コラム・48
 
アナゴ(穴子)の話
高知へ、しばしば出かけていた時期がありまして。
土佐は、南国らしい独特の気風がある土地柄ですね。とくにボクが驚いたのは中年の女性が大らかで、酒豪のおおいこと。夜が更けても元気なおばさん達が、ゾロゾロと飲み歩いています。
家のほうはどうなっているの?と心配しますが、亭主は「うちのカミさんは酒飲みや」なんて自慢げに言うもんね。たいていの土地では女房が酒豪なんて自慢しないのにね。まあ、不思議な土地柄。
そんな不思議な土地柄の不思議な食べ物に、ノレソレがあります。アナゴの稚魚だそうで、早春の土佐の珍味で、生きたのを小鉢に入れて、ポン酢をかけて出してくれます。土佐でも早春の一時だけのものですから、小料理屋でも、店に入るなり「ノレソレがありますよ」と声をかけてくれます。形状は長さ2,3センチで平べったく、半透明。とくに味はなし。まあ、白魚の如き物。
始めはただ珍しく口にいれていたのですが、「これ、どこかで見た」と思いつきましてね。ええ、釜揚げ、カタクチイワシの仔魚(しぎよ)を茹でた釜揚げにときどき混じっている、何やら奇妙なぬめぬめしたゴミなんですね。いえ、ゴミだなんて失礼。ゴミなんて言ってしまいましたが、このアナゴの稚魚だけを活けにして集めたのですから珍味なんですね。
「一度おためしあれ」と言いたいが、早春に土佐で出合うのはよほどの幸運でないと無理なんでしょうね。産卵期は春から夏で、産卵するのは深海が立ちあがって、黒潮が沿岸に接近した岸辺だそうで、その卵から育ったノレソレ(レプトセファルス)は翌年の早春にしか太平洋岸に現れることがないものらしい。ですから、ボクが住んでいる阪神間はアナゴで有名な明石、高砂の近くですが、活けのノレソレはみたこともありませんでしたからね。
     
ところで、明石、高砂のアナゴは蒲(かば)焼きが名物ですが、炭火で焼いている店は、ボクの知るかぎり明石の魚の棚(うおんたな)にある林喜(はやき)だけになってしまいましたが、炭火の燻(いぶ)し焼きはさすがに美味い。
ですが、この店は、備長(びんちょう)炭を使っています。備長炭は低温で遠赤外線を出しますから、身の芯まで火がとおり、姿よく焼けるのですが、このあたりではアナゴは、強火の丸炭で焼いたものです。表面が焦げて、中身は柔らかく焼けますのでね。
まあ、どちらが美味かと言うほどのちがいはありませんが、最近の風潮は高価な備長炭で焼くほうが高級ということになっていますね。
でも、何にでも、備長炭というのは、どうかなぁ。
備長炭はウバメガシを炭材とした白炭ですが、そのうちに資源枯渇になるような気がします。何を焼くにも備長炭としないで、食材、料理方法におうじた使いようがあるような気がする。