イソップの宙返り・71
      
ライオンと海豚
ランオンが、イルカに同盟を結ぼうとさそいました。
「そちらは海の王。こちらは陸の王。同盟を結んで味方になりあうのは最適ダ」
と言うのでした。
イルカは喜んで同意しました。
ライオンは野牛と戦うことになり、イルカに加勢を求めましたが、イルカは陸に上がっての加勢ができませんでした。
ライオンは、イルカを裏切り者呼ばわりしました。
イルカは「自然がボクを海のものに造り、陸に上がらせてくれないからダ」といいましたとサ。
寓意・友情を結ぶにあたっては、危急の際に側にいてくれることのできる者を選ぶべきである。
           ☆     ☆
極東の凡俗といたしましては・・・
「友を選ばば、才たけて・・・」なんて歌があるけど、こっちが才もなく、ただの怠け者なのに、才ある友達だと気後れになる一方。
あの歌の続きは「妻を選ばば見目麗しく、情けある」でしたね?
そんな立派な細君なのに、こっちは見目も麗しくなく、ただ情けない者としては、気兼ねと劣等感に苛まされての一生になってしまうヨ。ああ、シンド。
           
西洋合理主義から言うと、役にたつヤツが友人らしい。
こんな功利主義で友人まで選ぶのはシンドイだろうなぁ。
ボクなんか、お互いに刑務所に入るほどエラクなってなくっても、友人は息災に暮らしているのが一番だと思うけどね。
たまに、メールして「生きてるか? 元気か?」なんてね。
      
ランオンとイルカの同盟の話なので、いくら政治嫌いの政治学科卒業生でも、集団的自衛権の話をまったくしないわけには、いかないでしょうねぇ。
        
で、ちょっとひねって「令外の官(りょうげのかん)」の話。
「令外の官」って、こんな話。
701年、唐に習って、大宝律令(たいほうつりょう)って言う法律を作りました。
律は刑法。令は行政法。
その後ドンドンと令にない官吏をつくりまして、太政官とか征夷大将軍なんてね。
これ以来、日本では法律に「やってはいけない」と明記されていないことは、勝手にやっていいとの伝統ができまして。
           
民主主義のもとでの行政官は、法律でハッキリと「これをやりなさい」「これはやってもよろしい」(法による授権)と認められていることしか出来ないはずなのに、日本では反対なんですよね。
「これはやってはいけない」と明記されていない限り勝手放題にやることになっています。
お役人には、幅広い裁量権って名前のヤリ放題が認められています。
            
あんまりなやり過ぎをチェックすべき、裁判官にもシ放題が認められています。
訴訟法には「自由心証」って決めています。
「事実認定は証拠法によらずに、自由心証でやりなさい」ですから、シ放題。
自分がシ放題ですから、行政官がヤリ放題をやっても、「裁量権の範囲内」って門前払いをして、シャラリとしている。
           
で、もとの律令の話。
律令は基本法の憲法ですから、太政官とか征夷大将軍を設けるためには、基本法を改正しなければ、辻褄があわないのに、シャラリと造ってしまう。
これ日本の法律の伝統。
日本國憲法第9条はどんなに自由心証で読んでも、裁量的に読んでも、自衛隊は、憲法の外の組織ですよ。
憲法、すなわち律令の外の組織ですから自衛隊は「令外の官」。
ちゃんと、国民の賛否を問うての改正はしないで、ズルズルべったりで、憲法外の組織を作るのは長い伝統のよう。
            
ところで、みんなの本音ってどうなのかなぁ。
国連からでも、アメリカのテロ応酬ででも、軍隊を出せってことになると、
「ワテとこ、憲法9条で軍隊おまへんねん。割り勘も安うしておくれやす」
って逃げられる重宝な口実だと思っている節がある。どう?
           
それに、外敵が攻めてきたらなんて、有事法を議論すると「そらみつ大和の国は、言霊(コトダマ)のさきわう國」ですから、不吉なことを言うと、ホンマに不吉なことが起こるって気になる。
          
だから、憲法第9条の範囲内(?)で自衛隊を「令外の官」として持って、不吉なことは口にしないで、行こうってことになる。
でもねぇ、日本では役人は、「やってはいけない」と明記されていないことは、ヤリ放題なんだけどなぁ。
だから、有事になると、超法規的に何でもヤリ放題ってことになるんだけどなぁ。
           
でもまあ、不吉を口にしない限りは「言霊のさきわう國」では何事も起こらないことにもなっているしね。
モンゴルが攻めて来た時でも、調伏で逃散したんだからねぇ。
        
アメリカさん。危急な時に、「陸へあがれまへんねん」なんてのは、友人とは認めないなんて功利的なことは言わんで、何とか頼んまっセ。