屋代城

概説 屋代城は、13世紀頃に東条社氏の居館として築造され、同氏の没落後、14世紀後期頃に八代に入部した信濃出身の鎌倉幕府奉公衆の一員と見られる屋代氏がこれを再興し、15〜16世紀に改修を重ねて館から城へと姿を変化させたものと考えられている[龍ヶ崎市教育委員会による現地説明板より]
 記録によると大永3(1523)年、屋代要害で合戦があり、この地域の支配権をめぐり勢力拡大を目指す江戸崎城主土岐原氏と筑波の小田氏が戦っている[「龍ヶ崎の文化財」パンフレットより]
城ノ内中学校正門脇に残る土塁
訪問記[2001/10/2]開発前は方形の堀や土塁が残っていたようだが、現在は中学校内に土塁が一部残るだけ
所在地龍ヶ崎市城ノ内5丁目。城ノ内中学校敷地内。
参考書『龍ヶ崎の中世城郭跡』、『龍ヶ崎市史中世編』