法界寺砲台

概説 明治元年10月27日、旧幕府軍の松前進攻に備えて松前藩の各隊は福島村に集合、浄土宗法界寺を本陣とし、その背後の山に砲座を設け、吉田橋前の大門から内側へ市内の守備陣形をとった。さらに福島神明社前には天保年間松前藩が設置した砲台(福島砲台)があったが、吉岡砲台の整備によって廃止となっていた場所を利用して急造砲台とした。[『福島町史第2巻通説編上巻』より]
 太政官編纂『復古外記蝦夷戦記第二』に「(松前藩は)法界寺後ノ山頂二百目砲二門ヲ備ヘ、」と記述されている。[『福島町史第1巻史料編』P818より]
法界寺の真裏の山に大砲を据え付けた
訪問記[2003/08/11]この山は鏡山というらしい。福島砲台のあった福島大神宮側から上がっていける。
所在地松前郡福島町。浄土宗法界寺背後の山。
参考書『福島町史』