イソップの宙返り・128
         
大黒さん            
むかし、大黒天を信仰して安楽を祈る人がありました。
この人は貧乏というほどでもなく、親からそこそこの財産も譲り受けており、妻子を養い、店の商いでくらしが立つので、あくせく働くこともありませんでした。
ただ、毎日大黒天へ参詣して、大金持ちになるようにと祈っていました。
        
ある日、いつものように参詣して祈っていて、祈りが長くなったので、思わずウトウトと居眠りしてしまいました。
すると大黒天が夢に立って、
「おまえは、久しくわたしを祈るといえども、祈るばかりで行いを少しもしない。だから福も、幸いも授けがたい。
まず第一、祈らんと思えば、大黒天の姿を手本とすべし。
大黒天の木像をこしらえるには、むかしから橋桁の古い木で造る。
その心は、橋板のように、日々人に踏まれて、世をすごす身の上と、心慎んで高ぶらずにおれば、心が安らかであるということで、橋板で木像をこしらえのである。
          
木像に被せる頭巾は上を見るな、下ばかり見て暮らせと言うことである。
世の中は自分よりも貧しく難儀をして暮らす人があり、ひとが苦労する様子を見れば、まだまだわが身の暮らし方がましと思う事が多い。
いつも、上ばかりを見て、およばぬ願いに心をつかって、命を縮める事なかれ、といふ事である。
         
木像の大黒天が、米俵を二俵しか持たないのは、足る事を知って暮らせ、との教えである。
大黒天がいつもニコニコと笑っているのは、愛敬を第一にして、人に可愛がられる事が世渡りの一徳である事を教えているのである。
たとえ知恵才覚があっても、かくれ笠、かくれ蓑にて包み隠して暮らすべきであり、自慢げに、知恵あり顔を見せるなとの事である。
        
おツイタチに玄米飯を供えるのは、常に粗食をして、奢りをたしなめることの教えである。大黒天が打出の小槌を持っているのは、普段に手をはたらかして、かせぎをするべしの教えである。
手足のはたらきによって、金銀財宝を打ち出すのである。
また、大黒天の袋は、持っているものを片時も放さぬやうにして、堪忍ぶくろの口を押へて、慎しめとの教えである。
かかる神霊のかたちを知らずに、おまえのように、家業をひとに任せて、ぶらぶらと遊びながら、ここへ日参して暇をついやしても何の利益もない。
家業に精出さずに、いづこの神が福徳を授ける事があろうか」
と大黒天に、したゝかに叱りつけられて、夢がさめた。
この人は大黒天へ日参するのをやめて、家業を励み精出したので、しだい次第に商いが繁盛し、やがて大黒天に福徳をさづけられて、大金持ちになりました。
☆     ☆
大黒さんが持っている打出の小槌って、何にもしないで金銀財宝がドッサドッサと出てくるものかと思っていましたが、なるほど手をはたらかせて出てくるって解釈もあるんですねぇ。
大黒天の元はインドのヒンドゥー教の神さんらしいですね。
それから、中国へ行って、床几に腰を掛け金袋を持つ姿になり、お寺の厨房にまつられたとか。
もとは天台宗の最澄(さいちよう)によってもたらされ、台所の守護神だから食べ物の神さん。それから福の神になったらしい。
今の姿は、頭巾(ずきん)をかぶり大袋を背負い、右手に小槌(こづち)を持って米俵を踏まえていますよね。
               
福の神だから商売繁盛を願う商家の神さん。でも、豊穣を願う農家でも田の神として祀られています。
ええ、家屋の中心にある主柱は大黒柱って言いますねぇ。
孫達がやって来て背の高さを刻むのは、さすがに、大黒柱ではなく廊下の細い柱にしますもんねぇ。
まあ、大黒柱は神さんの柱ですからね。
             
七福神のなかでも、大黒さんは「えびす大黒」ってセットにして呼びますねぇ。
それでエビスさんの話ですが、夷(えびす)は異郷人のことですから外国から来た神さんなんでしょうかねぇ。
ええ、エビスさんは烏帽子(えぼし)をかぶりタイと釣り竿(ざお)を担いでいらっしゃいます。この姿からして漁村の神さんかとも思いますが、商家や農村でも祀られています。
          
地方によっては海女(あま)さんが海に潜るとには豊漁を願って「えびす」と唱え言する信仰があるそうですねぇ。
これからすると、農家でも棚にエビスさんを祀っているだけではなく、苗を植えるときには「えびす」と唱え言すれば豊作になるかも知れない。
でも、これは聞いたことはないのですが、ところによってはそんな風習もあるのかも知れない。
でまあ、気になるもんですから民俗学の柳田国男の全集を繰ってみたのですが、探し方がエエかげんなセイか、事例は見つからなかった。
あなた、ご存じ?
ご存じだったら教えて!
        
ところで、漁村ではクジラ、サメ、イルカをエビスって呼ぶそうですが、あれは外国から来た神さんだからかなぁ。
        
エビスさんは関西ではことのほか商家での信仰があついですねぇ。
1月10日は「十日戎(とおかえびす)」。
大阪の今宮戎(いまみやえびす)神社、西宮の西宮神社が有名。
            
ところで、年末の「誓文払(せいもんばらい)」って大売り出しをするでしょう?
あれ「原価」とか「赤字感謝価格」なんて言って、日ごろ客を欺いた誓文の罪を祓(はら)うのが由来だそうですねぇ。
ところが、この売り出しで又儲けたりしてぇ。
       
アハッ、花柳界でも、この誓文払に神社に詣(もう)でるそうですね。
そらそうでしょうねぇ。
これは客を欺いた罪をマジメに祓(はら)うのでしょうがねぇ。
祓(はら)いさえすれば、また明日から堂々とダマせるもんねぇ。