布川城

概説 利根川に架かる栄橋北側の徳満寺境内を中心として位置している。城形式は島型で平面は連郭式につくられている。馬出郭がある。応安2(1369)年、南北朝時代豊島頼貞 築城、天正18(1590)年、小田原役に落城。[利根町作製『埋蔵文化財包蔵地調査カード』より]
徳満寺入口の城址碑
    その他の写真
  1. 馬出郭と本丸を繋ぐ土塁と堀切
  2. 馬出郭に建つ琴平神社の珍しい注連縄
  3. 町役場側から見た堀切
訪問記[2002/1/15]戦国時代末期、後北条方として牛久城在番にあたった下総豊島氏の居城ということで土岐氏の盟友(?)の城を一度訪ねてみようと思っていた。千葉龍ヶ崎線沿いの満徳寺境内が本丸、その西に張り出すように琴平神社が馬出郭、さらにその西側の利根町役場が二の丸ということだが、二の丸は湮滅している。本丸の西側の土橋で繋がれた小郭は形態的に馬出郭と命名されてはいるが極めて狭いこの郭は機能的には実際にはどのような使われ方をしたのだろうかという疑問を持った。
所在地北相馬郡利根町大字布川3004外。琴平神社、徳満寺、利根町役場周囲に遺構が残る
参考書利根町作製『埋蔵文化財包蔵地調査カード』