イソップの宙返り・219
     
ヘルメスと蟻に咬まれた男
船が乗客もろとも沈むのを見た男が「罰当たりが一人乗り込んでいるからといって、罪もない人達が巻き添えになって死ぬのは、神の裁きは正しくない」と言いました。
ところが、その男は一匹の蟻が足を咬んだからといって、群れの沢山の蟻を踏みつぶしました。
ヘルメスの神が、その男に言いました。
「これでも、お前が蟻にしたのと同じように、神が裁くのが我慢ならないと言うのか」
☆     ☆
阪神淡路大震災の時に、或る有名キャスターTが「人間の驕りに、神が裁きをあたえた」ととれるような発言(失言?)をしていました。まあ、本人は被災者の驕りを言ったのではないのでしょうが、人が不幸に陥っているときの発言は、よほど気をつけなければ、と痛感しました。
ボクは発言こそしなかったけど、恥ずかしながら心の中でそんなふうなことを考えたことがありました。
ええ、パレスチナ問題でね。
でも、あんな未曾有の大震災に遭うと、神の怒りなんてことも頭をよぎるものですね。
ええ、そんなにも弱気になりました。それまでは神の存在なんてちっとも考えなかったくせにね。
          
人の不幸を「神の怒り」だとする、突き放した言い草は昔からありましたね。
例えば、「さまよえるユダヤ人」って云う説話。
あれは、17世紀はじめに作られた話だそうですね。
「さまよえるユダヤ人」ってこんな話。
イエス・キリストが十字架を担って刑場ゴルゴタ(カルバリ)の丘へ向かう途中、或る靴屋の軒先でしばらく休もうとしたところ、ののしって石を投げて追い立てた者がいて、これがアハシェロスという名のユダヤ人だったとするんです。
この時にイエス・キリストが、「私がこの世にふたたびくるときまで、あなたは休む間なく、死ぬことすら許されず、地上をさまよい続けるであろう」と呪いをかけたっていう説話。イエスが呪いをかけたなんて、イエスの教えからするとあり得ないことですから偽書であることは明らかなんですがね。
この伝説は、17世紀はじめにオランダのライデンで作られた「アハシェロスという名のユダヤ人の話」と題するパンフレットだそうです。
紀元前6世紀に亡国の民となって以来、離散・放浪を余儀なくされたユダヤ民族へのヨーロッパ人の差別感情の反映なんでしょうがね。
       
不運が続く人を「心がけがわるいんヤ」なんて、突き放した言い草がありますねぇ。
この世に30年も生きて世間を見ていたら、運不運は心がけとは関係ないことはわかるはずなのにね。
      
ところで、「さまよえるユダヤ人」と似た話に、「さまよえるオランダ人」がありますね。ええ、ワーグナーのオペラですね。
あれは、神を畏(おそ)れぬことばを吐いたために永遠に海の上をさまよう運命となったオランダ人の話でしたか。
「罪もない人達が巻き添えになって死ぬのは、神の裁きは正しくない」なんてのも「神を畏(おそ)れぬ言葉」なんでしょうねぇ。
でも、最近、いたいけな子供が犠牲になる事件が多いですねぇ。
つい「神も仏もない」なんて口走ってしまいます。これも「神を畏(おそ)れぬ言葉」なんでしょうかね。