鹿渡城(ししわたしじょう)

概説別名、獅子ケ鼻砦。鹿渡城の歴史や城主は不明。鹿渡の名は、千葉氏の諸系図中の臼井氏一族の中に見える「鹿渡太郎」・「同小太郎」が鎌倉時代に存在したとみられるだけである。I郭の東西には腰曲輪、南側には二重空堀・三重土塁が配置され、さらに二重の内枡形虎口が造られている。[『図説房総の城郭』より]
土塁と城址碑
    その他の写真
  1. 縄張図略図
  2. 詰郭北側空堀の折邪
  3. 詰郭西側竪堀(倒木のところが落ち込んでいる)
訪問記[2002/2/18]私有地が郷土の森として提供されている城址のある丘は、郭や土塁がきれいに草刈りされていて気持ちがいい。今日は都合でスーツ姿での散策だったがそれでも歩きやすかった(竪堀付近は要注意ですが)。堀・土塁には折れあるいは横矢が付けられていて見通しを遮っている。
所在地千葉県四街道市鹿渡字戸崎。私有地ではあるが郷土の森として公開されている。
参考書『図説房総の城郭』