいっきに後退します。応仁の乱以降、戦乱等でミルクを保護してきた制度が完全に崩壊。江戸時代以降、将軍の滋養薬としてミルク文化は復活、庶民にも広まりますが、ヨーグルト等が全国的になったのは戦後になってから。
中大兄さまが食べたヨーグルトはどんな味だったのでしょうね。ちなみに蘇は、いま橿原市の香具山の山裾近くで加工販売されているそうです。この蘇は、しぼりたての牛乳を時間をかけて煮て、水分だけをとばしたものだそうです。
本屋で見つけたとき小躍りするくらい喜びました。宮脇氏は、元々は中央公論の編集者で中公新書を創刊した人物。歴史好きで鉄道好き。中央公論社を定年退職後は、鉄道関係の作品を数多く出版されています。
歴史と鉄道が好きな著者は何を思い立ったのか。
古代史の「現場」を時代順に旅することにしたのです!
まずは『魏志倭人伝』にも登場する日本の玄関口・対馬、それも比田勝から(ここは、わたしが大好きなバリボー選手(引退されましたが)大浦さんの出身地でもある)。北部の比田勝は、南の厳原などとちがって対馬のなかでも静かな(人口の少ない)場所。そこから始めるところに、著者のこだわりを感じます。
さらに、出雲、邪馬台国関連の土地、初期大和朝廷ゆかりの近畿地方のあと、飛鳥時代に入る前に、なんと百済=韓国にまでわたっているのです。
最後は道鏡の時代まで。その間、時代順のために奈良あたりには何度も足を運んでいます。
旅の記録としても、歴史を歩くという意味でも充実。淡々とした語り口が心地よい、ときどき思い出しては手にとりたくなる本です。
原題は"Catastrophe" (1999/David Keys/イギリス)。畔上司訳です。
西暦535年頃、地球全体に影響を及ぼす災害が起きた。そしてそこから世界の歴史が変わっていった。
というのがこの著書のテーマ。いや〜、想像以上にエキサイトな内容で、おもしろかったです!
と内容を語る前に一言。邦題ではその災害の内容まで明らかなのですが、実際には「その災害とは何だったか」というのは最後に検証されているのです。途中では「何らかの災害が起き」といった表現に終始していて、ある意味推理小説のような展開になってるわけです。それを思うと、営業的には順当なタイトルとはいえ、邦題を他につけようがなかったのかなぁって気がしました。
といっていい対案があるわけじゃないんですけどね(タイトルつけは苦手なんで)。
さて、この本の内容です。大部分が、その災害後に世界はどう変わったかという点に当てられています。で、それがもう壮観なんです。世界中に影響したというだけに、それこそ世界各地の変貌をひとつひとつ解説していくのです!! ヨーロッパから中東、モンゴル、アジア、さらにアメリカ大陸...。半端な取材ではありません。圧倒されました。
535年の大災害で干ばつが生じ、そして飢饉、伝染病の発生。そのためにそれまでの国家が弱体化した。大ざっぱにいえばそのような歴史の流れができたと言います。
おもしろいところでは、なぜ東欧にアジア人種=アヴァール人がいるのか(ハンガリー人はアジア人種なのです)。アヴァール人は元々モンゴルにいた民族で、ウマを使っていた。535年以降の干ばつで草が育たなくなると、ウシよりも多くの草を消化しなくてはならないウマはバタバタ倒れてしまう。ウマの減少でアヴァール人が弱体、トルコから圧迫されるようになり、現在のウクライナの辺りへ移動してきたと考えられる...
こうやって抜き出すと突飛にも感じられるかもしれませんが、読めばちゃちな考えではないことがわかります。そしてこういうことを世界各地について――もちろん史料を元に――論じているのです。
ちなみに日本については、535年の災害後飢饉に陥り、仏教受容のきっかけになったとしています。『日本書紀』も引用してあって、原書が読みたくなりました。どう書いてあるんだろう?
で、最後まで飽きさせないおもしろさなのですが(著者は歴史や考古学に造詣の深いジャーナリスト)、もうひとつ特記すべきこと――それはこの翻訳の労!
世界各地の古代史を検証しているわけですから、世界各地の地名(それも古代)や人名がてんこ盛りで出てきます。歴史書や伝説が引用されてもいます。そういうものを訳すには、並々ならぬ技量と調査力が必要なのです。たとえば、アジア、中国について。原文は英語表記のみのはずですが、翻訳ではちゃんと、梁などと漢字に直され、さらにカタカナで原音表記があったりします。つまり、英語を辞典で引くだけでなく、それぞれをもう一度、日本語の史料で調べ直しているわけです。
アシスタントがいたのかもしれませんけど、これはすごいことです。以前少し翻訳の勉強をしていたのでよくわかります。奥付を見ると日本語版は2000年2月の刊行。原書から約1年の早業です。いや、すばらしいっ。
内容も翻訳もすばらしいので、ぜひご一読を。ちなみに「世界ふしぎ発見」でも取り上げられたそうです(見逃した...見たかった)。
内容とはちょっと違った部分で感動したのは、日本の文字文化がけっこうすごいものだってこと。中国と比べてしまうから卑屈になりがちですが、8世紀の自国語の文字資料が残っている国というのはあまりないのです。ヨーロッパですら。「日本の文化って世界に誇れるなぁ」と実感しました。