イソップの宙返り・174
    
ロバとキリギリス 
驢馬がキリギリスたちの歌うのを聞いて、彼らの良い声がうらやましくなって「何を食べて、そんな良い声を出すのか?」と尋ねました。
するとキリギリスは「露です」と答えたので、驢馬は露を待ち受けているうちに、お腹がすいて死んでしまいましたとサ。
      
寓意・生まれつきに反した望みを抱く人は、それを遂げ得ないばかりか、不幸に遭うものである。
☆     ☆
努力して得られる才能もあれば、努力しても、決して得られない才能ってあますねぇ。
音楽の才能なんて、そうではありません?
世に絶対音感(アブソリュート・ピッチ)ってあるそうですね。
ええ、木枯らしが電線を擦って鳴るのをモガリ笛っていいますが、ボクはあの音でも、ド、レ、ミ、ファになおせないもんねぇ。
音痴は音符が、ただの数字暗号のようにしか感じられないから、鍵盤を数字的に押さえるだけですもんね。
楽譜を見ると音が湧いてくる人なんて、ひょっとすると神様ではないか?と思いますねぇ。
ところが、絶対音感の人って、風の音だけではなく自動車の排気音も、ドライヤーの騒音まで和音に採れるものらしい。
        
でも、世の中が進んで、自分が思いついた鼻歌を音符になおしてくれる機能ができたんだそうですね。
ええ、曲の一部をケイタイで照会すると、曲名を教えてくれるサービスまであるんですか?
だったら、ボクみたいな音痴でも作曲できるのかと思うけど、新しい曲を作るのは、そんなに簡単ではないんでしょうねぇ。
孫に遊びに来てほしいから「客寄せ」に買ったキーボートをいじくって、鼻歌を音符化してみたけれど、何となくだれかの曲に似ているんですねぇ。
音痴って、そんなことらしい。
聞き飽いた曲しか頭に浮かばないものらしいですね。ええ、それが音痴ってことらしい。
        
キリギリスの真似をして、露を待ち受けていた驢馬じゃあないけれど、音楽の才能がないのが、どんなにがんばっても駄目なものはダメってありますねぇ。
ボクがこれを身にしみて知ったのは、親友のK君こと。
大学へ入って小遣いもないので、大学のピアノ室で暇つぶしをしていたんですよ。
そしたら、K君が「ピアノって弾いたことがないから、教えてくれって」って言いだしましてね。
持っていたバイエルかなんかを貸してやったんですよ。
ええ、これが4月のこと。
それっきりになっていたら、何とその年のクリスマスに、京都では名の通ったダンスホールで「ピアノ弾きのアルバイトをしてきた。バイト料よかったゼ」なんて言うんですねぇ。
何と、厚かましいヤツだと思って、大学のピアノ室で弾かせると、ちゃんと様になっているんですよ。
          
彼は貧乏学生だったから、教則本なんて買えなかったんですよ。
それに、当時は流行歌の音符なんてなかなか手に入らなかったしね。
だから、曲のほとんどをラジオから耳で聞いただけで覚えたらしい。
だから、ラジオで流れてくる最新流行の曲ばかりが弾けたんですねぇ。
そりゃあ、最新流行の曲ばかりが弾けるピアノ弾きは、ダンスホールでも、ナイトクラブでも重宝して雇ってくれたらしい。
でも、さすがに不健康なバイトなんで、すぐにやめてしまったらしいですがね。
でも、毎年、クリスマス・シーズンには、こそこそとやっていたらしいんですよ。
それから年月が過ぎて、或る大会社のロンドン支店長になっている彼を訪ねて、一夕をともにしたおりに、冗談に「ロンドンでは、あのバイトはやってないのか?」って冷やかしたら、「いまは客席にいるよ!」って威張っていましたがね。
        
いまから思うと、彼はきっと、あの絶対音感(アブソリュート・ピッチ)の持ち主だったように思える。
それを見て、ボクはアホらしくなって、ピアノはやめてしまった。
世の中には、本当に絶対音感の持ち主っているんですよ! アホラシ。