漆の食器
   
私ごとを申しますが、ボクは食器は塗り物が便利で好きなんです。
磁器とか陶器の茶碗ですと、熱が伝わって、持つと熱いでしょう。飯椀まで、漆塗りのものを使っています。
柔らかい手触りで、優しいのがいいですよ。
        
欠点は食洗器と電子レンジに入れられないこと。入れると変色変形するでしょうね。
でも、それにもまして使い心地がいい。
          
使っているのは、安価な飛騨高山の実用的な塗り物ですが、素材(器胎・きたい)は木材(木地)なんです。実用品はエボナイトとかの化学製品の器胎が多いですが、これもいい。
重みも感触も別に木地にこだわるほどのこともないように思えます。
         
と言いますのは木地でも、色んな種類の材木が使われるそうです。
極端な場合、ラワン材だって使われています。だとなると、普段使い(下手物・げてもの)の飯椀なんて、木地にこだわることもない。
              
で、僕がいま使っているのは、たまたま木地ですが、これにこだわったわけではありません。
なんて言うけど、選ぶときには手に持って、手触りを愉しんで選んだんだから、木地に魅かれたとも言えますが。
          
この飯椀は赤一色なんですね。赤無地って上等は朱。朱は硫化水銀だそうですね。これは高価。
        
安い物は弁柄。ベンガラは紅殻とも書くけど酸化鉄の顔料。家の軒に塗るのより上質なんでしょうが、安価な物。
ですが、ベンガラは茶色っぽい、くすんだ赤錆色。これも悪くないですが、ボクの使っているのは朱と見間違うばかりに鮮明な赤。たぶん化学顔料なんでしょうね。
       
でも、この高山塗りは化学顔料で作ったと思われる赤が、何ともしっくりとした暖かい色なんです。
高山には伝統磁器に渋草焼ってのがあります。昔、高山の古物屋で買った渋草焼の食器が、鄙びた上品な絵柄でもあり、地が磁器なのに暖かいんですね。
赤一色の飯椀が、やっぱり上品な暖かさがあるんです。伝統ってすごいですね。
こんな安価な物にも伝統が息づいています。
     
安価な漆器で困るのは漆に混ぜ物をして来たことです。
混ぜ物をした漆器の作りたてを買って漆気触(かぶれ)に逢った話がありますね。
混ぜ物が多すぎると乾燥がうまくいかず、内部が湿っているとかぶれるんですよ。
これは怖い。
     
それと、九州で採れた漆を飛騨で使うと、巧く乾燥しない、って言いますね。
気候の違う土地では上手く乾燥しないのは、漆は元々、漆の木が傷口をカバーする樹液だそうですから、生えている土地の気候で固まるようになっているんでしょうね。
今は中国製の漆が輸入されていますから、日本で使うと上手く乾燥しないのかと言うと、120度くらいの高温乾燥をすると、あっという間に乾くらしい。しかも、強固に。
ですから、安価な物は輸入漆を使っているから気触(かぶれ)るって心配をするほどのものではないらしい。
       
輪島塗って高価な漆器がありますね。下地に麻布を張り(布かぶせ)、何度も研ぎ出す作業をしています。でもね、安価礼賛者に言わせると、実用性からして、それほどの意味はないように思えるんですが。
下地に布を張りますと、独特の手触りになりますので、これの価値を軽視するつもりはありませんが、研ぎ出さず塗りっ放しの表面も好みの問題。
             
春慶塗も、鎌倉塗りも下地に布を張ることはありませんよね。
だからって、艶が劣っているとか、耐久性がないとかいいませんでしょう。
春慶塗なんて、使い込むうちに表面が剥げて地塗りの赤が浮いてくるのも景色のうちですもんね。
安価な実用品は高温乾燥しますから、乾漆(かんしつ)と言われてきた強固な表面になるそうです。
なかなか、剥げない。
           
次は、研ぎ。
尾形光琳系統の蒔絵では、下地も研ぎ出さないで、塗りっぱなし(塗り立)。上絵も塗りだけで研がない(塗放ち)。
下絵を書かずいきなり描くので、躍動感が出て、墨痕鮮やかな芸術になっていますが、剥げやすいわけでもないらしい。
          
安物の漆器の欠点は、剥げやすいことですよね。これは下地に使う漆をケチることからくるらしい。
ヒドイのになると下地に漆を使わず、柿渋だけでやるのがある。
でも、最近は中国あたりから安価な漆が入ってきているので、下地に漆を使っても、昔のように高価にはつかないらしい。
でも、油断は禁物。いまだにまがい物の下地を、伝統だとして使っている産地も皆無ではないらしいから。
        
漆器は、真面目に作られた物は強いし、暖かい感触は代え難いところがあります。
輸入漆で、庶民でも使える実用品がこれからは沢山出回ると期待できます。
上手く選べば今でも、安くて満足できるものが出始めています。
      
で、次は伝統工芸にもの申す、ってことになる。
まず、槍玉に揚げたいのは、根来塗り。
根来塗りって言うと、黒漆の下地の上に朱漆が薄く掛かっています。
朱漆は一度だけの塗り放ちのもの。
薄い朱漆の膜の下から、黒が透けて覗いている風情が粋ですね。
これを使い込んでいる内に、隅角がすり減って下から黒い漆の層が露出してくるんですね。これが景色になる。
        
ところが、これをわざわざ露出させているのが、今の根来塗りなんです。
まあ、この手の作為はジーンズでもやっていますがね。
わざわざ、洗濯機に石まで入れて摩耗させたのが、粋ってことになっているらしい。
ジーンズ売り場を覗くと、中古ってのが新品の何倍もの値段ですね。
でも、根来塗りの摩耗まがいは外道だと思う。
        
次は輪島塗。
輪島塗の特徴は下地に布を被せることですね。だから、強い。
で、本来は実用一本槍の漆器。
実用専門ですから、晴れの宴会なんかには使わなかったものだと言いますね。
これと似たような話に、大島とかの紬があります。
これも実用品ですからハレの席には着ていかなかったものですが、今は高価になったから、ハレにも着られるらしい。
         
輪島塗はハレでは使わない、って言われるので、何時の頃からか、蒔絵を乗せはじめたそうですね。
蒔絵には研ぎ出しって技法が使われることがあることからか、輪島塗は無地の物にまで研ぎ出し技法を多用しています。蒔絵を乗せないと研ぎ出しなんて不要ではない?
不要な研ぎ出しをして、手間をかけて、むちゃくちゃに高価になっています。
             
でも、輪島塗の良さは下地に布被せしてあるから、暖かい柔らかさ。
布被せして、さらに塗り放ちした感触が輪島塗のよさだと思うけど。
          
普段使いの食器(下手物)は、料理を際だたせる無地がいい。
研ぎだして、てかてかしたものより、柔らかい光沢の塗り放ちがいい。
と、言うのがボクの意見。